第125話 パパはマジックアイテム開発主任
「あら、早かったのね。今日はバカ娘が帰ってきてるの。他のお客さんも一緒だよ」
帰ってきた夫を見てエレノアが答えると、ラディクは「あぁ、そうか」と一人うなずく。
「なるほど。どど、どうりで賑やかなわけだ。初めての顔合わせなら、も、もっとマシな格好で来れば良かったかなぁ」
ラディクは小恥ずかしそうに笑いながら、テーブルのところまでやって来る。
「ん……あれ? 僕の席がないけど……」
「アンタいっつも魔法の研究で夜遅いじゃない。だからアンタの席は作ってないわ。どこかその辺の空いてる机で食べてちょうだい」
「そんな……せせ、折角早く上がってみんなと一緒に食べられると思ったのになぁ」
ラディクは脱力するように肩を落としてキッチンへ向かった。
話を聞いたところによると、ラディクはエルフの魔法技術者として働いているという。仕事内容としては、古くから使われているマジックアイテムの仕組みを研究・解明し、そこから得た知識を活用して新たなマジックアイテムや魔法道具を開発する――というもの。エルフたちが魔法技術の最先端を行くことができたのも、ラディクたち魔法技術者たちのおかげであるらしい。
ちなみにラディクは、古代マジックアイテムを調査する研究チームのリーダーであり、開発主任も兼任なのだそうだ。着ている衣服はシワだらけ。髪はボサボサ。見た目はだらしなく、引きこもりの陰キャ感が濃厚過ぎる外見だが、中身はこれまたかなりのエリートであるらしい。またしても外見と中身のギャップに驚かされる俺とラビ。しかもそんな陰キャオタクとツインテ幼女少女が結ばれると言う時点で犯罪臭がプンプン漂ってきているし、そんな二人の間にできたのがギャルエルフとか……一体何なんだこの一家は⁉︎
それから、ラディクは大団円のテーブルから離れた机に自分の取り分を持って行き、しぶしぶ一人で食事を始める。そうして彼は、ふと何かを思い出したようにニーナに尋ねた。
「そそ、そういえばニーナ。僕らダークエルフ秘伝のマジックアイテムである『神隠しランプ』を一つ持っていったみたいだけど、上手く使えているかい? 特に不具合とかは無かったかな?」
「ん? あ〜……うん。まぁ使えるっちゃ使えるけど、あれ効果時間が短すぎ! もっと長時間姿を消せるように改造とかできないワケ?」
ニーナが不満を露わにしながら答えると、ラディクは「やはりそうだろうね……」と肩を落としながら言葉を続ける。
「あのマジックアイテムは本来、三つ全てそろって初めて、本来の力を発揮するものなのだよ。一つだけでは力の制御が不安定になって、通常の十分の一以下しか効力を見せなくなる。あのランプが三つそろった状態で、かつユグドラシルから供給される十分な魔力量があってこそ、神隠しランプは半永久的に機能することができるんだ」
そう語るラディク。自分の研究しているマジックアイテムの話になると途端に饒舌になるようで、それまでつっかえながら話していた口調もスラスラになり、声も生き生きとしていた。
するとそこへ、母親であるエレノアが机を叩き、ニーナに強い口調で言い付ける。
「ニーナ。アンタねぇ、自分が何したか分かってんの? アンタが『神隠しランプ』をここから持ち出してくれたおかげで、これまで島全体を隠してくれていたランプの力が衰えて、ウッドロットが外の世界から丸見えになっちゃったのよ! おかげで王国軍の連中は押しかけてくるわ、散々里は荒らされるわ、終いには空に大量の置き土産まで残していってくれるわで。こっちはもう散々な目に遭ってきたんだから! ホントどうしてくれるのよ!」
「わ、分かってるって……それは正直メンゴって思ってるからさぁ……」
母親に詰め寄られ、肩をすくめながら謝るニーナ。
……俺は彼らの会話を傍で聞いているうちに、何となくだが話が読めてきた。どうやらこの騒動、またしてもニーナが一枚絡んでいるようだ。
