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第132話 疫病神か、救世主か――

 ラビたちの活躍によって、大きな厄災の魔の手から逃れることができたウッドロット。里の中では、ラビやニーナたちが里を救った話が早くも多くのエルフたちに伝わり、俺たちを称賛したり、擁護したりする声が強くなっていた。


 ある者はラビのことを「小さな英雄」と呼んでいたし、ある者はポーラを「寡黙な戦士」と呼び、ある者はクロムを「頑強な魚人」と呼び、里の裏切者であったはずのニーナに関しては「女神の再来」と呼ぶ者まで現れた。


 いささか大げさではないかと思ったけれど、火に包まれた家からエルフの家族を救い、今にも落下しそうなケーブルカーから子どもたち全員を助け出すという救出劇を成功させただけでなく、大樹ユグドラシルの火災が拡大することを未然に防ぎ、エルフの里そのものを守ってみせたのだ。そう考えると、エルフがラビたちを英雄視してしまうのも、何となく分かるような気がしなくもない。


 余所者よそものに危機を救われるという驚きの事実を前にして、本来ウッドロットを守るはずである防空騎士団の団員たちも、今回ばかりは自分たちのいたらなさを認めて脱帽せざるを得なかった。ラビたちが居なければ、今頃火災を消し止められずに里全体が灰となってしまっていたかもしれない。


 例え相手が余所者であっても、里を救った英雄とあれば、待遇をあらためなければならないだろうという意見が騎士団内でもちらほらと上がり始めていた。


 特にニーナの母親であるエレノアは、自分の子どもたちを救われたこともあり、娘であるニーナの追放を撤回させようと、評議会へ直接足を運び、直訴しに行ったりもした。


 そんなエレノアの娘への想いが通じたのか、はぐれ機雷(ストレイ・マイン)による火災騒ぎのあった数日後、俺たちはまた評議会場へお呼ばれすることとなった。


 あの円形闘技場のような会場の真ん中に、再びニーナが立つ。今度は誰もヤジを飛ばす者は居なかった。


 しんと静まり返った会場の前方にある壇上へ、里長が登壇する。彼は険しい表情を崩しておらず、登壇してからもニーナのことを睨んではいたが、里の窮地を救われたこともあり、内心複雑な心境であるようだった。


「ウッドロット防空騎士団団長であるエレノアからの直訴を含め、里各地に居るエルフの民からの要望により、こうして評議会を再び召集することになったのだが……」


 里長はそこで一度言葉を切り、それから少しばかり苦渋の表情を見せてはいたが、やがて決断するように、会場に向けてこう言い放った。


「今回の騒動で、容認し難い事実ではあるが、我らの里が救われたのは、ここにいるニーナや、余所者たちの力添えがあったことに他ならないだろう」


 「だがしかし――」と、里長は言葉を続ける。


「今回の善行は評価に値するかもしれないが、それ以前にニーナは、償いようのない重罪を犯してしまっていることも忘れてはならない。これまで長きの歴史に渡り隠されてきた里の秘密を公にさらけ出し、我らエルフ族の尊厳を失墜させた罪は、決して報われることはない! よって、ニーナの里からの追放処罰に変更はない!」

「そんなっ!」


 里長の決定に対して、真っ先に反応したのはやはりラビだった。里を救うために尽力してくれたニーナの働きは、確かに称賛に値するものなのだろう。しかし、頭の固い里のお偉いさん方は、里を救った英雄よりも、王国との無難な関係を維持する方を選んだようだ。そのために、どうしてもニーナを里から追放させたいらしい。


 ……すると、それまで会場の中央で黙って話を聞いていたニーナが、唐突に里長に向かって言葉を投げた。


「あのさぁ、一つ聞いてもいい? どうしてそこまで、私の追放にこだわるワケ?」

「それは貴様が、我らがエルフの里の秘密を外世界へ暴露し、王国に売った張本人であるからだ。……貴様のおかげで、今エルフの民たちは機雷源マインフィールドの籠の中に囚われ、王国への隷属を余儀なくされてしまっている。……これほどに屈辱的な仕打ちにはもう耐えられんのだ」

「ふ~~ん、少し前まで王国のせいだって訴えていたラビっちを散々(けな)していたくせに、今頃になってようやく自分たちが王国の言いなりになっていることを自覚したんだね」

「黙れたわけ者! 我らは王国から脅しをかけられているのだ。従わなければ空に浮かぶ機雷をこの地に落とすと! だから貴様を追放するのはエルフの民を守るためでもあるのだ! 王国を下手に刺激させるような真似をすれば、ヤツらこの里を丸ごと吹き飛ばすこともいとわんだろう。そんなことをされてなるものか!」


