第130話 「脳ナシ魚野郎」なんて言って、ごめんなさい
グレンが機転を利かせてくれたおかげで、間一髪でクロムを拾うことに成功した俺たちは、一人も失うことなく、ウッドロットへ戻って来ることができたのだった。
「アンタたちっ! みんな無事で戻って来れたのね! 良かった……本当に良かったわ……」
エレノアが、グレンから降ろされて元気に駆けて来る子どもたちを笑顔で迎え、一人一人をしっかり両腕で抱きしめていた。これまで厳しくてガミガミしたイメージしかなかったエレノアだが、このときばかりは彼女も満面の笑みで、涙を浮かべて喜んでいた。
けれど、子どもたちの中で一番最後に助けられた小さな女の子が、悲しい表情で問いかけてくる。
「でも……白黒のお魚さんは? クロムさんは? あの子は平気なの?」
そう言われて、ラビは慌ててクロムの方へ走る。
「グレンちゃん、クロムさんは? まさか飲み込んじゃったりしてないよね?」
「ううん、大丈夫……彼女ならちゃんとここにいるよ」
グレンはそう言って背を低くしてかがみ込むと、ラビの立っている前にペッとクロムを吐き出した。
グレンの口の中に入っていたせいで唾液にまみれたクロムが地面に転がる。まだ意識が戻っていないようで、地面に倒れたまま起き上がる気配がない。
横たわるクロムの周りに、エルフの子どもたちが心配そうな顔をして集まってきた。彼らの良き遊び相手であり、大の人気者であったクロムが再び目を開けてくれることを、子どもたちの誰もが願っていた。
「……白黒頭のクロムさん、死んじゃったの?」
小さな女の子が今にも泣きそうな声を上げて言う。
「―――いいえ。クロムはまだ死んでなんかいません」
しかしそこへ、クロムを囲う子どもたちの輪の中から、メイド服姿のポーラが一歩前に進み出てきた。
「あなたたちは下がっていてください。少し危ないので」
ポーラはそう言って子どもたちを後ろへ下がらせると、肩にかけていた革製のホルスターから、彼女の武器である銀色のリヴォルバーを引き抜いた。
『おいポーラ、一体何を……』
俺がそう問いかけるが早いか―――
パンパンパンッ!!
ポーラは立て続けに三発、クロムの顔面目掛けて銃弾を撃ち込んだ。放たれた銃弾はクロムの強靭な皮膚に当たって跳ね返り、撃たれたショックで体がピクリと反応して、白いアイパッチの下にある小さな目が開いた。
「イタっ! ――い、今の何? チクッてハチに刺されたみたいな痛みが……って、あれ?」
何事もなかったようにむくりと起き上がるクロムを見て、子どもたちの顔には再び笑顔が戻り、飛び上がって喜んだ。
「良かったぁ! 生きてたんだね!」
「てっきりもう死んじゃったのかと思ったよぉ……」
感動的な雰囲気に包まれる中、ただ一人クロムだけは、訳が分からないように首を傾げている。
「………? クロム、一回死んだの? じゃあもう一度「初めまして」って、言う?」
そんな訳の分からない呑気なことを口にするクロムだったが、なぜか子どもたちにはウケたようで、彼女の周りは明るい笑い声であふれていた。
まぁ、銃弾を弾くほど体が頑丈なクロムのことだから、きっと簡単に死ぬことはないだろうとは思っていたし、実際に無事だったから良かったけれど……それにしてもポーラのやつ、普通に顔面に向かってビンタする感覚で銃を撃ってくるなんて、恐ろしい女である。
『さすがに撃つのはやり過ぎだったんじゃないのか?』
「クロムに対してなら、肌が頑丈だから多少強めにやっても構わないと、以前ご主人様からお聞きしていました。ですので、それを実行したまでです」
俺の問いかけに対し、何食わぬ顔でそう答え返すポーラ。……いや、確かに子どもたちを食いそうになったら撃っていいとは言ったけれども……あれ、半分冗談だったんだからな?
