第108話 消えた黒幕の行方を追って(※前半まで◆)
白煙と土煙が舞い上がる中、崩壊するサラザリア城を背後に、デスライクード号の船尾楼甲板上では、艦長であるヴィクターが、崩れゆく城へ望遠鏡を向けていた。
「……おやおや、ラビリスタ含め、彼女の竜も船も生き残ったか。これは興味深い。まぁ、シェイムズの娘たるもの、そう簡単に死んでしまうような雑魚でもあるまい。……それに、救援に来たあの船、我が艦の一斉射撃を受けてもなお浮かんでいられるとは、かなりの改造を施してあるようだね」
そう言ってヴィクターはほくそ笑み、望遠鏡を畳む。
「艦長、如何なさいますか? 再度旋回して再び砲撃し、奴らを撃沈させることも可能ですが……」
副官の男がそう進言するが、ヴィクターは首を横に張って答えた。
「いや、今日のところはこれで引き上げよう。彼らにはまだまだ見せたいものが残っているからね」
「はっ。……それと、死亡したタイレル侯爵について、ライルランド大公閣下にはどのように報告を?」
副官がそう尋ねると、ヴィクターは「ふん」と鼻を鳴らし、嘲た態度で言う。
「あのような低能で情けない男が侯爵であること自体、間違っていたのだよ。確か、侯爵にはまだ世継ぎが居なかったはずだ。統治者の居なくなったタイレル侯爵領の座は、貪欲なライルランドにくれてやるのが得策だろう。タイレル侯爵は、ラビリスタ率いる海賊共に捕まって無惨に処刑された、とでも伝えておくとしよう。そうなれば、国王はすぐさまラビリスタやニーナ含めた海賊一味を指名手配し、奴らはより動き辛くなるだろうからねぇ。くっくっくっ……」
それから彼は、羽織っている軍服上着の胸ポケットから、小さなガラスのカプセルを取り出す。そのカプセルはマジックアイテム「能力保存筒」で、カプセルの中では、蒼い光を放つ小さな粒子が、まるで生き物のように蠢いていた。
「――それに、ラビリスタから奪ったこの力のおかげで、残る計画『無敵艦隊』計画も、予定より早く完遂を迎えることができそうだ。そうとなれば、おちおちしては居られまい」
「はっ、直ちに転移航行に移り、王都アステベルへ帰還いたします!」
副官は艦長であるヴィクターに敬礼すると、「転移航行準備! 術式展開!」と声を上げた。
途端に、彼らの乗るデスライクード号は、魔術によって生み出された光に包まれ、一瞬のうちにその場から消えてしまったのだった。
〇
『鎧の船が、消えた………』
俺は、先ほどまでデスライクード号の飛んでいた空を見て、思わず声を上げた。今はもうあの黒船の姿はどこにも無く、残されいるのはクルーエル・ラビ号である俺と、砲撃により完全に崩壊したサラザリア城の瓦礫の山だけだった。
『あんな巨大な船が、一瞬のうちに跡形も無く消えるなんて……何かの魔術の類か? ――ニーナ、どう思う?』
俺はもしかして知っているかもと思い、ニーナにそう尋ねてみるが、彼女も首を横に振る。
「私にもわっかんない。あんな一瞬にして消える魔術なんて、私たちの使っているマジックアイテム『神隠しランプ』でも、あんな風に一瞬で消えることなんてないし……」
ニーナも知らないとなると、やはり何か新しい魔術なのか?……
そう考えていると――
「あの船は、ポーラさんの持つ『転移魔術』を使ったんです」
飛んで戻ってきたグレンが俺の隣に着地し、彼の首に跨っていたラビが、板歩き甲板に降り立ちながらそう言った。
『転移魔術だと?』
「はい、ポーラさんからそう聞いたんです」
ラビがそう証言しているところへ、彼女と共に戻ったポーラがグレンから降り、更にこう付け加えた。
