第143話 開戦前夜② ~希望の矢文~◆
「……俺のかつての親友も、戦争には強く反対していた」
ヨハンは、亡き友人であるシェイムズ・T・レウィナスのことを語った。シェイムズのことを話している間、ヨハンは天国に居る彼を想うように、寂しい目で何処か遠くを見つめていた。
「だが、世の中がそれを許さなかった。アイツは国の一部を統治する貴族で、しかも家族持ちだった。祖国に残した愛する家族を守るためにも、戦うしか手は無かったのさ。結果的にシェイムズは戦争に勝って地位と名誉を得たが、それを良く思わない連中の手によって殺された。……結局はアイツも、戦争の犠牲者だった訳だ」
ヨハンの言葉を聞いた羅針会のメンバーたちは沈黙する。アスキンは亡き友へ黙祷を捧げるように頭に被っていた山高帽を取り、胸に当てて目を閉じた。
「……ところがだ。王国上層部にいる欲深い愚かな馬鹿共の陰謀によって、また新たな戦争の火蓋が切って落とされようとしている。しかも不幸なことに、今回その一連の騒動に巻き込まれてしまった少女が一人――シェイムズの娘、ラビリスタ・S・レウィナスだ」
ラビの名前がヨハンの口から出ると、羅針会メンバーたちの間で動揺が広がった。
「彼女はこの騒動で父親を失ったんだ。……これ以上、誰かにとって大切な人を動乱によって失わせる訳にはいかない。どの国が勝とうが負けようが、"亡骸の山と血の海"を築くことに変わりはないんだからな」
ヨハンは熱のこもった声で、聖書の一説を引用し語りを終えた。しかし、そこへグレゴールが口を挟む。
「なぁヨハン、その気持ちは俺にもよく分かるさ。……だが、相手は国の軍隊だ。たとえ俺たち海賊が束になってかかったところで、どうなるかは分かってんだろ? しかも、無敵艦隊の指揮官は俺たちと同じ元羅針会の仲間なんだぞ。ヴィクターは俺たちがどんな戦い方をするのかも全て知り尽くしてる。俺たちにとって最悪の敵と言えるかもしれねぇ。そんな奴と王国が手を結べば、こっちはもうお手上げだぜ」
溜め息混じりに両手を上げるグレゴール。しかしヨハンはふっと笑みをこぼし「あぁ、確かに喧嘩を吹っ掛けたところで、俺たちだけじゃ十中八九無理だろうさ」と肩をすくめて答えた。
「……だが彼女なら――シェイムズの娘ラビリスタと共になら、成し遂げられるかもしれん」
ヨハンの言葉を聞き、周りの海賊たちが驚いたような表情で彼を見る。
「いやシェイムズの娘って……今いくつだよ?」
「戦争が終わった頃にアイツと話した時は、確か十歳になったとか言ってたな。それから数年立っているとして、今は十三かそこらだろう」
「おいおい、まだ子どもじゃねぇか。そんな二十歳にも満たないガキに何ができるってんだ?」
年齢を聞いて驚き呆れるグレゴールだが、ヨハンは首を横に振って言う。
「ガキだからって侮っちゃいけねぇ。彼女はここ最近、王国で起きる数々の事件に関わってる。リドエステじゃ、世界最強のドラゴンと名高い黒炎竜を手懐けて王国の秘密要塞を撃破。その土地の神であるウラカンの機嫌を取って大陸全土に吹き荒れていた嵐を沈めた。その後、ウルツィアで王国諸侯の一人であるタイレルの居城に攻め込み陥落させ、町中の奴隷を解放してるって話だ」
「タイレルの居城を攻めた⁉︎ 侯爵は死んだのか?」
「今頃、奴は地獄で悪魔と仲良くダンスしてるだろうね」
ヨハンの答えに、グレゴールは「まさか、そんな小娘が……」と信じられないような表情でつぶやいていた。
「ふむ、それはまた、子どもながら大層なことをやってのけるお嬢さんだ。我々にも劣らぬ力強いな気概を感じさせる」と、ルベルト。
「まるで勝利の女神が現世に舞い降りたようじゃないか。きっと女神であれば、子どもながらもお美しい方に違いない!」と、アスキンも声を上げる。
普段は無口なシャーリーも、ヨハンの言葉を聞いてシェイムズの娘に興味を引かれたらしく、「……面白そうな子ね」とポツリ言葉を漏らした。
「だが、そのシェイムズの娘が今どこで何してんのかも分からねぇってのに、どうやって探し出そうってんだ? 何か手がかりでもあるのか?」
困惑したグレゴールがそう尋ねる。
すると、ヨハンはこの時、ふと何かの気配に気付いたように目線を上げ、自分たちの居るドックの外へ目を向けた。
「………ふむ、どうやらその手がかりが来たみたいだな」
「なに?」
そう言うなり、ヨハンは振り返って「おいアスキン、頭を下げろ」と忠告する。
「?」
突然警告されたアスキンは、訳も分からず頭をかがめた。
――すると、ドックの入口からヒュウと音を立てて一本の矢が飛び込み、かがんだアスキンの頭をかすめて、ヨハンの立つ足元に突き刺さった。
「コケッ⁉」
「……っ、狙撃⁉ どこから⁉」
突然打ち込まれた一矢に驚き、警戒する海賊たち。シャーリーはいつの間にか大砲のように巨大なライフルを構えて、矢の飛んできた方へ狙いを定めていた。
しかし、ヨハンは足元に矢が刺さったにもかかわらず、冷静に言う。
「皆、落ち着け。これは伝言の矢だ。伝言を込めて送る相手を思い、放つことでその相手の元まで飛んでゆく。エルフの情報伝達手段として使われる矢文さ」
「矢文? つまり、誰かが俺たちにメッセージを?」
すると、刺さった矢に付いた羽根が光り始め、小さな魔法陣が宙に浮かび上がる。
そして魔法陣からは。聞き覚えのある声が再生され始めた。
『やっほー! ヨハンおじさん、元気にやってた? 褐色の女神ことニーナ・アルハ、只今参上! ぶいっ★!』
しんと静まり返ったドック内にテンション高い声が響き、同時に羅針会メンバーたちの集っていた場は少し冷めたような空気になる。
「ちっ、ニーナの野郎……今までどこで何してやがったんだ?」
ぼやきを漏らすグレゴールに対し、魔術によって録音されたニーナの音声が続く。
『いや~ちょっと色々あって、今私の故郷ウッドロットに来てるんだけど〜。なんか、サザナミ大大陸ウルツィアで侯爵を殺った罪を擦り付けられちゃってさ、今王国中から絶賛指名手配中なんだよね〜。だから少し身を隠してたってワケ。連絡できてなくてマジゴメンね〜』
そう謝罪してから、ニーナは今自分たちが対峙している現状について軽く説明した後――
『……ってな訳でぇ、王国の無敵艦隊と、一丁派手にやり合おうってことに相成りましたってワケ。おかげでこっちはもう臨戦体制! 共同戦線協定を結んだエルフたちも、私たちの船を武装強化するのに一役買ってくれちゃってさ~。私たちの船長であるラビっちも、戦う気満々みたいだし? でも、エルフの協力を得られたとはいえ、無敵艦隊とやり合うにはどうしても頭数が足りないんだ。……だからね、ここは一つ――』
ニーナは悪戯にフフッと笑い、同じ羅針会仲間である海賊たちを前に、一つの提案を突きつけた。
『私たち羅針会も、加わってみない? 一世一代をかけたこの「大戦争」にさ!』