第127話 ウッドロットのピンチを救え!①
「……ここは余所者がしゃしゃり出るような幕ではないぞ。下がれ」
里長は、走り出てきたラビに対して冷たくそう言い放つ。しかしラビは引くことなく、むしろさらに一歩前へ出て進言する。
「確かに、ニーナさんが勝手にランプを盗んだせいで、エルフの里の秘密が暴かれてしまったのは彼女が悪いと思うし、そこは反省してもらうべきだと思います。……ですが、元を正せば、エルフの里に予告もなく押しかけ、自分勝手に里を荒らし、あなた方に理不尽と不自由を押し付けた王国側にも大きな責任があるはずです。真に裁かれるべきは王国であって、罪の全てをニーナさんになすり付けるのは間違っています!」
ラビは声を大にして抗議の声を上げる。――俺も、彼女の言う通りだと思った。ニーナが犯した罪はあくまで事件の起こるきっかけを作っただけであって、そこへ付け込んできたのは王国の連中だ。王国こそ真の黒幕であり、ヤツらがエルフたちに罪を償うべきなのだ。
……だが案の定、余所者であるラビの意見を聞き入れようとするエルフは誰一人としておらず、傍観席に着いた者たちは皆、怒りを露わにして拳を振り上げ、ラビを貶し、怒号を飛ばした。
「余所者がなにを偉そうに!」
「そうだそうだ! まだ子どものくせに、俺たちの何が分かるってんだ!」
「公衆の面前であんな生意気を言う子がいるなんて、何て図々しいのかしら! 親の顔が見てみたいわ!」
雨あられと飛んでくるヤジを聞いているうち、いい加減、俺の堪忍袋の尾も切れそうになる。
「あいつらに何を言っても無駄よ。この評議会は、王国を支持する保守派ばかりが集まってる。だから、王国に反旗を翻そうとする少数派はここで弾圧されるのがお決まりなの。評議会は王国と波風立てない関係を維持したいのよ。だから里の中で反乱分子が芽吹く前に即座に摘み取ろうとする。少数の反対者がいるせいで、自分たちにまで王国の制裁が下ることを恐れてね」
エレノアが、今の評議会が王国側の圧力によって言論の自由を封じられている事実を語る。それを隣で聞いたポーラが、嫌なものを見るような目で評議会場を囲む聴衆を睨んだ。
「愚かな……これでは、ここに居るエルフたちは皆、王国の操り人形も同然ではないですか」
「ええそうね。……王国の連中は、もし自分たちに逆らうような真似をすれば、戦時中に他国からの侵略を防ぐ理由で置かれた機雷原の機雷を里に全て落とすと脅しをかけているの。そのせいで私たちは里の外に出ることはおろか、自分たちの意見を持つことすら許されず、王国の言われるがままにしか動くことができない。王国が里に介入してからというもの、エルフ評議会もエルフの里も、王国に隷属してしまったのよ」
エルフの里から一人でも王国に異議を唱える者が現れれば、機雷原を脅迫の材料に、里の民全員に制裁を下すと吹聴することで、彼らを逆らえないようにする仕組みを作る。上手いやり方だ。こうすることで王国のヤツらは、エルフたちを見事手玉に取ってしまったというわけだ。
――だが、それにしてもエルフたちのあの態度は無いだろうと俺は思った。ラビはお前たちのために、嫌われることを覚悟の上で必死に事実を訴えかけているんだ。なのに聞き耳も立たず非難を飛ばすだけなんて、生意気なのはお前らの方だろうが!