「奴らは、私の固有能力である転移魔術を奪い、新たなマジックアイテムを作り出したのです。そのマジックアイテムは、船一隻を丸ごと転移させるだけの力を秘めていて、何日もかかる航路を、僅か一瞬のうちに移動することが可能です。しかも奴らは、そのマジックアイテムを王国艦隊全ての艦に配備するつもりでいます。もし、そんなことになれば……」
『……転移魔術によって艦隊を一瞬で敵地へ送り込んだり、他国へ即座に奇襲攻撃を仕掛けることも容易になる……まさに神出鬼没の『無敵艦隊』が出来上がるって訳か』
ヴィクターが話していた「デスライクード」計画と「無敵艦隊」計画。この二つが完遂されれば、王国艦隊はまさに向かうところ敵無し状態となってしまう訳だ。
「三大陸間戦争の終戦以降、国王の権力は軒並み下がる一方。そして、諸侯の中で最も権力のあるライルランドが台頭してしまった今、奴に無敵艦隊が渡れば、戦後から今までどうにか均衡を保っていた世界情勢が崩壊する可能性も考えられます」
『……また戦争が起きてしまう、ってことか』
俺は考え込む。この異世界に転生させられた当初は、王国のことや世界情勢なんて知る由もなかったけれど、歴史の勉強をしたり、ラビと冒険を続けているうちに、少しずつではあるが、この世界のことも分かってきた。転生前の世界でも、色々と国同士のゴタゴタが絶えない不安定な世の中だったけれど、この異世界でも、情勢が不安定なのは同じであるらしい。……で、今はあわや戦争の危機にまで陥っている、という訳だ。
「――そんなこと、絶対にさせません」
しかし、我らが船長であるラビは、不穏な空気を吹き飛ばすように言い放つ。
「王国側にそのような陰謀があるのなら、放っておけません!」
「でもさ〜、相手は艦隊だよ? 私たちだけでどう立ち向かおうってワケ?」
「そ、それは……」
ニーナの問いかけに、言葉を詰まらせてしまうラビ。確かにニーナの言う通り、今の俺一隻だけでは、奴らには到底敵わないだろう。俺だって、一人で敵中へ突っ込んでボコボコにされるのは御免だ。
「でっ、でも私は、あの戦争を二度も繰り返してほしくなくて……私のお父様だって、誰もが平和で暮らせる世界にするため、これまで頑張ってきたというのに……」
ラビはそう言って俯き、着ているドレスの裾をギュッとつかんだ。今は亡き父親の意思を無駄にしたくない。そんな気持ちが手に取るように彼女から伝わってくる。
そんな中、ラビの隣に立っていたポーラが、こんな提案をする。
「お嬢様、一度王都へ足を運ばれては如何でしょうか? 王国で今何が起きているのか、国内の現状を知るためには、王国の中枢へ出向くのが一番最適かと。それに、今回の一件を報告するために、ライルランドが王国に出向く可能性もあります。警戒はかなり厳重かもしれませんが……」
ポーラの進言に、ラビは少し黙考した後、蒼い目を開き、板歩き甲板の中央に立ち、下の甲板にいる乗組員たちにも聞こえるよう、大きな声でこう宣言する。
「みんな聞いてっ! 私たちはこれより、ロシュール王国の王都アステベルへ向かいます。この国が戦争を引き起こすようなことは、断じてあってはなりません! この事件の黒幕を暴くため――そして、世界に再び平和を取り戻すために、私は戦います! 私と共に行きたい者は、手を高く空に掲げなさい!」
ラビは拳を空に掲げて、力の限りに叫ぶ。
一瞬の静寂が、甲板上を駆け抜け――
――次の瞬間、
「「「「「オ――――――――――ッ‼︎」」」」」
周りの乗組員たちから怒涛の歓声が上がり、蒼空に向かって、たくさんの拳が突き上げられた。
その様子を側で見ていたニーナは、乗組員たちの物凄い熱狂に肩をすくめて呆れながらも、その顔には笑顔が浮かんでいた。
「ま、どんな面倒事にも進んで足を突っ込んでくところが、ウチらの船長の強みだからねぇ。ここは一丁乗ってやるとするか〜!」
そう言って、ニーナも拳を大きく空に掲げたのだった。