第128話 ウッドロットのピンチを救え!②
大樹ユグドラシルの枝分かれする幹の一つが、炎に包まれて大きく燃え上がっていた。
炎は勢いを強めて枝木から枝木へと燃え移り、瞬く間に新緑を赤一色で塗りつぶした。そして赤く塗られた後は、色を重ね過ぎてどす黒く変色したような炭だけが残り、燃えた木の葉が灰の雪となって辺りに舞い散っていた。
ラビたちが駆け付けると、すでに現場には多くのクリーパードラゴンに乗った竜騎士たちが集まっており、騎士団長であるエレノアが、彼らの中心となって忙しなく指示を飛ばしていた。
「エレノアさんっ!」
「ちょっとアンタたち、どうしてここへ来たの⁉ 炎に飲まれるかもしれないのよ!」
エレノアが忠告するものの、ラビは構わず言葉を続ける。
「私たちも加勢します! 手伝わせてください! 状況はどうなっていますか?」
「ふん、状況? 控えめに言って最悪ね。里の見張りたちが何をしていたのか知らないけど、彼らが目を離している間に、はぐれ機雷が二つも里に落ちて来ていたのよ。おかげでユグドラシル西区画にある枝四本がほぼ全焼。周辺の住人はおおかた避難させたけど、炎の勢いが強すぎて、とても消化しきれないわ。こうなったらもう枝ごと切って落とすしかないわね」
エレノアの話によると、火災が起きて消化できないほど火が回ってしまった枝は、他の枝に燃え移る前に根元から切り落としてしまうことで、火災の拡大を防ぐそうだ。ユグドラシルの全焼を避けるためにも、一を捨てて十を守るやり方で、彼らはこれまでユグドラシルを火災の危機から守ってきたという。
「でも、燃えている枝の先にある民家にまだエルフたちが多く取り残されていて、切って落とそうにも落とせないの。私たち騎士団も救助に当たっているけど、火の勢いが強くて思うように進んでない。急がないと生存者たちも焼け死んでしまうわ」
炎の広がる速度は凄まじく、早くも大樹の支柱である幹の部分まで到達してしまいそうな勢いだった。早く切り落とさないと、ユグドラシル全域に炎が及んでしまうのも時間の問題だろう。
するとそこへ、ラビが一つ提案する。
「ニーナさん! 風魔法を使って炎の中に突破口を開くというのはどうでしょうか?」
「それ採用! ラビっち冴えてるじゃん! けど、私は基本矢に風魔術を乗せて放つのが得意だから、どなたか弓を貸してくれると嬉しいんだけど……」
ニーナはそう言って、チラと母親の方へ期待を込めた目線を投げる。彼女の意図を察したエレノアは大きな溜め息を吐いて自分の担いでいた矢筒と弓一式を下ろすと、ニーナに向かって投げてよこした。
「ほら、これを使って! 矢を無駄にするんじゃないわよ。必ず生きて戻るって約束しなさい! 約束破ったら今晩飯抜きだからねっ!」
ビシッとニーナを指差し、命令口調で怒鳴るエレノア。
「はぁ? 約束破るってそれ、つまり死ぬことでしょ? 死んだら晩飯も何も食べれないんですけど~?」
ニーナはニヤリと笑みを見せてそう言い返し、母親から受け取った矢筒を背負い弓を持つと、ラビと共に燃え盛る枝の方へと駆けていった。
「もう、本当に危機感無さすぎるんだから……」
走ってゆくニーナの後ろ姿を見送りながら、エレノアは一人そう呟く。
「騎士団長様、よろしいのですか? ニーナは我々エルフを裏切った重罪人ですよ? そんな彼女に武器を持たせるなんて――」
ドラゴンに乗っていた騎士団の一人が、訝しげな表情でエレノアに声をかける。しかしエレノアは相手をキッとにらんで、「アンタたちは黙って見てればいいの!」と釘を刺した。
「ここはあの子たちに賭けてみるしかないわ。……それに、ニーナは馬鹿だけど、あれでもアタシの娘なのよ。母親が娘を信じないでどうするってのよ?」
そう言って、エレノアは自分の娘の後ろ姿を、祈るような目で見つめ続けていた。
〇
火災現場の前までやって来たラビとニーナは、自分たちの背丈の倍以上もある巨大な炎の壁に行く手を阻まれてしまう。
「ニーナさんっ!」
「合点承知! 必殺! ”旋風貫通矢”!」
すかさずニーナが強力な風魔術を込めた矢を、炎の壁目掛けて撃ち放つ。すると、小さな竜巻を孕んだ矢が炎の壁を突き抜け、火の勢いが左右に分裂して、人が通れるだけの小さな通路が切り開かれた。
「行きましょう!」
炎の勢いが弱まったタイミングで、ラビとニーナは一気に枝の上を駆け抜ける。間もなくして、勢いを取り戻した炎が走る二人の背後から渦を巻いて押し寄せてきたが、二人は間一髪で迫る炎の波から逃れ、生存者の残された民家までたどり着いた。
