第141話 呼べる助っ人は呼んでおけ
「撃てっ!」
ズダァアアン!
ラビの号令を合図に、左舷に置かれていた大砲の一門が火を噴いた。
撃ち出された砲弾は青く光り輝き、緩やかな螺旋を描きながら、標的である小さな浮島の一つに着弾する。
その瞬間、空気を震わせるような大爆発が起こり、浮島に巨大な丸いクレーターをこさえてしまったのである。
『スゲェ……下手すれば戦車砲よりも威力あるんじゃないか、これ』
「たった一発で、岩に大きな穴が開いちゃいましたね……」
遠視スキルで砲弾の着弾点を確認していた俺とラビは、エルフの開発した爆裂弾の威力を間近で思い知る。
『よし、続いて追尾弾のテストだ。あえて標的から外して撃ってみろ』
「了解です師匠!」
次に大きな目玉……ではなく追尾弾が装填され、大砲が発射位置に着く。
「撃てっ!」
ズダァアアン!
撃ち出された弾は赤い光を放ち、標的に向かって弧を描いて飛んでゆく。が………
「あれっ? 標的を外してこっちに戻ってきましたよ!」
『はぁ⁉』
赤い砲弾は標的の浮島をスルーして、カーブを描きながら俺目掛けて飛んできたのである。どうやらあの目玉は、浮島ではなく俺を標的として捉えたらしい。
おいおい、やっぱりこの弾不良品じゃないか! ラディク、どうするんだよこれ! 俺は思わずそう叫びそうになるが――
「落ち着きたまえ諸君。そんな時のために魔導防壁展開装置がある。起動させろ!」
ラディクが装置の準備をしていた研究者たちに指示を飛ばすと、設置されたエネルギー収束炉が唸り始め、船体各所に設置された防壁展開パネルが作動して、俺の周囲に半透明の見えない壁を張り巡らせた。
間一髪で魔導防壁の展開が間に合い、俺に向かって飛んできた追尾弾は、船体に命中することなく防壁に阻まれて難を逃れた。あと少し起動が遅ければ、危うく直撃していたはずだ。
「まぁ、多少の手違いはあったものの、これで魔導防壁展開装置の起動も兼ねたテストもできて一石二鳥だ。上手く起動してくれて幸運だったよ。でなければ自分で撃った弾を自分で食らうところだったね」
そう言ってケラケラ笑うラディク。……あの野郎、危うく俺が被弾しかけたってのに、よくそんな呑気に笑っていられるな!
「とにかく、これで一通りテストは完了。魔導防壁は向かってくる砲弾を全て弾いてくれるが、その分魔力の消費量も大きい。だから、くれぐれもフラジウム結晶石の魔力が枯渇しないよう、魔力残量のコンソールメーターをしっかり確認しておくことだよ」
「はい、ラディクさん。それにエレノアさん。本当に色々とありがとうございました」
ラビが深く頭を下げてお礼を言う。幾つか不良品はあったものの、ラディクには俺の改装作業に大いに役立ってくれたし、妻エレノアもウッドロット防空隊を指揮して、改装に必要な荷物を船まで運んでくれていた。なんやかんやで、ニーナ一家には本当に世話になってしまった。お礼くらいはしておかなければならないだろう。
ラビが感謝の言葉を述べると、エレノアは少し照れくさそうにそっぽを向きながら「ふん、これくらいどうって事ないわよ」と答える。
「お礼ならいいわ。これも私たちの暮らすウッドロットを開放するためで、別にアンタたちのためにやった訳じゃないんだから。これは言わば投資みたいなものよ。これだけアンタたちに協力してやってるのに、私たちの期待を裏切るような真似なんかしたら絶対許さないんだからね!」
「エ、エレノア……そこまで言わなくても、彼らならきっとやってくれるよ。……く、くれぐれも気をつけてね。ラビちゃんも、そしてニーナも」
エレノアの強い語気に押されて、再び覇気の無い吃音に戻ってしまうラディクだが、彼もラビやニーナのことを心配してくれているようだった。
「……あ、そうだ。き、君たちにこれを渡すのを忘れていたよ」
それから、ラディクはふと思い出したように手元に持っていた袋からあるものを取り出し、ニーナへ手渡す。
それは、一見何の変哲もない矢で、何本か束になって細い矢筒に収められていた。
「これは?」
「『伝言の矢』と呼ばれるマジックアイテムだ。ニーナのようにウッドロットの外で活動するエルフたちに伝言や警告を飛ばしたりする際に使っていたものだよ。この矢に伝言を込めて放つと、相手の元まで飛んでいってその内容を伝えてくれる、言わば伝書鳩のような役割を果たしてくれるんだ」
ついさっきまでたどたどしい言い方だったのが、得意であるマジックアイテムの話になると、再び饒舌に戻って説明するラディク。この矢を使えば、例えどれだけ離れた大陸間であっても伝言のやり取りができるという。言わばエルフ専用の通信装置のようなものであるらしい。
「いくら君たちの船を最大限に強化したとはいえ、無敵艦隊を相手にするには、まだ戦力が足りないだろう? だからこの矢を使って、別の大陸に居る仲間たちにも救援要請のメッセージを伝えることができれば、もっと多くの援軍を得られるはずだと思ってね。……もっとも、助けを求める仲間が居ればの話なのだが」
確かにラディクの言う通り、俺にいくら強力な武装を施したところで、何百もの艦隊相手では、戦術的に圧倒的不利であることに変わりはなかった。俺たちにはもっと共に戦える仲間が必要だ。
伝言の矢をラディクから受け取ったニーナは、興味深くその矢を眺めてから、ラビの方に振り返った。
「ねぇ、ラビっち。私たちに頼れる助っ人なんて居たっけ?」
「助っ人、ですか?」
ラビは少しばかり考えていたが、やがて誰かに思い当たったのか、こう答えた。
「……協力を得られるかどうかは分からないですけど、宛てならあります!」
「オッケー。私にも一応宛てはあるから、そいつらに協力できないか聞いてみる。助っ人を呼べるなら一人でも多く呼んでおいた方がいいっしょ?」
「……確かにそうですね。お願いできますか、ニーナさん?」
「ガッテン! 任せなって!」
ニーナは腕まくりをして自分の愛用する弓に伝言の矢を添えると、ラビの言う助っ人候補に目掛けて、矢を中空へと高く放った。放たれた矢は淡い光をまとって落ちることなく空を一直線に飛び、溶けるように消えていった。
その後も、ニーナは助けを求められそうな相手へ向かって、何本かの矢を空へ放っていた。俺たちの助けを求める声が、相手にも無事伝わると良いのだが……
『……ところで、誰に宛ててメッセージを投げたんだ?』
俺はふと気になったことを、ラビとニーナに尋ねてみる。
「あ、えっと、それはですね――」
俺は二人がメッセージを投げた相手の名前を聞いた。のだが……
『……おいおいマジか。とても俺たちにおいそれと手を貸してくれるようなお人好しばかりの面子とは思えないぞ』
「でも、彼らの助けも必要なんです。全員の力があって、この戦いにも勝算が見えてきます」
『勝算って……何か良い作戦でもあるのか?』
俺がそう問いかけると、ラビの純粋無垢な蒼い瞳が、キラリと輝いた。
『――はい、あります! 襲ってくる敵を返り討ちにできる、とっておきの作戦が!』