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第135話 伝書鳩アスキンの奔走 〜シャーリーの場合①〜◆

 ――さて、ここで場所は変わり、ウッドロットから遠く離れた、ローデシア双子大陸の最南端に位置する小さな島へと舞台は移る。


 大陸から切り離されたこの島の周りには、直径百メートルにも満たないフラジウムを含んだ岩石が無数に散乱しており、スペースデブリのように浮遊していた。


 その岩石地帯に阻まれているせいで遠くからではよく見えないが、その島には名も知れない港町が広がっており、緩やかな丘に沿って連なる古風な町並みは、夜になると点々と灯る人家の明かりで彩られた。


 さらに丘の頂へと目を移してゆくと、町の夜景を見下ろすように建てられた豪奢な大屋敷が見えてくる。町の中で最も広い敷地面積を持つその建物は、明らかに町で最も権力のある者が住んでいる場所であることが伺えた。


 屋敷の三階部分、そこには突出した半円バルコニーがあり、バルコニー上には複数の人影が集まっていた。


 うち一人は、この町の領主らしき男で、風呂上がりなのか、体にはガウンのみをまとい、濡れた髪のままでバルコニーの手すりに両手を突き、夜の町を見下ろしている。


 そして、その男の周りには幾人の兵士たちがライフルを手に四方を見張っており、辺りは物々しい雰囲気が漂っていた。


「旦那様、髪も拭かずに外に出られては風邪を引いてしまいますよ」


 兵士たちの中から現れた執事らしき男が、ガウン姿の男に向かって声をかける。すると男は、うんざりするように溜め息を吐いて肩を落とし、執事に向かって言い返した。


「うるさいな。こうも兵たちに囲まれながら城の中に閉じこもっていては、何処にいても息苦しくて仕方ない。たまにはこうして外の空気を吸わせてほしいね」

「しかし旦那様、外に出られるのは危険です。つい数日前、この町の近辺で海賊を目撃したとの情報が相次いで報告されています。しかも昨日には旦那様の命を奪うと海賊から予告状まで届いていたのですよ!」

「ああ、例の予告状か……あんなもの、町の子どもの悪戯だろう。私が少しばかり町の住人から多く税を徴収するからと言って、くだらん悪ふざけを……」


 そう言って、領主の男は眉間にしわを寄せながら、バルコニーの手すりを強くつかんだ。


「ですが、万が一海賊が本当に旦那様の命を狙っているとすれば、大変危険な状況ですよ。海賊は血も涙もない野蛮人だと巷で聞きますから」

「だとしてもどうやって私の命を奪いに来るというんだ? 見ての通りこの屋敷は私を守るための兵たちでぎっしり、猫の一匹も入らせない警備体制を敷いている。町の方も兵を巡回させているし、不審者が町に入ることも不可能。しかもこの周辺の空域は船乗りにとってかなりの難所と知られていて、浮遊する岩が密集しているせいで夜間の船舶の通行は困難を極める。ゆえに船でこの屋敷を襲撃することも不可能。この状況下で、どうやって私に手出しができるというのだ?」


 確かに領主の言う通り、この町は昼間でなければ船が通行できず、夜間は視界を奪われるせいで、うっかり岩に衝突し沈んでしまう事故が多発していた。そのせいで、夜になるとこの町へは一隻も船がやって来なくなる。町も封鎖され、屋敷には武装した兵たちが昼夜問わず張り込んでいては、もはや鉄壁の守備体制であると言えなくもなかった。


 ――しかし、今から三秒後、この不幸な領主は思い知ることになる。どれだけ多くの兵士を動員させて屋敷を見張らせようと、町内を巡回させようと、全く無意味であったことを。


 そう、今回ばかりは相手が悪すぎた。


 殺害予告を出した犯人である海賊は、巷で「伝説の海賊」とささやかれている者の一人だった。彼――いや、()()は、予告を出す数週間前からこの町に滞在し、周囲の地理や地形を細かく観察していた。


 それだけではない、日々変わる天候や、島全体に流れる風や空気の流れ、その向き、風力、音に至るまで、その全てを頭に入れて理解し、その上で最適な()()()()を探し当てていた。


 その場所とは――


 ………パッ!