『……なぁラビ。今すぐ船へ転移して戻って、俺のスキル「射線可視」を使ってここへ砲弾の一発でも飛ばしてやろうか? そうすれば、少しはヤツらの目を覚ましてやれるだろ』
俺がそう提案すると、ラビは首を横に張って声を上げる。
「ダメです師匠っ! そんなことしたら、ますますエルフたちから反感を買って信用されなくなってしまいます!」
反論の声が四方八方から飛び交う中、ラビは周りから見えるように空高く片腕を掲げ、空の上を指差してみせる。そして、力の限り叫んだ。
「皆さん、空を見てください! あのどこまでも青くて広い空へ飛び立とうとするあなた方の自由を阻もうとする網は、一体誰が仕掛けたのですか! あなた方にとっての不幸の種を巻いたのは、一体誰の仕業なのですか⁉︎ よく考えてみてください!」
小さなラビの渾身の叫びが、広い会場内にこだまする。もはや会場に居る過半数以上のエルフたちが敵に回ってしまった中、意見を覆すことなどほぼ不可能だろう。
しかしラビは、そんな彼らとなおも向き合い、対抗しようと試みる。彼女の胸の内に秘められた蒼い炎は、周りからの強く冷たい風を受け揺らめきながらも、決して炎を絶やすことなく青々と燃えて周囲に真実の灯りを放ち続けているのだった。
〇
ドドォオオオオオン――
するとそのとき、突如として耳をつんざくような爆音がとどろき、評議会の会場がビリビリと震えた。
「い、一体何ごとだ⁉︎」
何が起きたか分からず狼狽える里長のもとへ、一人のエルフの男が顔面蒼白にして評議会場内に駆け込んでくる。
「大変です! ”はぐれ機雷”の一つが、里のすぐ近郊で爆発しました! 爆発により火災が起きて、民家数棟が火に巻かれてます! 逃げ遅れている者も多数いるようで――」
「何だと⁉」
男の報告を受けて、傍観席に居たエルフたちまで顔を真っ青にさせた。……どうやら、何かヤバい事件が起こったらしい。
「”はぐれ機雷”って、何なんですかエレノアさん⁉」
ラビがそう尋ねると、エレノアは深刻そうに眉をひそめながら答えた。
「”はぐれ機雷”――アタシたちの里の頭上に浮かんでる機雷原は、全て”魔力追跡”の呪文によって、常に空中の一定の場所に留まるよう作られているの。だけど、そのうちの何個かが不具合を起こして里の中に落ちてくることがあるのよ。――考えてもみて。この里の空には数千もの機雷が浮かんでいるのよ。そのうちの一つや二つくらい不具合を起こして落ちてきたって不思議じゃないでしょ?」
そう言って、エレノアは口に指をくわえてピュッと口笛を吹いた。すると、会場の真上から風を払う音がして、一匹のクリーパードラゴンが舞い降りてくる。
「みんな! 何をそんなとこでボケッと突っ立ってるの⁉︎ 今は議論してる暇なんか無いわ。ここに火が回る前に、さっさと避難しなさいよ!」
エレノアは着地したドラゴンの背中に飛び乗ると、会場に居る評議員席へ向けて一喝を飛ばした。突然の事態に呆然としてしまっていた里長含む評議員のエルフたちは、エレノアの声を聞いて我に返り、慌てて会場から避難し始める。
「ここは私たちエルフ防空騎士団が何とかするわ。だからアンタたちも早くここから逃げなさい!」
エレノアは俺たちに向かってそう言い残し、ドラゴンと共に現場へ向かって真っ先に飛び去っていった。
『……だってさ。どうする、ラビ?』
俺がそう問いかけると、ラビは頑なに首を横に振って答えた。
「エルフの里に危機が迫ってるというのに、私たちだけ逃げるなんて、できないです!」
まぁラビのことだから、そう答えるだろうとは思っていたが、案の定。困った者を放っておけない俺の小さな愛弟子は、他人を救うためなら、どんな危険を伴う面倒事にも首を突っ込んでいくタイプであることを、俺は知っている。
『――よし、エレノアの後を追いかけるぞ!』
「はいっ!」
俺たちは飛び去ったエレノアの後を追って、評議会場を抜け出した。