第122話 幼女(ロリ)なママと元気いっぱいな子どもたち
俺たちはエレノアの乗るドラゴンに誘導され、大樹ユグドラシルの太い幹に沿って螺旋を描くようにして上昇していった。
幹には縦に何本ものレールが設置されていて、そのレールの上をコンテナのような車輪の付いた四角い箱が、ワイヤーに吊られて上へ下へ登ったり降りたりしている。
「ニーナさん、あれは何ですか?」
「あれはユグドラシルにあるウッドロットと地上とを結ぶケーブルカー。あれを使って食料や水、建築資材なんかを里に運んでるの。私たちが里と地上とを行き来するのに使うのは主にドラゴンだけど、重い物資や資材はああやってケーブルカーを使って運んでいるんだよね」
ニーナがそう説明する。確かに、このウッドロットで主な交通手段となるクリーパードラゴンはすばやく機動力がある一方で、小柄であるため人は乗せられても重い荷物の運搬などには向かなそうだ。
さらに上昇していくと、ケーブルカーを動かすための巨大な滑車を備えた巻き上げ装置が幹に張り付くようにして設置されていた。蒸気機関によって動いているらしく、しきりに蒸気を吐きながらせっせとワイヤーを巻き上げ、レールに乗った巨大な籠を引き上げてゆく。
ユグドラシルが枝分かれを始める中間地点までやって来ると、そこはもうエルフたちのテリトリーとなり、見たことのないエルフの里の光景が広がっていた。
四方に伸びた枝の各所に土台が設置され、その上に木造の家が転々と建ち並んでいる。枝の上には木の板で舗装された遊歩道が伸びていて、枝から枝へは吊り橋がかけられ、上下への移動用に、滑車付きのロープに重りと籠を結んだ簡易的な昇降機も置かれていた。
あちこちから聞こえてくるエルフたちの談話に、刃物を研いだり木槌や金槌を叩いたりする生活音が混じり、喧騒とまでは言わないが、その様子は活気にあふれた里山にある集落、みたいな感じだった。渡された吊り橋の上では、矢筒と槍をかついだエルフの狩人たちが列を成して進み、昇降機のあるところでは、親にロープを引かれ、小さな子どもたちが籠に乗って上へ上へと運ばれてゆく。
『……すごいな、これがエルフの隠れ里か。まさに秘境って感じだ』
「木の上にあんなたくさんの家があるなんて、初めて見ました。……でも、高い場所にあって皆さん怖くないのでしょうか?」
ラビがニーナに尋ねると、ニーナはあきれたように言う。
「私たちエルフの大概は生まれも育ちもこの木の上なんだよ。どれだけ高い場所にあろうと、もうみんな慣れちゃってるって。まだ小さな子どもたちでさえ、平気で枝の上を駆け回ったりしてるんだよ。ほら――」
ニーナが指差した先では、ユグドラシルの枝の上を、軽々と走ったり飛び跳ねたりして追いかけっこしているエルフの子どもたちがいた。足を滑らせれば、数百メートルも離れた地面へ真っ逆さまだというのに、平気な顔して遊んでいる姿は、俺たちから見てとても不思議な感覚だった。やがて、彼らはエレノアに率いられ空を飛んでゆく竜騎士一団を見つけると、こちらに向かって大きく手を振った。それに応えるように、ラビとニーナも手を振り返す。
やがて先頭を進んでいたエレノアの乗るドラゴンが、枝上にある一軒家の前に着地した。どうやらここが、アルハ一家の住む家のようだ。家の前には板張りの土台が設置されていて、ドラゴンが五、六匹は着地できるスペースがあった。
ニーナのドラゴンが着地すると、家の扉が開いて、賑やかな声と共に、たくさんのダークエルフの子どもたちが飛び出してきた。五歳〜十歳くらいの彼らは、髪色も違えば肌の色も違う子たちばかりだ。
「ママが帰ってきた!」
「ママお帰りなさ〜い!」
「あ、お客さん連れて来たの? 紹介してよママ〜!」
皆、口々にエレノアのことをママと呼んで騒いでいる。まさか、こいつらもあの幼女エルフの子どもたちなのか?