 暗闇の中、まるで信号のように小さなフラッシュが光り、三秒後、バルコニーに居た領主の頭部がパーンと音を立てて、割れたスイカのように弾けた。あまりに勢い良く弾けたものだから、血肉や脳ミソの破片が派手に飛び散り、周囲に居た執事や兵士たちの衣服を真っ赤に濡らした。


 彼らはしばらくの間、何が起こったのか分からず呆然と突っ立ってしまっていたが、傍に転がる首の無い主人の遺体と、衣服を濡らす温い血を触ってようやく理解が追いついたのか、ある者は顔を真っ青にして女のように絶叫し、ある者は逃げるようにバルコニーから走り去ってゆく。途中、慌てた兵士の数名が床に流れた血で足を取られ、まるでドタバタ喜劇のように盛大に尻もちをついて転げ回っていた。



 そんな愉快痛快な光景を遠くから照準用スコープで覗いていた姿無き暗殺者は、フッと嘲笑するような吐息を漏らすと、構えていた巨大なライフルを下ろした。


 暗殺者アサシンであるその女性は、燃えるような真紅の赤毛を伸ばしており、カールした前髪から覗く紅色の目の縁には濃いクマがにじんでいた。虚ろ虚ろとしたその目は、寝不足気味なのか、時折眠そうにまぶたを落としかけては開き、落としかけては開きを繰り返しながら、夢とうつつの間を行き来しているようだった。


「ヒット! ヒット! ターゲット、()()()! グアッ、グアッ!」


 すると、彼女の左肩に留まっていた小さな赤いオウムが、翼をバタつかせてうるさい声で喚いた。赤髪の女性は黙ったまま鬱陶しげに自分の肩からオウムを追い払うと、長身のスコープを装着したライフルを慣れた手付きで分解し、隣に置いていたチェロケースの中に綺麗にしまい込む。


 彼女がいる場所は、町のある島から数キロも離れた空域に浮かぶ小さな岩石の上だった。今回彼女のターゲットとなった領主の男も、町から離れたデブリの一つから狙撃されるなんて思ってもみなかったのだろう。


 もっとも、彼女の立ち位置から丘の上にある屋敷のバルコニーを狙撃できる人物なんて、世界中を探しても彼女一人しか居ないのだが……


 分解したライフルの部品を全てチェロケースにしまうと、赤髪の女性はそれを肩に担いで気怠げに立ち上がり、おぼつかない足取りで身をひるがえしてその場から立ち去ろうとした。


「ほほぅ、相変わらずいい腕をしてるねぇ。見ていて惚れ惚れするぜ、『緋眼の狙撃手(スカーレット・アイズ)』」


 その声を聞いた赤髪の女性はピクリと肩を震わせる。と同時に、肩に留まっていたオウムがギャーギャーわめきながら声を上げた。


「ヤな声! ヤな声! 能ナシ、まだイル!」

「うるせぇこのチャッター・パロット(やかましいオウム)が! 俺をあのアホな領主と一緒にすんじゃねぇや」


 その声の主はオウムに向かって罵声を浴びせると、近くの岩陰からパタパタと羽音を立てて姿を現した。


 それは、ゼンマイ仕掛けで翼を動かし空を飛ぶ小さな玩具だった。


「それにしても、あの町の領主は気の毒だったな。伝説の海賊、八選羅針会の中でもずば抜けた射撃の名手であるシャーリー姉貴に狙われちまったんだからな。お前さんに目を付けられて、その真紅の目から逃れられた奴は一人も居ない。そうだろ?」


 玩具の鳥に問いかけられた赤髪の女海賊――シャーリー・ロヴィッキーは、何も答えないまま、濃いクマを浮かべた眠そうな目を虚空へ向けてうつろうつろとしていた。


「ゴタク並べないで、サッサと要件述べやがれ! アスキンのクソジジイ! グアッ、グアッ!」


 すると、彼女の代わりに、シャーリーの頭の上に乗ったオウムが羽ばたきしながら鳴いた。


「誰がクソジジイだ! その口縫い合わされたくなけりゃ、テメェは黙ってろ!」

「黙るかアホタレ! 俺の目と耳と口、全部主人のモノ! グアッ!!」


 その言葉を聞いた鳥の玩具――もといアスキンは、オウムがシャーリーの通訳をしていることに気付いて驚いたように「コケッ⁉」と鳴き真似をすると、おずおずとシャーリーに尋ねた。


「……まさか、俺に対してそんな酷い暴言を吐くような姉貴じゃないよね?」


 しかし、いつまで経ってもシャーリーからの返事は無い。


 よく見れば、彼女はその場でチェロケースを背負ったまま目を閉じ、鼻ちょうちんを膨らませていた。


「立ったまま寝てる⁉」

「主人は留守デス! 主人は留守デス! ご用件のある方は、メッセージをドウゾ!」


 すっかり寝息を立てているシャーリーの上で、ひたすら従者のオウムだけが、羽ばたきしながらうるさく泣き続けていた。

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