第106話 サラザリア攻城戦◆
ラビとポーラを乗せたグレンは、城の周りを大きく旋回し、敵の砲撃をかわしつつ、タイレル侯爵とヴィクターの姿を追っていた。
「お嬢様、城壁に砲台があります! 気を付けて!」
「ええ分かってる。――グレンちゃん!」
「うん……少し飛ばすけど、しっかり掴まっててね」
グレンは翼を大きく広げると、城壁目掛けて急降下する。そのまま一気にスピードを上げて城壁の上を突き抜けると、発生した衝撃波で、兵士たちが次々と吹き飛ばされていった。ラビは危うく振り落とされそうになりながらも、間一髪でグレンにしがみ付いて難を逃れる。
「お嬢様、あれを!」
ポーラの指差す先、城壁の内側にある広い中庭で、馬車に引かれて運ばれてきた十門もの大砲を、兵士たちが装填しにかかっていた。そして、その砲兵たちの指揮を執っていたのは――
「タイレル侯爵! 見つけたわ! グレンちゃん、中庭に向かって!」
ラビは侯爵の姿を見つけ、グレンを中庭へと降下させる。
「ええい、しつこい竜ですネェ! 砲撃の準備はまだ整わないのですかァ!?」
タイレル侯爵は、こちらへ向かって来るグレンを見て慌てふためきながら、砲兵たちに向かって怒鳴り付ける。
「閣下、全砲射撃準備完了いたしました!」
「ではさっさと撃つのですネェ!」
侯爵の合図で、周囲に備えられた大砲が一斉に火を噴いた。放たれた砲弾は、ラビたちの乗るグレンの手前で弾け、弾けた途端、空中に桃色の煙幕が広がった。
その鮮やかな色の煙幕を見たラビは、かつてリドエステ中大陸で王国要塞を襲撃した時の記憶が蘇り、咄嗟に声を上げる。
「グレンちゃん、あれは毒ガスよ! 回避して!」
「う、うん!」
グレンは辛うじて桃色の煙幕を避け、大きく急旋回した。あの煙幕は、吸い込むだけで黒炎竜すら痺れさせてしまうだけの威力を備えている毒ガスだった。以前リドエステの要塞を襲撃した際に同じ毒ガス弾を一度受けていたラビは、その煙幕を毒ガスだと見抜くことができたのである。
グレンは方向を変えて再び突進するが、すかさず次の毒ガス弾を放たれ、進行を妨害されてしまう。これでは近付こうにも近付けない。
「ホッホッホッ! 我がタイレル商会の開発した新兵器はいかがですかなァ? このまま貴様らをまとめてガスの餌食にして差し上げますヨォ!」
タイレル侯爵や彼の率いる砲兵たちは、皆顔にガスマスクを付けているせいで、多少のガスを受けても何ともないようだ。これでは、ラビたちの側が圧倒的に不利――
……そう、思っていた矢先――
「ラビっち~~~! 加勢しに来たよ~~~~っ‼」
突然どこからか声がしたと思った次の瞬間、一隻の船が、サラザリア城の城壁を乗り越えて、城内へ進入してきたのである。
「師匠っ! それにニーナさん!」
ニーナ海賊団の証であるエルフ耳の髑髏マーク海賊旗を翻したクルーエル・ラビ号が、舳先をこちらに向けて猛スピードで突っ込んで来た。船首から伸びるバウスプリット上にはニーナが立っており、自慢の弓を引いて一点に狙いを定めていた。
「必殺! ”旋風貫通矢”っ!」
ニーナの弓から風魔術を帯びた一矢が放たれ、放たれた矢から巨大な旋風が巻き起こり、周囲を覆っていた毒ガス煙幕を一瞬のうちに吹き消してしまった。
『今だラビ! ニーナが突破口を開いたぞ! そのまま突っ込め!』
「はい師匠っ!」
念話によって脳内に響く師匠の声にラビは答え、グレンを中庭へと突撃させた。
「なっ、何をしているのかネ! 早く攻撃せんかァ‼」
タイレル侯爵が砲兵に向かい声を上げるも、時すでに遅し。彼らが砲撃するより前に、グレンは中庭の上に降り立ち、翼を左右に広げて炎の吐息を浴びせかけた。設置された大砲は一瞬のうちに炎に飲まれて炎上、次々と大爆発を起こし、爆風でタイレル侯爵は軽く吹き飛ばされ、地面の上をボールのように跳ねて転がった。
「ぐぬぬぅっ………おのれぇ、低俗な竜の分際でェ! 皆まとめて毒ガスの餌食にしてくれる――」
泥にまみれた顔を上げたタイレル侯爵は、怒り心頭で反撃を指示しようと辺りを見回したが、自分の率いていた砲兵たちは、既に全員炎に巻かれて全滅してしまっていた。
するとそこへ、爆風によって飛ばされてきた弾薬の箱が、侯爵の倒れているすぐ横に転がり、中に詰められていた砲弾から毒ガスが漏れ出てきた。
「なっ! ここ、これはっ!……」
それを見たタイレル侯爵は、さっきの爆風で自分の付けていたガスマスクが外れていることに気付き、顔を真っ青にさせる。慌てて息を止めるも、漂うガスを吸い込んでしまい、全身が麻痺して動けなくなってゆく。
『………どうやら、ガスの餌食になったのはお前の方だったみたいだな』
突如脳内に響いてきた声に、侯爵はビクッと肩を震わせた。
「ひゃっ、ひゃれは!? ひゃれのほえはんは!?」
毒ガスのせいで舌まで麻痺してしまい、呂律の回っていない声で叫ぶタイレル侯爵。彼の視界を覆う毒ガス煙幕の向こうに、大きな二つの黒い影がぼんやりと浮かび上がった。
そして一陣の風が吹き、周囲に漂っていた毒ガスが吹き消されて視界が完全にクリアになった時、侯爵の前には、鎮座する一匹の竜と、上空に漂う一隻の船が居て、開いた全砲門をこちらに向けていた。甲板上には、ニーナ海賊団のエルフや白熊族のメイドたちが各々銃や剣を手に、侯爵の方を睨み付けている。
「ひっ! ひぃいいいぃっ!!」
タイレル侯爵は恐怖のあまりその場を逃げ出そうとするも、手足は言うことを聞かず、その場に尻もちを付いたまま動けない。
そんな中、グレンから降りたラビが、動けない侯爵の方へゆっくりと歩み寄り、声を大きくして言い放った。
「そこまでです、タイレル侯爵! 大人しく降伏して、この城の武装を解除してください!」