第107話 現れた新型戦艦
『これでチェックメイトだな』
中庭に据えられた敵の毒ガス兵器を残らず潰し、タイレル侯爵を崖っぷちまで追い詰めた状況下で、俺はやれやれと一安心する。
サラザリア城内で、ラビの乗った黒炎竜グレンが毒ガス弾を前に悪戦苦闘している状況を見つけた時は焦ったが、ニーナの風魔術で毒ガスを吹き消すという、咄嗟に思い付いた戦法を実践したおかげで、どうにか形勢逆転することができた。
「きっ……きひゃまらにほうふくふるはほ、へっはいひほへはいほっ!!」
タイレル侯爵は、呂律の回らない声で何か訳の分からないことを叫んでいたが、多分、「俺たちの降伏勧告に応じるつもりはない」的なことを叫んでいるのだろう。もはや降伏するしか助かる方法は無いだろうというのに、頑固な奴だ。少しは自分の置かれている状況を弁えろ、このデブ侯爵が。
などと思っていると―――
ドドドドドドドドド……
突然、地響きのような音と共に地面が細かく震え始めた。
「こっ、この揺れは何なの!?」
ラビが驚いて声を上げる。地面の揺れによってビリビリ震える空気の振動を俺も感じ取り、異様な状況に警戒心を強めた。
一体何が起きたのかと思った、次の瞬間――
サラザリア城の裏手から、まるでクジラと思しき巨大な船影が姿を現した。空に浮かんだその船は、全長七十メートルを超えているだろうか? 俺の倍ほどもある大きさだ。黒い船体に三本マスト、帆桁には漆黒の帆布が風を受けて膨らんでおり、全身黒一色のカラーリングは、まるで影そのものが空中を移動しているようにも見えた。
突如として俺たちの前に現れたその黒船は、ゴゴゴゴと異音を発しながらこちらへ近付いて来る。船体をよく見ると、何やら黒光りする鉄板のようなものが隙間なく敷き詰められ、全身をびっしり覆い尽くされていた。
『あの装甲は……まさか、黒炎竜の鱗か!』
黒船の船体を覆っていたその外殻は、一枚一枚が全て、グレンたち黒炎竜の鱗を繋ぎ合わせて作られたものだった。全身を漆黒の鱗で覆われたその外見は、まさに「鎧を着た船」という例えが相応しいだろう。……なるほど、リドエステ中大陸で奴らが密かに黒炎竜を狩り、皮を剥いで回っていたのも、これが理由って訳か……
「なんて酷いことを………」
軍艦一隻の建造のため、数多くの黒炎竜を殺しては皮を剥ぐという王国側の悪逆非道さに、ラビも怒りのあまり唇を噛みしめた。
巨大な黒船は、城壁の手前側で停船し、左舷の横腹をこちらへ向けた。そして、船体を覆う鎧の一枚一枚が上へとスライドし、中から大砲の砲口が一斉に顔を出した。その砲門の数は、ざっと数えて七十はあるだろうか?
