第129話 ウッドロットのピンチを救え!③
火災による被害拡大を防ぐため、燃える枝を片っ端から切り落としていったニーナ。しかしその火災防止対策が裏目に出てしまい、更なる被害が拡大してしまった。――これもきっと、大喜びしたニーナが盛大なフラグを立ててくれたせいだろう。まったくあのギャルエルフ、とんだトラブルメーカーである。
『おいおい、これヤバくないか? あのケーブルカーはエルフの里と地上を結ぶ唯一の交通手段なんだろ?』
「ま、まぁそうなんだけど……でも私たちにはクリーパーちゃんが居るし、地上へ降りる手段が完全に無くなった訳じゃないから、そんな大したことでもないんじゃ――」
ニーナが慌てて言い訳していた矢先、「二人とも大変よ!」と声を上げて、ドラゴンに乗ったエレノアが慌てて俺たちのところへ飛んでくる。
「里に上がって来ていたケーブルカーに私の子どもたちが乗っているの! 機械が止まったせいで、みんな籠の中に取り残されてるわ! アンタたちのお仲間の魚人の子も一緒よ!」
驚きの事実が告げられ、呆気に取られてしまう俺たち。
は? エレノアの子どもたちがケーブルカーに? しかも何でちゃっかり白黒頭まで巻き込まれてるんだ?
しかしよくよく考えてみればアイツら、俺たちが評議会へ出向いている間に、ユグドラシルを降りて地上に遊びに行っていたんじゃなかったか? ……ということは、ちょうど里へ帰ろうとケーブルカーに乗ったところで偶然事故に巻き込まれたってことか! ええい、タイミング悪いときに!
『ちっ、何が「大したことない」だ! おいラビ、現場へ急行するぞ!』
「はい師匠っ!」
ラビは片腕を大きく宙に掲げ、召喚指輪から黒炎竜のグレンを呼び出した。
眩い光と共に現れたグレンは、翼を広げて、黒い鱗にキラリと陽の光を反射させながら枝の周りを大きく旋回し、ラビの隣へと舞い降りる。
一方でエルフの住人たちは、突然現れた巨大なドラゴンを見てひどく驚いてしまっていた。
「あ、あの黒い鱗……まさか、町一つを焼き払うだけの力を秘めているという、伝説の黒炎竜か⁉」
「あんな幼い少女が、世界最強の竜を召喚したというのか? 有り得んだろう!!」
「黒炎竜を使役できる竜騎士なんて聞いたこともないぞ!」
「厄災の炎竜」と恐れられる世界最強の竜が小さな少女の指輪から召喚されたことに、エレノア含めエルフ防空騎士団たちも驚きを隠せない。けれど騎士団長のエレノアは、驚きつつも、やがてニヤリと笑みを浮かべ、感心したように言う。
「有り得ないって? アンタたちにはあの竜が見えないの? ――あれが、あの子の持つ力なのよ。見た目は小さくて初々しい娘だけど、あの子には私たちには無い特別な力を持ってる。……まったく、ただの小娘だと思って甘く見ていたけど、ここまでとは想定外だったわね」
騎士団含め、多くのエルフたちから注目される中、ラビはグレンの背中によじ登り、首元に跨る。
「ポーラさんも一緒に来てください!」
「御意――」
呼ばれた次の瞬間には、ポーラはグレンの背中の上に一瞬で転移し、ラビの後ろに跨っていた。
「じゃあグレンちゃん! ケーブルカーの籠が止まっているところまでお願い!」
「……アイアイ・マム」
グレンはつかまっていた枝から足を離すと、ゆらりと宙へ身を乗り出し、そのまま風に乗ってユグドラシルの太い幹の周りをらせんを描くようにして降りていった。
やがて、幹に沿って縦に伸びているレールの上に、立ち往生してしまったケーブルカーが見えてくる。籠の中には、エレノアの養子である十三人の子どもたちと、白黒頭のクロムが取り残されているのが見えた。
「みんな大丈夫⁉ 怪我は無い⁉」
ラビが飛んでいるグレンの上から大声で叫ぶと、子どもたちの中で一番年上の女の子が声を返した。
「私たちは大丈夫ですっ! 突然ケーブルカーが止まっちゃって、ここから出られないんです!」
状況は芳しくないが、ひとまず子どもたちは皆無事なようで、俺たちは安堵する。体が頑丈なクロムならまだしも、子どもたちに何かあっては大変だ。今のうちに彼らを救出しないと――
しかし、そう思っていた矢先――
ガラガラガシャ――ン!
壊れた巻き上げ機から外れて落ちてきた歯車の一つが子どもたちの乗るケーブルカーの籠の上に落下し、ぶつかったショックで籠がぐらぐら揺れ動き、徐々に下降し始めたのである。落ちるのではないかと恐怖のあまり縮こまってしまう子どもたち。……マズい、これでは長くもちそうにない。ケーブルカーを支えるワイヤーも、徐々に表面がささくれ始めている。
「お嬢様、ここは私にお任せください」
すると、ポーラが転移魔術を使ってケーブルカーの中へ乗り移り、子どもたちを抱えては再びグレンの背中へ転移して戻った。
転移に転移を繰り返し、次々と子どもたちを救出してグレンの上に乗せ換えてゆくポーラ。しかし、命綱であるワイヤーもギチギチと音を立て、今にもちぎれてしまいそうだ。
『ポーラ急げ! ワイヤーが切れるぞ!』
「あと小さな女の子が一人とクロムだけです。お待ちを!」
ポーラは籠に残された最後の二人を助けようと、もう一度ケーブルカーへ転移する。
しかしその瞬間、籠を支えていたワイヤーが重量に耐えきれず、ブツリと音を立ててちぎれた。
「危ないっ!!」
――しかし刹那、クロムが目にも留まらぬ速さで籠の中から抜け出し、ケーブルカーの天井へと駆け登ると、切れたワイヤーの端と端を両腕でガッチリつかんだのである。
「ぐうっ! つかま……えたっ!」
落ちようとしたケーブルカーを辛うじて繋ぎ止めたクロムは、ポーラと女の子二人が残された籠を落とすまいと渾身の力を振り絞り、全身の筋肉を浮き立たせて歯を食いしばった。
「は……早くっ! クロムの腕、ちぎれちゃうっ!………」
「っ!――― すまないクロムっ!」
ポーラはクロムが籠を支えている間に、残る一人の女の子を急いでグレンの背中へと転移させた。
「もう、ダメっ――――」
ケーブルカーの重量をその身一つで支えていたクロムは、体を引き裂かんばかりの力に耐えきれず、その手を放して宙へ投げ出されてしまう。
「クロムさんっ!!」
真っ逆さまに落ちてゆくクロムを見て悲鳴を上げるラビ。
「……大丈夫、ボクに任せて」
そのとき、飛んでいたグレンが一気に急降下を始め、背中に乗せられたラビや子どもたちは仰天して悲鳴を上げる。
「ちょ、グレンちゃん⁉」
「ごめん……少し揺れるけど、みんなつかまっててね」
風の抵抗をなるべく受けないよう翼を畳んで高速で幹の上を駆け下りてゆくグレンは、気を失ったまま落下するクロムまで追い付くと、首を伸ばして口を大きく開き、ぱくっ! とクロムを口の中にキャッチしてしまったのである。