第126話 お前どんだけ周りからヘイト買ってんだよ!
「―――ふん、今頃になって戻って来おったか。はた迷惑な愚か者が」
ニーナの顔を見た里長の第一声はそれだった。
大樹ユグドラシルが無数の枝へと分岐してゆく中央部分、八方に伸びた幹を支柱とするようにして作られた土台の上には、階段状の傍観席が円状に並べられており、多くのエルフの評議員たちが詰めかけていた。
まるで円形闘技場を思わせる建造物の中央広間には、出頭したニーナが一人ポツンと立たされており、彼女から少し距離を置いて、ラビとポーラ、そして母親であるエレノアが並んで立っていた。
周囲にいるエルフたちからの刺さるような視線が怖い。傍観席に居る誰もがニーナに怒り心頭らしく、時折り彼女を貶すようなひそひそ声やヤジも飛んでくる。
尋問にしては少々度が過ぎているように思えなくもなかったが、周りからしてみれば、ニーナ一人の自分勝手な行動のために、それまで数百年もの間秘密として守られてきたこの島の存在が世間に露呈し、王国軍に侵入され、大量の機雷爆弾を空の上にバラ撒かれて、住人たちは島から一歩も出られない不憫な生活を送っているのだ。その全ての元凶となったニーナを前にして、逆に怒らない方がおかしいのかもしれない。
あまりに周りの雰囲気が険悪過ぎて、隅っこに立たされている俺たちまでばつが悪い思いに駆られる。こんなことなら来なけりゃ良かったと、正直思った。
――ちなみに、ここに居ないクロムは何をしているのかというと、エレノアの養子である子どもたちの遊び相手を任され、皆を連れてユグドラシルを降りて地上を探検しに行くとのこと。俺たちは修羅場の只中だってのに、白黒頭だけは呑気に遊んでるとか、いいよなぁ……
初めのうちは、魚人族特有の異様な容姿に子どもたちが怖がったりしないだろうかと心配していたのだが、意外にもエルフの子たちは彼の外見をすんなり受け入れ、クロムも子どもたちとすっかり意気投合した様子。この調子なら、もう彼一人でも問題無いだろうということで、今日からポーラの監視はなしで、彼女はラビに同行していた。
――それにしても、まるで一人の生徒が大勢の教師たちに寄ってたかって咎められているところに居合わせているような気まずい雰囲気の中、当の本人であるニーナは何を思ってあそこに立っているのだろうと不思議に思った。遠くから見た感じ、怖気付いている様子もなさそうに見えるのだが……
ニーナの立つの正面にある演台の上には、修道着のような裾の長い衣装に身を包んだ高貴なエルフの男が登壇し、憎しみを込めた目でニーナを見下ろしていた。あの男が、ウッドロットの里長なのだろう。
「……愚か者よ、なぜ今になって戻ってきた?」
そう問いかけられたニーナは、まるで開き直ったように声高くして答えた。
「そりゃ、ここは私の故郷だもん。たまには帰って来るわよ」
「黙れっ! お前のような異端がこの里を故郷などと軽々しく口にするな!」
「そうよ! 裏切者が偉そうに!」
あちこちから怒号が飛び交う中、ニーナは平然とした態度で腕を組み、「ふん」とそっぽを向く。これだけ周りから批判を浴びていながら全く動じないなんて、彼女の反骨精神も筋金入りだな……
そんなことを考えていると、里長が頭を抱えながら眉をしかめて言う。
「……本来であれば、この場でエルフの民の裁きの下、即刻お前を有罪と判決し、すぐにでもその首をはねてやりたいところだ。……しかしお前の母親、エルフ防空騎士団の団長であるエレノアの必死な説得に免じて、里からの永久追放という形で、今回は許してやらんこともない」
里長の下した決断に、周りに居たエルフたちは口々に批判的な声を上げ、中にはブーイングを飛ばす者もいた。ここに集まったエルフ評議会のヤツらは、里長の判決に納得いかないらしく、ニーナに対してもっとキツい処罰を御所望であるらしい。エルフの故郷である里からの永久追放を言い渡されるだけでも、結構キツい処罰であると俺は思うのだが……
「チッ………ホント、馬鹿な子だよ……」
ラビの隣に立っていたエレノアが舌打ちし、苦虫を嚙み潰したような表情で眉間にしわを寄せていた。いくらバカ娘呼ばわりしようと、自分の我が子であるニーナが里からの永久追放を言い渡される様子を傍で見ているのは、母親としてかなりショックだったのだろう。その証拠に、エレノアの目尻には悔し涙が浮かんでいた。
「……ではニーナ・アルハ。お前は今後、一切のウッドロットへの出入りを禁じる。世話になった家族に別れを告げ、即刻この里から立ち去るがよい――」
里長が最終判決を言い渡し、壇上に置かれた判決の槌を机上に落とそうとした、そのとき――
「待ってください‼︎」
ラビが声を上げ、蒼い長髪をなびかせて、会場の真ん中に立つニーナの隣へ勢い良く走り出る。
「その判決、待ってください!」
彼女の首にかかるフラジウム小結晶に転移していた俺は、ラビの突発な言動に驚きつつも、内心では「やっぱりそうだよなぁ……」とも思っていた。
これまでラビと一緒に旅を続けてきて、彼女の性格や考え方をある程度理解した俺が、一つだけ確信を持って言えることがあった。
それは、ラビの持つ強い正義感のあまり、自分の仲間の危機を前にすると、必ず相手に何か一言物申さずにはいられない、ということだ。これがまた新たな面倒事へ足を踏み入れるきっかけになってしまうことがほとんどなのだが、今回はどうなることやら……