「ちょ……四層砲列の一等級戦列艦とか、マジぃ?」
ズラリと横に並ぶ無数の砲口を向けられ、俺含め、ニーナたち船上の乗組員たちも戦慄する。
攻撃準備を整えた黒船の甲板上に、一人の男の姿が見えた。金髪隻眼のその男は、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、俺たちを見下していた。
『……甲板に立ってるアイツ、いかにも悪党の親玉って感じがするな』
「それビンゴ。アイツが、私たちの潜入捜査を邪魔して、ラビっちを拐った張本人、『黒き一匹狼』こと、ヴィクター・トレボック。元海賊の出で、しかも私たち八選羅針会の元一員。でも、今じゃ王国の犬に成り下がってるイカれたヤク中の変態だよ」
『そりゃ、色々とヤバい肩書きのオンパレードじゃねぇか』
どうやら、レウィナス侵攻を起こしたライルランド男爵の下には、タイレル侯爵を始めとした共犯連中が他にもいるようだ。本当にこの王国にはロクな奴がいないな……
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【船名】デスライクード
【船種】戦列艦(3本マスト・砲列4層甲板)
【用途】軍艦 【乗員】999名
【武装】12ガロン砲…34門、18ガロン砲…32門 24ガロン砲…34門、32ガロン砲…32門 タイレル小臼砲…6門、タイレル中臼砲…2門
【総合火力】7230
【耐久力】8600/8600
【艦長】ヴィクター・トレボック
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俺はそのヴィクターとやらが乗る船を鑑定してみたが、ステータスがもはやレベチ過ぎて呆れてしまう。これはまともにやり合って勝てるような相手じゃない。
「ヴィクターさん……」
目の前に立ち塞がる一等級戦列艦を前に、眉をしかめて敵船長を睨み付けるラビ。ヴィクターと呼ばれる男は両腕を広げ、俺たちに向かって声を上げた。
「ラビリスタ・S・レウィナス。流石はシェイムズの娘というだけあって、やることが大胆だね。まさか、黒炎竜の生き残りを召喚指輪に入れて引き連れていたとは驚いたよ。一本取られた気分だ。どうやら君の仲間の船も加勢に来ているようだし、今回はここで退くとしよう……だが、せっかく王国最新鋭艦である『デスライクード』号を君たちにお披露目したというのに、ただ引き下がるだけでは華がない。最後に、我が艦の誇る最大火力を、君たちにプレゼントしてあげようじゃないか! そこに情けなく転がっている哀れな侯爵と共に、仲良く地獄へ堕ちるがいい!」
このヴィクターの言葉に、一番驚いたのはタイレル侯爵だった。
「きっ、きひゃまっ! わ、|わたひをうらひるふもりは《私を裏切るつもりか》っ‼︎」
「くっくっ……ありがとうございます、タイレル侯爵。あなたのおかげで『デスライクード』計画は見事に完遂し、こうして処女航海を迎えることができました。あなたのことは、私からしっかり国王に言伝しておきますよ。海賊共を相手に最後まで戦い抜き、雄々しき最期を迎えて散っていったとね!」
「は、はかっひゃなぁああああああああっ‼︎」
タイレル侯爵の憎しみに満ちた怒号が飛んだ刹那、デスライクード号に搭載された七十を超える砲門が、一斉に砲火を放った。
「みんな伏せてっ‼︎」
ニーナの声が飛ぶと同時に、彼らの頭上を砲弾がかすめた。
ドドドドドドドドッ‼︎
サラザリア城へ無数の砲弾が雨あられと降り注ぎ、城がまるで積み木のようにガラガラと音を立てて崩れてゆく。
崩落する瓦礫がすぐ頭上に迫る中、タイレル侯爵は逃げることも叶わず、ただその場で宙を仰いで悲鳴を上げることしかできなかった。
「ぎゃあああああああああああぁっ‼︎」
中庭は瞬く間に瓦礫に埋め尽くされ、侯爵の悲鳴はかき消された。
『ラビ! 走れっ!』
「は、はい師匠っ!」
ラビは慌ててグレンのもとへ駆け出す。崩壊して落ちてくる瓦礫の雨が、もうラビのすぐ背後まで迫っていた。
「お嬢様! この手を掴んで!」
グレンの背中に乗っていたポーラが、ラビに向かって手を伸ばす。ラビは差し出された彼女の手をしっかり握り締めると、一気に前へ飛び乗った。
「グレンちゃん!」
「うん、任せて」
グレンが勢いよく翼を地面に打って飛び上がると、降り注ぐ瓦礫の雨を華麗に回避。そのまま崩壊する城から間一髪で脱出し、辛うじて下敷きを免れたのだった。
「やった! さっすがラビっち〜!」
『まったくヒヤヒヤさせてくれるな! 無茶しやがって!』
手に汗握る思いで見守っていた俺は、無事に戻って来てくれたラビたちを見て、安堵の溜め息を漏らすのだった。