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第136話 伝書鳩アスキンの奔走 〜シャーリーの場合②〜◆

 立ち呆けたまま眠り続けているシャーリーに対し、玩具の鳥に憑依していたアスキンは、彼女の肩に留まって耳をつついたり頬を小突いたりしてみたが、全く起きる気配がない。やれやれと言わんばかりに大きな溜め息を吐いたアスキンは、態度を改めて彼女にこう伝えた。


「まぁ、私はここに伝書鳩(でんしょばと)として来た訳だから、伝えることはきちんとお前に伝えておくとするよ。八選羅針会のリーダーである青髭ブルービアードことヨハンからの伝言だ。――"親愛なる同業者諸君へ――デカい嵐が来る。八つの旗の下に集え"」


 アスキンの伝言を聞いた瞬間、シャーリーの鼻ちょうちんが弾けた。


「相手は誰ダ?」


 オウムがそう問いかけてきたので、アスキンが答える。


「ロシュール王国飛空軍と正面からやり合おうって腹らしい。ヴィクター・トレボックの名前は憶えているよな? 昔は俺たちの仲間だったが、破門されて以降は王国と手を組んで海賊狩りを始めたらしくてね。奴が過去にヨハンの親友を手にかけたこともあって、そのツケを支払わせるんだとさ」


「ヨハンの親友、知ってル! 王国五大貴族の一人、シェイムズ・T(ティーグ)・レウィナス! トテモ勇敢な男! お前と違って!」


 オウムの答えに「最後の一言は余計だろ!」とアスキンが言い返す。


「んで、そのレウィナス公爵を殺したヴィクターが、今また何か良からぬことを企んでいるみたいなんだ」

「アルマーダ! アルマーダ! グアッ!」

「そう、ビンゴ。王国が水面下で密かに進めていた無敵艦隊アルマーダ計画に、ヴィクターも絡んでるらしいんだよ」


 「ケイコク! ケイコク! 二度目の戦争、始まるゾ!」と忠告するようにオウムがひたすら叫ぶ中、シャーリーは鬱陶しそうに頭に乗ったオウムを追い払う。


 それでも「ケイコク! ケイコク!」と空を飛び回りながら叫んでいる相棒を他所に、シャーリーは無言のまま歩き続け、岩陰に身を隠して何やらゴソゴソやり始める。


 彼女は、予め周りから見えないよう地面に貼っていたカーキ色の大きな布を剥がして回っていた。布を剥がすと、中から全長五メートルほどの細いヨットが現れる。


「ほぅ、なるほどねぇ。普通の船じゃこの周辺は自由に航行できないとはいえ、これだけ小さなヨットなら、岩と岩の隙間を自由に移動できるって訳だ。しかも岩陰が多いおかげで、敵の目に付くこともない。逃走経路までバッチリ把握済みってことか。抜かりないね。今回の領主をぶっ殺す仕事も、誰かの依頼を受けてやったんだろ?」


 アスキンの問いに、シャーリーは眠そうにコクリと頷き、それから隠していた小型のヨットに乗り込むと、船体中央にマストを立て付け、三角の帆を張った。作業している途中も、彼女は時折あくびをしてはふらつき、やじろべえのように身を左右に揺らすものだから、アスキンもいつ彼女が倒れるだろうかとヒヤヒヤしながら見守っていた。


 ――それから、ヨットを動かす準備が全て整うと、シャーリーはおぼつかない足取りでヨットに乗り込む。


 そのとき、ヒュウと音を立てて吹いてくる夜風に乗って、何処からかささやくような小さな声が聞こえてきた。


「……でも、この次の依頼はとても危険。……だから、しっかり準備しないと、ダメ」


 その微かな声は、あのやかましいオウムではなく、シャーリー本人の口から漏れた言葉だった。寝不足なのか濃いクマが目尻に浮かんでいるせいで人相は悪く見えているものの、実際に彼女の口から漏れた声はとても可愛らしく、うるさいオウムとは正反対に大人しくて控えめな――いわゆる萌え声だった。


「おぉ、久々にシャーリー姉貴の生の声が聴けて嬉しいよ。相変わらず小鳥のようにキュートな声をしている」

「この声のことは言わないで。……そんなことより、もう羅針会メンバー全員集めたの?」


 可愛い声をしていながら、本人はそれを気にしているらしく、シャーリーはムッとした表情を見せながらそう尋ねてくる。アスキンは「いいや」と首を横に振って答えた。


「あとはグレゴールだけだ。まぁでもあいつの居場所なら大体分かるから、探すのに苦労はしなそうだけどね。羅針会メンバーの中では、君が一番探し出すのに苦労したんだから。まったく暗殺者アサシンの追跡には本当に骨が折れるよ」

「………変態ストーカー野郎」

「あれ? 今サラっとそのキュートな萌え声で罵倒しませんでした?」


 シャーリーはふるふると首を横に振り、乗り込んだヨットの中に仕込んでいたフラジウム結晶に魔力を送り込むと、ヨットは音も無く宙に浮かび上がった。


「……でも、危険な依頼であればあるほど、腕も鳴るわ」


 最後にシャーリーはそう言い残すと、おぼつかない手付きで舵を取り、不規則に吹いてくる夜の風にヨットを乗せて、暗闇の中に吸い込まれるように消えていった。


「アスキンのジジイ、変態ストーカー野郎! 変態ストーカー野郎! グアッ! グアッ!」


 それまでうるさく鳴いて飛び回っていた赤いオウムも、彼女の後を追って暗闇の中へと消えた。


「うっせえわこのクソオウム! 次ぎ合った時は体中の赤い羽むしり取って焼き鳥にしてやるからな!」


 再び訪れる静寂の中、鳥の玩具に憑依したアスキンは、一人と一匹が消えていった暗闇に向かって怒号を飛ばしていた。


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