 憤りを抑えられず声を荒らげる里長。親王国派とか何とか言いながら、実際はただ王国に脅されて従わざるを得ない状況だったから、という言い訳らしい。散々俺たちを馬鹿にしておいて、何を今さら……と、俺は呆れて溜め息を吐いてしまう。


「……でもさぁ、それだけじゃなくて、里長の私に対する私怨も入ってるんじゃないの?」


 ニーナがそう問いかけると、途端に里長の表情が固まり、眉がピクリと震えた。――どうやら図星らしい。


「……何を言う。ここは評議会であり、民たちの意見を取り入れ、公正な裁きを下す場だ。個人的な感情を持ち込むことなど許されない」

「でもさぁ、オジサン絶対私を恨んでるっしょ? だって私のせいで、アンタの大切な家族が一人、奪われちゃったんだからさ」


 ニーナがそこまで言った次の瞬間、里長は壇上の机に置かれていたガベルを彼女に向かって思いきり投げ付けていた。


「おっと、危な」


 ニーナは間一髪で飛んできたガベルをかわすと、それは会場の上を転がった。


(……おいおい、あの里長、裁判長が一番投げちゃいけないものを投げやがったぞ)


 驚いている俺を他所に、おぉ、と会場の傍観席から驚愕の声が上がる。ニーナは面白げに笑いながらこう言った。


「あははっ、これも図星でしょ? 頭に血が昇りやすいのも相変わらずだよね~」

「………いいか、それ以上言えば、お前を今すぐここで処刑させるぞ」

「うわやだコワ〜イ! ……でもアンタにそんな権利は無いはずだよ。ここは民の意見を聞き入れ、公正な裁きを下す場なんでしょ?」


 そうニーナに言い返され、里長は悔しさを表情ににじませ、眉間にシワを寄せて唇を噛んだ。


「……あの、『大切な家族を奪われた』って、一体何のことなんですか?」


 会場の隅で二人の会話を聞いていたラビが、ひそひそ声で隣に居たエレノアに尋ねる。


「……あの里長――ロムルス・ヴォルジアには、大切にしていた一人の愛娘まなむすめが居たのさ。そのは、ニーナと小さい頃からとても仲が良くて、よく一緒に遊んでいたの」


 ――ん? ちょっと待て。ヴォルジア? 以前もどこかで聞いたことがあるような……


 そして、ようやくその名前を思い出した時には、ラビが既にその答えを返していた。


「……サラ・ヴォルジア。ここへ来る前にニーナさんから聞いていました。ニーナさんの幼なじみで、とても仲が良かったと。……里長の娘さんだったのですね」


 ロシュール王国の王都アステベルへ来ていたとき、王宮裏のバルコニーで目撃した、憂鬱そうに空を眺めるエルフの娘。ニーナが目を奪われていた彼女こそ、エルフの里長の娘だったのだ。


(「大切な家族を奪われた」ねぇ……なるほど、二人の話が少しずつ見えてきたな)


 俺はそう感じながら、里長ロムルスとニーナの会話の行く末を見守っていた。


 ニーナに良いように言われてしまい、怒りのあまりギリギリと歯噛みする里長ロムルスだったが、理性が感情を抑え込んだのか、深呼吸して冷静さを取り戻し、ニーナに向かって問いを投げた。


「……お前は、一体何が言いたいのだ?」


 それに対して、ニーナはニヤリと笑みを浮かべながら答える。


「ふふっ……お互い、()()()()()()()()()ってこと。サラはアンタにとって大事な愛娘かもしれないけど、私にとっても昔からの大事な幼なじみなの。自分勝手な理由でサラを奪った王国の連中こそ真に憎まれるべきだってのに、仲間内でいがみ合っていても意味なくない? ……だからここはひとつ、()()()()ってのはどう?」

「お前と私がか? ふん、何を馬鹿なことを……」


 里長はニーナの持ち出してきた提案を鼻で笑う。しかし、ニーナの表情は真剣だった。


「この島に縛り付けられてるアンタたちだけで、あの子を取り返すのは無理だっただろうね。……でも、私たちラビリスタ海賊団とクルーエル・ラビ号があれば、きっと救い出せる」

「ふん。どうせ出まかせだろう。サラを連れ戻せば、レーンハルト国王が黙っていない。お前たち海賊など、瞬く間に王国艦隊の餌食にされてしまうぞ」


 互いに譲らない二人。反論する里長の言葉から推察するに、「サラを助ける」=「国王と王国を敵に回す」ことになってしまうらしいが、一体なぜサラは王国の連中に連れて行かれてしまったのだろう? 王国全土から指名手配されていることもあって、俺としては、なるべく面倒ないさかいは裂けて通りたいのが正直なところなのだが……


 だが、それでもニーナは「絶対にあの子を助けに行く」と言って聞かなかった。


「……だって、必ず助けに行くって、あのときサラに約束したから――」

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