炎に囲まれた家の扉をニーナが蹴破ると、中には子どもを含めて四人のエルフが取り残されていた。熱にやられてしまったらしく、みんな床にうつ伏せになって倒れている。
「まだこんなに生存者が……急いで運びましょうニーナさん!」
「ちょい待った! 私たちだけじゃ、せいぜい二人を運ぶのが限界っしょ。ここには動けないエルフが四人も居るってのに、どうやって運ぶの?」
「大丈夫です。助っ人は私たちだけじゃありません。……ポーラさんっ!」
「―――お呼びでしょうか、お嬢様」
すると、いつの間にかラビの隣にメイドのポーラが立っていて、ニーナは驚いてしまう。
「ちょ、ポーラっ⁉ アンタどっから出てきたのよ!」
「私は転移魔術の使い手です。先ほどの場所からここまで転移することなど造作もありません」
「でっ……でもこれだけ離れてて、どうしてラビっちの呼ぶ声が聞こえたワケ⁉」
「私はラビリスタお嬢様のメイド兼ボディーガードです。いついかなるとき、どんな場所に居ようとも、お嬢様がお呼びとあらば即座に駆け付けます。それが従者としての使命であり、私たちの仕事ですから。……まぁ、自分勝手が過ぎるニーナに、この心得を聞かせても理解できないかもしれませんが」
凛とした態度で答えるポーラ。どんなに離れていても、主人が声を上げれば即座に駆け付ける――まるで飼い主のために奔走する忠犬みたいだ。その強い忠誠心はメイドとして称賛に値するのかもしれないが……ただ最後の一言は余計だったようで、「ぐぬぬ……」と両拳を握りしめたニーナが、物言いたそうな目でポーラをにらみ付けていた。
「ポーラさん、生存者の二人をお願いできますか? 残りの二人は私たちが運びますから」
「承知しました。お嬢様も、お気を付けて」
ポーラはラビに向かって頭を下げると、生存者のエルフ二人を両脇に抱えて、即座に転移していった。
「さ、残りの生存者を連れて逃げましょうニーナさん!」
「りょ! 早いとこ逃げないと、ここもそろそろヤバいかも!」
この家にも火が燃え移ったのか、部屋の周囲には既に濃い白煙が立ち込めていた。二人は生存者を抱えて燃える家を脱出すると、ニーナが再び炎の壁に向かって風魔術の矢を放ち、炎を分散させて逃げ道を作った。
燃える枝の上を渡りきり、生存者たちを安全な場所へ避難させると、ニーナがすかさず手にはめた召喚指輪からクリーパードラゴンを呼び出す。
「――必殺! ”『斬刃旋風』”!」
キィイイイイイイン!
ニーナが技名を唱えると、ドラゴンの口から見えない刃が放たれ、太い枝を一刀両断。燃え盛る枝はユグドラシルの幹を離れて、下へ落ちていった。
「オッケー、こっちの枝は落とした!」
「まだあっちにも燃えている枝が残ってます! 急ぎましょう!」
その後も、ラビはニーナとポーラの二人を従え、燃え盛る枝から次々と生存者たちを救出していった。そして、枝の上にもう生存者が残っていないことを確認した後、ニーナがクリーパードラゴンの必殺技を使って、枝を根元から切り落としていった。
「あれで最後です、ニーナさん!」
「りょ! 任せて!」
そして、ようやく燃える枝が残り一本となり、エルフの救出が済んだことを確認したニーナは、再びドラゴンに命じて斬刃旋風を撃ち出し、枝を切り落とした。
「やった~~~っ! これで一件落着っ!」
火災が拡大する前に全ての枝を落とすことに成功し、歓喜の声を上げるニーナ。
ところが……
ガシャ―――――ン!
ニーナによって落とされた最後の枝木は、落ちてゆく途中、ユグドラシルの幹の側面に設置されていたとある建物に引っ掛かけてしまう。
ゴッ! ガガガッ! ゴンゴンゴンゴン、ゴン……ゴン…………ゴン……――
プシュゥ~~~~~………
それは、里と地上を結ぶ唯一の交通手段であったケーブルカーの巻き上げ機で、それまで蒸気機関によって動き続けていた巨大な歯車は盛大な音と共に大破し、力を失うように白い蒸気を吐き出して、完全に動作を停止させてしまった。
『………おい、ニーナ』
「うわ、ヤッバ……えっ? これも私が悪いワケ?」
そう言ってとぼけたような表情で自分を指差すニーナ。思わぬ二次災害の発生に、俺は項垂れるように溜め息を吐いた。
『……どうやら誰かさんのおかげで、さらに状況が悪くなっちまったみたいだな』