第117話 エルフの文明を育む大樹
俺たちはニーナによる道案内のもと、王都のあるライナス大大陸を離れ、エルフの隠れ里「ウッドロット」へ向かっていた。
ラビを含め、ラビリスタ海賊団の全員が王国中で指名手配されていることもあって、俺は航行中の他の船に見つからないよう、慎重に進路を取っていた。なにしろ、今ラビの首には百万ぺリアの懸賞金が懸けられているのである。金欲しさのあまり俺たちを襲ってくる輩もいないとは限らない。見つかる度に襲われていたのでは、こちらとしてもたまったものじゃない。安息の地を得るためにも、一刻も早くエルフの隠れ里へ向かう必要があった。
しかし、ニーナが道案内してくれているとはいえ、ウッドロットがどの辺りに位置しているのか知りたかった俺は、ラビに頼んで図書室から空図を持って来させ、ウッドロットのある位置を確認しようとした。のだが……
『うーん……駄目だ、見つからないな。どれがウッドロットなんだ?』
「こっちの空図にも載ってないみたいですよ、師匠」
俺はラビと一緒に、船長室のテーブルや床まで一杯に空図を広げて、ウッドロットの場所を探してみたのだが、どこを探してもそれらしき島を見つけられない。
そこへ、ちょうどニーナが船長室へ入って来たので、彼女に島の位置を尋ねてみると――
「はぁ? ウッドロットが空図になんか載ってるワケないじゃん。あの島は他の大陸と違って、王都のあるライナス大大陸の周りを円軌道を描いて回っているの」
『周回してる? ってことは、島のある場所を正確に特定することはできないのか?』
俺がそう尋ねると、ニーナはこくりと頷く。
「そ。常に位置が変化しているせいで、空図にも島の周回軌道が記されているだけで、誰も島の正確な位置までは分からないんだよね〜」
『じゃあその島へ行くには、軌道上を進んでかち合う所まで行かないと見つけられないってことか?』
そう俺が尋ねると、「ちっちっ」とニーナは指を振って答える。
「と思うじゃん? ところが、島への道標は意外なところにあったりするんだよ。例えば――」
そう言って、ニーナは船長室を出ると、後甲板の左舷バルコニーまで走り、そこから蒼い空の一点を指差した。
「ほら、あそこ!」
彼女が指差す先には、緑の体色が特徴的なエイペックス級ドラゴンが三匹、編隊を組んで飛んでいて、ちょうど俺の横を通り過ぎてゆくところだった。
『あれって、確かニーナが持ってたドラゴンだったよな?』
「そ! クリーパードラゴンはウッドロットにしか生息しないんだけど、餌を探すためによく他の大陸に遠出していたりするんだよね。だからアイツらの後を追えば、必然的に島まで案内してくれるってワケ」
なるほど。空図も羅針盤も使わず、ドラゴンの習性を利用して行き先を決める。賢いやり方だ。よく見ると、先頭を行くクリーパードラゴンの一匹は、捕った獲物を口に咥えたまま飛んでいた。
『よしラビ、進路変更だ。あのドラゴンの後を追いかけよう』
「はい師匠!」
ラビが操舵手に命じて進路変更させ、俺たちはクリーパードラゴンの後を追いかけた。
すると、「あ、先に断っておくけど――」とニーナが思い出したように言葉を付け足す。
「里からの歓迎とか、あんま期待しない方がいいよ~。私たちエルフは他種族の来訪をあまり好まないし、ウッドロットの里長は、どちらかと言えば親王国派だからね」
『えっ、そうなのか?』
「そうだよ。あれ、言ってなかったっけ?」
いや、全く初耳なんだが……
「まぁでも、里長は王国に密告したりとか、そんなことできるほど度胸あるヤツじゃないから、何だかんだ言いつつ匿ってくれるとは思うけどね~」
そう適当に答えるニーナ。いやいや、大丈夫なのかよ? 里長が親国王派閥であるという時点で、もはやそいつが俺たちを裏切る未来しか見えないのだが……
〇
――それから、航海を続けること三日。クリーパードラゴンの群れを追いかけていくうち、ウッドロットらしき小さな島影が、蒼い空の彼方に見え始めた。
海賊団のエルフたちは、久々に自分たちの故郷を一目見ようと、全員が前甲板へ集まった。最初は小さくて分からなかった島の外観も、近付くにつれてその細部が明らかになってゆく。
『あれが、エルフの隠れ里、ウッドロットか……』
「そ。エルフとダークエルフ、全てのエルフたちが、故郷と呼ぶ場所――」
その島は小大陸ほどの大きさがあり、島全体が緑に包まれた自然豊かな所だった。
しかし、そんなことよりも驚いたのは、島の中央に一本の巨大な大樹がそびえていたことだ。あんな巨大な木はこの異世界でも見たことがない。伸びた枝木が島全体を覆い尽くしており、街一つをすっぽり木陰で覆ってしまうほどの大きさだ。島の下部分からも伸びた根が垂れ下がっており、まるで島全体がその大樹の土台となっているようにも見える。
『ニーナ、あの巨大な木は何なんだ?』
「”ユグドラシル”。この世界が誕生したときから生き続けていると言われる長寿の大木。あの木があるおかげで、ウッドロットだけでなく、この世界全体に絶えず魔素を供給してくれているの」
ニーナの話によれば、大気中に飛散する魔素は、主に植物が太陽の光を受けることで生み出すことができるらしく、特にこのユグドラシルは魔素の放出量が世界一なのだそうだ。エルフたちはこの木の恩恵を受け、常に魔素に恵まれた土地に暮らしているおかげで、魔法技術が他の国や人種と比べ飛躍的に発展したという。
「あの『神隠しランプ』も、エルフの技術によって作られたマジックアイテムなんだ。エルフは昔からユグドラシルの下で、絶えることのない豊富な魔力を使ってたくさんのマジックアイテムを生み出し続けていたの。スゴいっしょ?」
そう言って、少し誇らしげな顔をしてみせるニーナ。つまりはあの木が、エルフたちの文明を発展させた源であり、ウッドロットを支える大きな柱の役割を果たしているという訳か……
感心しながらウッドロットを眺めていると、俺はふと不思議なことに気が付く。
『………あれ? 何だかウッドロットの周りに細かい塵みたいなのが漂っているように見えるんだが、気のせいか?』
「えっ?」
俺の言葉にラビも首を傾げて、望遠鏡を覗いて確認する。
「そういえば、確かに何か小さいものがたくさんウッドロットの周りに浮いてますね――」
ラビがそこまで言ったとき、ニーナが唐突に声を上げた。
「はい、ここでストップ!」