第118話 他の船が近寄らない理由
ニーナが突然船を止めるよう叫んだせいで俺は急停止し、甲板の上にいた乗組員たちは勢い余って全員ひっくり返ってしまう。
「イタタ……ど、どうして止めたんですか、ニーナさん?」
止まった拍子に転んでしまったラビが、お尻をさすりながらニーナに問いかける。
「この先は船じゃ行けないから、ドラゴンに乗り換える必要があるの」
「乗り換える? どうしてですか?」
「ほれ、島の周りよく見てみなよ。ここからじゃ見えにくいけど、小さな粒々《つぶつぶ》したものがあちこちにいっぱい浮かんでるでしょ?」
「ええ、確かに細かい塵みたいなのが漂ってますけど、あれって何なんですか?」
ラビがそう尋ねると、ニーナは驚きの答えを口にした。
「――あれ、全部機雷原なの」
「えっ?」
『はぁ⁉ マインって……あの周辺に浮いてる塵みたいなヤツが全部爆弾なのか?』
「そ。魔導触発作動式の浮遊機雷が約数千個、ウッドロットの全空域を囲うように等間隔で仕掛けられてる。触れたら即ドカンだよ」
俺はもう一度、島のある方角を見てみる。
ウッドロットの周囲に見えていた細かい塵は、よく見ると球状をした何かがあつまってできたもので、半径数十キロにかけて等間隔に配置されたその物体は、どうやら気球のようだった。しかも気球の下には四角い箱が吊り下げられていて、ニーナの説明によれば、その四角い箱が爆弾で、気球から四方に伸びたアンテナ状の突起物に少しでも触れると、爆弾が作動して大爆発を起こすらしい。
『いやいや、島全体が罠になってるとか、マジで危険過ぎるだろ! なんてところに島があるんだよ! 行く前にニーナが「王国の船も迂闊には近寄れない場所にある」とか言っていたけど、近寄れないのはこれが理由か!』
「ビンゴ~! こんなデカい船があの機雷原を突っ切っていくのはまず無理。だから島に入るには、小型のドラゴンに乗って侵入するしか方法がないってワケ」
『どこか船一隻通れるような抜け道も無いのか?』
「あの包囲網は完全で、どこもあんな感じでびっしり機雷で埋め尽くされてるんだよ? 抜け道なんてある訳ないじゃん」
「バカじゃないの」とでも言いたげな目で睨んでくるニーナ。……確かに、あんな狭い感覚で配置されては、俺自身が操縦してもぶつけてしまいそうだ。機雷が置かれている間隔はおよそ十~二十メートルくらいだろうか。それなら、ニーナの持っているクリーパードラゴンくらいの大きさであれば難なく間を抜けていくことができるだろう。
『それにしても、いくら余所者を嫌っているとはいえ、自分たちのテリトリーの周りに機雷原まで設置するなんて、少しやり過ぎなんじゃないか?』
俺がそう尋ねると、ニーナは首を横に振って答えた。
「あれを仕掛けたのは私たちエルフじゃないよ」
『は? じゃあ誰があの機雷原を?』
俺が問い詰めると、ニーナはあの機雷原が置かれた経緯を話し始めた。
「三大陸間戦争がまだ真っ盛りだった数年前、ウッドロットへ最初に侵攻してきた王国軍の連中が、エルフの魔法技術を自分たちだけで独占するために、ああやって周辺に機雷をバラまいたの。そうしておけば、他国の艦隊が侵略しようと近付いて来ることもないし、エルフの魔法技術が他国の手に渡ることもない。――その当時、機雷原を設置した王国軍は『エルフの里ウッドロットを他国の侵略から守るため』とか偉そうにほざいて機雷設置を正当化していたけど、結局は自分たちがエルフの技術を独り占めするための口実でしかなかったってワケ」
……なるほど、あの機雷原を仕掛けたのは、またしても王国の仕業だったらしい。ラビの父親であるレウィナス公爵を殺害して土地を奪っただけでなく、兵器作成の材料としてグレンたち黒炎竜を捕まえたり、女子どもを奴隷として売り払ったり、エルフの住処に許可もなく危険な罠を仕掛けたり――本当にやりたい放題やってくれるな、王国側のヤツらは……
俺が悶々《もんもん》とした気持ちを抱く中、ニーナが説明を続ける。
「そして戦後、王国軍はエルフの里を自分達の配下に置こうと、エルフ側に不利な条約を一方的に押し付けて、本国へ引き上げていった。もちろん、機雷は撤去されずに全て放置されたまま。だから軍がいなくなってからも、ああやって機雷原だけはずっと機能し続けているの。おかげでエルフたちは島から出ることもできずに、実質幽閉状態。おまけに外から船を呼ぶこともないから、島の中で自給自足の生活を余儀なくされてるってワケ」
『そりゃあ、王国もとんだ置き土産をくれたもんだな』
「ホントそれな。あいつらのやること頭おかしくね? ふざけてるよマジで」
ニーナも相当お怒りの様子。自分たちの故郷でもある島を勝手に荒らすだけ荒らして帰られたんじゃ、怒りを覚えるのも無理はない。
「でも、それならお前達エルフの皆で撤去すればいいじゃないか。あれだけの数を処理するのはかなり大変そうだが、それでも包囲網を一点を解いて外からも船が通れるようにしてやれば――」
そう俺が提案してみるが、ニーナは「それもできないからメンドーなんだよ」と苛立ちを露わにする。
「さっきも言ったでしょ? 『エルフ側に不利な条約を一方的に押し付けた』って。その条約の一つに、あの機雷原を撤去するなって項目があるの。もし勝手に撤去した場合は、王国側は条約違反とみなして島に軍を派遣するって。おかげで里長のエルフたちはみんな王国の制裁にビビって機雷原に手も出せない。王国は、技術力のあるウッドロットのエルフたちを島の中に封じ込めて、籠の鳥扱いしたがってるのね』
ニーナの言葉に、「ひどい……」と思わず言葉を漏らしてしまうラビ。
『だが、あの機雷は魔力を使って空に浮かんでいる訳だろ? それなら、いつかは魔力が切れて落ちていくんじゃ?』
次にそう質問すると、またしてもニーナは首を横に振った。
「あの機雷の原理は魔導船と同じ。つまりは爆薬を吊ってる気球の中に小さなフラジウム結晶が仕込まれているの。確かに蓄積魔力は有限だけど、ユグドラシルの生成する魔素を常に吸い上げて磁力に変換してるから、実質半永久的に機能することができる。それに、全ての機雷に”魔力追跡”の呪文が掛けられてるから、島が軌道を周回するのに合わせて、機雷原も同じく付いて回る。だから、いつまでもウッドロットの周りは機雷に囲まれているワケ。まるで食べ物にたかるハエみたいにね」
『それはまた厄介な代物だな……』
俺は打つ手なしと言わんばかりにため息を吐いた。爆破撤去は不可能、回避も不可能、自然に落ちてゆくのを待つのも不可能……これではもうお手上げだった。