「あの子たちは私の養子よ。皆、小さいときに親を亡くすか、親に捨てられた子ばかり。そんな一人ぼっちの子どもを、アタシが引き取ってるの。あの年齢で親無しじゃ、あんまりにも可哀そうだからね」
そう言って、エレノアは乗ってきたドラゴンから降りると、両腕を腰に当て、走ってくる子たちに向かって叫んだ。
「こらアンタたち! お客の前ではしゃぐんじゃないわよ! そこに背の順で一列に並びなさい!」
母親から命令された子どもたちは、慌ててラビの前で横一列に背の順で並んだ。男の子六人、女の子七人の全部で十三人。これだけの子どもたちを、女手一つで育ててるのか……すごい母親だな。
思わず感心してしまう俺を他所に、子どもたちが整列する前で、エレノアはラビを紹介する。
「この子がラビリスタ。今夜ここに泊まってくお客さんね。『ラビ』と呼んでおやり。……で、向こうにいるのが、アンタたちも知ってるうちのバカ娘の――って、おいニーナ! なに隠れてんのよ!」
横になって休んでいるクリーパードラゴンの影に隠れるようにして、ニーナが嫌々そうに顔を出す。それを見た子どもたちは、「ニーナ姉だ!」と叫んで、彼女の元へ走った。
「ニーナ姉! 元気にしてた?」
「ニーナ姉! 海賊やってきたんでしょ? 船をいくつ沈めたの?」
「ぶんどったお宝、僕らにも分けてくれよ~!」
ニーナの周りを取り囲んで騒ぐ子どもたちを前に、困った顔をして頭を抱えるニーナ。
「えーっと……とりま、みんな元気そうで良かったよ……あぁもう、お土産なら後で渡すから待って――ってちょ、スカート引っ張らないでよ! ちゃんと全員分用意してるから! ね⁉︎」
どうやら子どもたちの扱いに慣れていないようで、周りから大の人気者ではあるものの、幼い子たちを相手にかなり苦戦を強いられているようだった。
「ほらアンタたち! 遊んでないでさっさと家に入りな。こっちは夕飯の支度もあって忙しいんだ。余計に手を焼かせるんじゃないよ。ラミア! レトを連れて井戸から水を汲んで来て。 マーリ! 野菜切るのを手伝いなさい。 ルーモア! 他の子を連れて行って面倒見てあげて。ニーナ! アンタはお客さんをお部屋まで案内しな。部屋の場所は分かるでしょ」
エレノアは子どもたち一人ひとりの名を呼んで指示を飛ばすと、家の方へ向かって歩き出す。ラビも後に続こうとしてふと横を見ると、子どもたちの中で一番小さな女の子が、隣でラビの蒼い髪を小さな手でいじりながら、ポカンとした表情でこちらを見ていた。「どうしたの?」とラビが尋ねると、彼女はラビをじーっと見つめて、答える。
「………お姉ちゃんの髪と目、空の色みたい」
少女の素直な言葉を聞いたラビは、思わずはにかむ。
「ふふっ、みんなからもよくそう言われるわ」
「……でも、少し寂しそうな目、してる」
「えっ?」
少女の言葉に、ラビは少しドキッとする。少女はえへへ、と笑いながら言葉を続ける。
「……私も、よくそう言われるの」
「えっ、それってどういう――」
ラビはそこまで言いかけて、ふと何かに気付いたように口をつぐんだ。……多分、この子たちも自分と同じで両親を失っている孤児であることを思い出したのだろう。身寄りのない少女の目には、境遇を同じくするラビに、何か通じ合うものを直感的に感じ取ったのかもしれない。
ラビは少し表情を硬くしていたが、すぐにまた柔和な笑みを浮かべて、少女の手をつないでやる。
「ほら、ママのところに一緒に行きましょ」
「………うん」
ラビは少女を連れて、家まで連れて行った。
○
「――あ、そういえばニーナ、アンタたちの船はどこに置いてるの?」
家に入る直前、エレノアはふと気付いたようにニーナにそう問いかけた。
「えっ? フツーに空の上で待機させてるけど……」
「その船には他のエルフたちもいるんじゃないの? みんな船で待たせてるのかい?」
「いや、だってあいつらの中でクリーパーちゃん操れるのは私だけだし……」
そう言い訳するニーナに、エレノアは大きなため息を一つして、それから大声で自ら率いてきたウッドロット防空騎士団の一人を呼び付けた。
「今すぐ全員で空の上に待機してるニーナたちの船のところへ行って、船にいるエルフたちをここへ連れて来なさい。故郷へ帰らずにただ上から眺めているだけなんて、気の毒な話じゃない」
そう言って、エレノアは防空騎士団のドラゴンたちを全員俺の船へと向かわせたのだった。