第124話 アルハ一家との交流
それから、ポーラがクロムと一緒に他の子どもたちと遊んでいる中、ラビとニーナは家のキッチンで、エレノアの夕飯を作る手伝いをしていた。ニーナは嫌々手伝っているようだったが、ラビは、自分にとっての理想の女性像と合致するエレノアの隣で手伝いをできることがとても嬉しいようで、キラキラ目を輝かせながら野菜を切ったりお鍋の守りをしたりしていた。
そうして夕飯が出来上がると、外から返ってきたポーラとクロムが、子どもたちと共にテーブルセッティングを行っていた。ポーラ主導のもとで行ったらしく、食器やカラトリーの並べ方、グラスやナプキンの置き位置など、まるで高級レストラン並みに綺麗に整えられていた。これにはエレノアも目を丸くして「海賊がここまで行儀作法を弁えてるなんて、驚いたね」と感心してしまっていた。ポーラは元々レウィナス家の専属メイドだから、こういうテーブルマナーに関することは彼女の十八番なのだろう。
そうして食事も取り分けられ、子どもたちもそろってテーブルを囲み、大団円が出来上がる。ポーラやクロムの分まで席と食事が用意されていて、二人も彼らの輪の中に加わった。
一つの部屋に、ラビとエレノア、ニーナ、クロムにポーラ、そしてエルフの子どもたち。合わせて十八人も集った食卓が静かなはずもなく、元気な子どもたちは食事中もお喋りが絶えなくて、騒がしくも楽し気な団らん風景が広がっていた。
「ラビちゃんはどこから来たの?」
そんな中、一人の少女がラビに向かって尋ねた。するとそれを皮切りにして、好奇心旺盛な子どもたちが次から次へと質問を飛ばしてくる。どうやら子どもたちはみんな、ラビのような自分たちと同い年くらいの子が海賊になれたのかを知りたいようだ。
するとラビは、自分がここへやって来るまでの経緯を、詳細にわたって子どもたちに語り聞かせた。もちろん俺の存在のことは伏せていてくれたが、それ以外の事実――ラビが元ロシュール王国六大貴族の一つであるレウィナス公爵家の令嬢であったこと。そのレウィナス公爵の支配していた土地は別の貴族の陰謀によって奪われ、両親も殺されて自分は奴隷にされてしまったこと。海賊になってからも王国に狙われ続けていて、今は全国指名手配されている身であること。
それら全ての経緯を、洗いざらい彼らの前で話してしまったのである。
元レウィナス公爵家の令嬢であったと聞かされ、テーブルを囲っていた子どもたちは皆呆然としてラビの話に聞き入っていた。あまりに聞き入りすぎて食べることも忘れ、持っていたフォークを皿の上に落とす子までいたくらいだ。
「……じゃあ、ラビちゃんは王国のお姫様だったってこと?」
エルフの子の一人がそう言った。
「そう。私はレウィナス公爵家の娘で、公爵領の領主、シェイムズ・T・レウィナス公爵が私の父親なの」
唖然とする子どもたち。その様子を見て、一緒に食事していたポーラが、険しい表情で顔を俯けた。
少し重い空気になってしまった中、それまで黙って彼女の話を聞いていたエレノアが、口を開く。
「……初めてアンタの名前を聞いたときから薄々《うすうす》気付いてはいたけれど、やっぱりその通りだったわね。アンタが王国のいざこざに巻き込まれて、最終的にここへ来た経緯までは分かったわ。……ただ一つ知りたいのは――」
エレノアはラビに鋭い光を宿した赤い瞳を向ける。
「ニーナから聞いて知ってるだろうけれど、アンタたちが明日会うことになるウッドロット里長のロムルスは、ロシュール国王に贔屓している頑固ジジイだよ。リーダーが親王国派となれば、当然この里の住人も皆、王国側を指示しない者はいない。
そんな中で、アンタは自分が王国に狙われていることや、自分たちが指名手配されていることまで打ち明けてしまった。もしこの話を聞いていた誰かが、アンタがここに居ることを国王に密告すればどうなるかしらね?」
ぴくっ、とラビの肩が震える。
「王国の連中は、アンタを捕まえようとここに押し寄せて来るだろうね。……そんなリスクがあると知りながら、どうして私たちに事実を話したのかしら?」
なんとエレノアは、ウッドロットへ訪問する前から俺たちの抱いていた懸念を、あっという間に見抜いてしまったのである。この幼女、見た目は幼いながら、頭もかなりキレるようだ。見た目はチャラいくせに悪知恵が働くニーナと共通するのも、親譲りなところがあるからだろうか?
(さて、この質問に対して、ラビはどう答える?――)
俺は緊張な面持ちで二人の会話に聞き入る。
しかしラビは、真っ直ぐな瞳をエレノアに向けたまま、冷静な態度でこう答えた。
「エルフたちの前で嘘を吐きたくないと思ったからです。私の過去を隠すために嘘を吐いてしまったら、きっとあなたたちと良好な関係を気付けない。だから、嘘は無しで本音で向き合おうと、ここへ来る前から決めていました。……それに――」
ラビはそこで一度言葉を切り、それから優しく微笑んでみせる。
「あなたみたいな良い人を前に、嘘なんて付けませんから」
「―――っ!」
そう言われたエレノアは、不意打ちを食らったように目を丸くして驚く。しかしやがて、彼女は首を横に振って、深くため息を吐いた。
「………ふん、まったく……アンタって子は本当に素直過ぎるわね。もしこのことを王国に密告するエルフが一人でもいれば、アンタの命はたちまち危うくなるってのに」
あきれたように頭を抱えるエレノア。しかし、嘘偽りのない純粋なラビの言葉が彼女の心にも響いたのか、エレノアは少し照れ隠しのように顔を俯けながら、言葉を続けた。
「でっ……でも、別にその正直な向き合い方が間違ってるなんて言うつもりは無いわ。勘違いしないでよね!」
そう言ってプイとそっぽを向くエレノア。――なるほど、これが褐色エルフ幼女による生ツンデレか! いやはや眼福眼福……
と、オタク心丸出しで萌えを感じていた最中、部屋の奥にある扉が、トントンと突然ノックされた。
(! まさか、王国側の刺客か⁉)
さっきまでの会話の内容もあって、思わず身構えてしまう俺。ゆっくりと扉が開き、中から現れたのは――
「エレノア〜、やっと仕事終わったよー」
丸メガネをかけ、裾の長い白衣を着た、痩せこけたダークエルフの男が一人、ボサボサな茶髪を掻きむしりながら部屋に入ってきた。
「……って、おや? きょ、今日はお客さんも一緒なのかい? 賑やかだねぇ。わ、私も混ぜてほしいな」
そう言いながら団らんの中に入ってきた男は、席に着くメンバーの中にニーナの姿を見つけ、驚きの声を上げた。
「おや、ニーナ! 帰って来ていたのか。それなら私にも一言挨拶してほしかったなぁ」
そう言って残念そうな表情を見せるエルフの男を前に、子どもたちが口々に声を上げた。
「あ、パパ! おかえり!」
「お仕事お疲れ様!」
「ねぇパパ! 今日はね、王国のお姫様がお客さんに来てるんだよ!」
(……パパ? ってことはこの男、エレノアの夫か⁉)
つまりは、ニーナの父親⁉
俺と同じく驚いた表情を見せているラビの前で、そのエルフの男は気恥ずかしそうに頭を掻きながら、自己紹介する。
「あ、どうも。エレノアの夫のラディク・アルハです。よよ、よろしく……」
――こうして大団円の中、ニーナたちアルハ一家が全員一つの部屋に顔をそろえたのだった。