――すると、ポーラはふと踵を返し、子どもたちに囲まれたクロムのところへ歩いていった。そしてクロムの前までやって来ると、彼女は深く頭を垂れてこう言った。
「クロム、あなたには助けられました。私だけの力では、きっと子どもたち全員を救えなかったでしょう。私たちを助けようと体を張ってくれたこと、感謝します。……ですが、あんな大きなケーブルカーを一人で支えるなんて、下手すれば体が真っ二つになるかもしれなかったのに、どうしてあんな無茶なことをしたのですか?」
そうポーラに問いかけられたクロムは、首を傾げたまま、しばらくポカンと上の空だったが、やがて「……それ、クロムよく分からない」と答えた。
「だってクロム、いつも考え無しで動いちゃうから。だから、後になってどうして? って言われても、クロムよく分からない。……だからみんな、よくクロムのこと馬鹿だ無能だってからかうの」
ポーラは驚いたように目を見開いた。考えも無く勝手に体が動いて、気付けば子どもたちを救ってしまっていたなんて、命を懸けて助ける理由としてはあまりに適当すぎる回答だった。けれど、やがてポーラは吹き出すように小さく笑い、そしてこう言葉を返した。
「本当に、あなたは怖いもの知らずな英雄なのか、それともただの向こう見ずな馬鹿なのか、よく分からないです」
「うん、それクロムもよく分かんない」
ポーラはまた笑って、それから目尻に含んだ涙を拭った後、もう一度クロムに頭を下げた。
「……あなたのことを『脳ナシ魚野郎』なんて言ってごめんなさい。あと、あなたの顔を撃ったことも謝ります」
ポーラがそう謝罪したものの、クロムは終始ポカンとしたままで、感謝された理由も、謝られた理由も、何一つとして分かっていないようだった。
〇
ポーラとクロム、二人が意気投合する様子を、ラビが傍で嬉しそうに眺めていた。そんな彼女に向かって、俺は溜め息を吐きながら声をかける。
『……やれやれ、今回も色々と騒動はあったが、どうにか収まるところに収まったみたいだな』
「ええ、そうですね師匠。……でも、クロムさんやポーラさんもそうですが、今回はニーナさんも、里を救うために大健闘してくれました。今回の一件で、里長含めたエルフ評議会の方たちも、ニーナさんの追放を考え直してくれると良いんですけど……」
ラビは、独り言のようにそんなことを口にしていた。やはりラビの中では、ニーナの追放に関する不安が、まだ頭をもたげているらしい。今回の事件があって、頭の固いエルフの評議員たちがどう意見を変えてくるのか。確かに気になるところではあるのだが……
――それから、ポーラと仲直り(?)したクロムは、その後も子どもたちから雄姿をたたえられて大いにちやほやされていたが、その日の夜、彼女は全身に走る筋肉痛に悩まされることになった。ワイヤーの切れたケーブルカーをその身一つで支えたことは、強靭なクロムの体でもさすがに負担が大きかったようで、「イタイ、イタイ」と呻きながらのたうつクロムの体に、子どもたちは皆、一生懸命に軟膏を塗ったり湿布を貼ったりして、一晩中クロムの手当に励んでいた。
※この時点での俺(クルーエル・ラビ号)のステータス
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【船名】クルーエル・ラビ
【船種】ガレオン(3本マスト)
【用途】海賊船 【乗員】124名
【武装】機関砲…5基 旋回砲…16門 タイレル小臼砲…2門 タイレル中臼砲…2門 8ガロン砲…20門 12ガロン砲…18門
【総合火力】1878 【耐久力】2500/2500
【保有魔力】6000/6000
【保有スキル】神の目(U)、乗船印(U)、総帆展帆(U)、自動修復(U)、詠唱破棄、治癒(大):Lv6、魔素集積:Lv7、結晶操作:Lv6、閲読、念話、射線可視、念動:Lv10、鑑定:Lv10、遠視:Lv10、夜目:Lv10、錬成術基礎:Lv10、水魔術基礎:Lv8、火魔術基礎:Lv8、雷魔術基礎:Lv8、身体能力上昇:Lv6、精神力上昇:Lv6、腕力上昇:Lv6、
【アイテム】神隠しランプ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※前回の第五章でタイレル侯爵のサラザリア城を攻略してから、数多くの新型武器や兵器を盗んで使用しているため、武装面が大幅に強化されています。スキルレベルはあまり変化ありませんが、保有魔力も倍になっていて、着々と成長していることが伺えますね!