「エレノアさん、その話、もっと詳しく聞かせてくれませんか?」
ラビがそう尋ねると、エレノアは大きくため息を吐いて怒りを鎮め、冷静な口調で語り始めた。
「――アタシたちが今、王国の連中に逆らえずにペコペコ頭を下げなきゃならなくなったのも、全てはこのバカ娘が原因だったってことよ」
○
ここ、エルフの隠れ里ウッドロットは、「隠れ里」という言葉の通り、島が誕生した太古の昔から今にかけて、誰にも見つけることのできない秘境の地と呼ばれていた。
――というのも、昔から余所者を嫌っていたエルフたちは、自分たちの住んでいる里の場所を他の者たちに悟られないよう、高度な透明魔術が仕込まれたマジックアイテム「神隠しランプ」を三つ用意し、大樹ユグドラシルから供給される魔素をランプに注ぎ込んで土地全体を透明化させ、島一つを丸ごと見えなくさせてしまったという。そのおかげで、島の近くを船が通りかかっても、船乗りたちは目もくれずにスルーして通り過ぎてゆく。
こうして、大樹ユグドラシルからの魔素を吸収し半永久的に機能し続ける神隠しランプのおかげで、ウッドロットは数百年もの間、その存在を誰にも知られることはなかった。一部で伝説としてエルフの里のことが語られることはあったものの、その存在を誰も証明することができず、噂話の域を超えることはなかった。
――しかし数年前、三大陸間戦争の只中で、それまで何百年もの間隠され続けてきた秘密の島が、突如として見えない封印を解かれ、他種族の前にその姿を現してしまったのである。
それもたった一人の、女ダークエルフの軽々しい悪戯が原因で……
「………え~と、そ、その、アレだよ。最初はお遊び程度のつもりだったんだよ? 子どものときからずっとこの島から一歩も出たことなくて、こんなちっぽけな島で一生を終えることにどうしても納得いかなくて、少しだけでもいいから島の外の世界を見てみたいと思ったの。でさ、島から抜け出すときに見つかったらヤだな~って思って、こっそり宝庫に入ってランプを一つ持っていったワケ。もちろん盗むつもりなんて全然なくて、少し借りるだけのつもりだったんだよ? だからさ、許してくれる………よね?」
苦し紛れに言い訳するニーナに対して、周りからじっとりとした目線が集中する。
――やっぱり犯人お前だったんじゃねぇか!!
俺は思わずそうツッコミたくなるのを押さえて、冷静に頭の中で整理してみた、
(………つまりは、ニーナがエルフの里を抜け出す際、島に三つある神隠しランプの一つを勝手に持ち出したせいで、それまで島を隠す光学迷彩として機能していたランプの力が衰え、島の存在が世間に知れ渡ってしまった。で、エルフたちの住む島の存在を知った王国の連中が、島に軍を派遣して上陸し、散々土地を荒らし回った挙句、地雷原という置き土産まで残していった――と)
『はぁ………』
俺は頭を抱えたくなった。本当に、このギャルエルフのやることときたら……エレノアが怒りを露わにする気持ちもよく分かる。そりゃ、裏切り者やら犯罪者やら言われても仕方がないだろうな。――ほら見ろ、ラビも大いにあきれて声も出せずにいるじゃないか。
ラビも目を半開きにして、ジトッと睨むような目線をニーナに送り続けている。テーブルに着く周りの皆からそんな目線で見られている中、ニーナは拳をこつんと頭に当てて、「てへペロッ!」とおどけてみせる。くっそ……このギャルエルフ、どうしてやろうか……
「とにかく! 明日はどんなに嫌がろうとアンタを評議会へ連れて行くから。そこで里長に会って、アンタが犯した罪をせいぜい反省することね!」
「うえぇ〜っ、ママまでそれ言うのー? ねぇラビっちも何か言ってよ〜」
「……里長のところに行って謝るしかないと思います。ニーナさんの勝手な行動が、ウッドロットに住むエルフの皆さんに迷惑かけているのは、本当のことですから」
ラビにまで反省を促され、味方を失ってしまったニーナは、脱力するように椅子にだらりと腰掛けて宙を仰ぐのだった。