第105話 二人目の隷属者
時は遡ること二時間前……場所はウルツィアの港町にある探検家船舶組合管理下の乾ドックにて。
奴隷となったポーラを救うため、ラビとニーナが奴隷商船ゴールデン・スレイヴ号へ潜入捜査を開始したものの、予想外の事態にてんてこ舞いし、ラビとはぐれながらも、命からがら逃げ出してきた俺たち。
そうして無事に俺の本体(クルーエル・ラビ号)に戻ることはできたのだが、敵に潜伏場所がバレてしまい、大量の兵士たちに船を囲まれ、絶賛大ピンチ中だった。
「もう完全に囲まれちゃってるんですけど〜。おじさん早いとこなんとかしなきゃ、ガチでヤバいかもよ」
ニーナが周りに目を向けながら声を上げる。敵は既にドック内を包囲しており、奴らの手によって運ばれてきた無数の大砲が、俺の船体を至近距離から狙っていた。
『ちっくしょー! こうなりゃ応戦あるのみだ!』
しかし、俺がそう言い出すよりも先に、敵の備えていた大砲が一斉に火を吹いた。
ドドドドド‼︎ まるで雪崩のような轟音と共に白煙が舞い上がる。放たれた砲弾は船体を貫通し、船内を滅茶苦茶にかき回した。爆風で備えられた大砲はひっくり返り、上下の甲板を繋ぐ階段も吹き飛ばされ、床板もベリベリと音を立てて剥がれ飛んだ。マストを繋いでいた索具も破壊され、千切れたロープが鞭のように暴れ回る。
「船尾の舵板を打ち壊されたぞ!」
「ハリヤードが千切れた! 急いで予備のロープを持ってこい!」
「下砲列甲板、大砲三門大破! 負傷者多数!」
「最下甲板弾薬庫付近に命中弾! 煙が燻ってるぞ! 火が出る前に消すんだ、急げ!」
俺の中の各甲板で乗組員たちがてんてこ舞いしながら被害状況を叫んでいる。相手はどうやら、こちらが降伏しようがしまいが、端から俺たちを攻撃するつもりでいたらしい。クソがっ! これじゃ、こっちが何もしないうちに撃破されちまう! こういう時に使えるような便利なスキルとかないのかよ⁉︎
俺は自分のステータスを表示させ、手持ちのスキルを片っ端から確認していく。
『……ん? ちょっと待て』
と、そこで俺はふと、ユニークスキルである「乗船印」に目を留める。
【乗船印(U):自船の乗組員のみ使用可。使用することで相手の体に印を刻み、主人に隷属させることができる。また、この印を刻んだ相手の天職スキルをレベル保持した状態で解放させることができる。使用可能人数:2名】
(……なんか、一人増えてね?)
どうやら、経験値を貯めてレベルアップしているうちに、いつの間にか隷属できる枠がもう一人追加されていたらしい。全然気付かなかった……
『――となれば、まだ打つ手はあるか……』
俺はここで一つ、とある案を思い付く。上手くいくかどうか確証はないのだが、攻撃を受けている今、一刻の猶予もない。俺は覚悟を決めて早速実践に乗り出す。
『おいニーナ! そこを動くなよ!』
「はぁ? 四方から弾が飛んできて、動ける訳ないでしょうが!」
文句を言い放つニーナに向かって、俺はスキル「乗船印」を唱えた。相手に隷属させられる呪文なんて、かけられて嬉しい奴なんか居ないだろう。ニーナには悪いが、今は非常事態だ。ここは俺が助かるための駒になってもらおう!
ニーナの巨乳の上に、刺青のような模様が浮かび上がり、隷属の印が肌に刻まれる。
「ちょ、何コレ!? 擦っても消えないんだけど! どゆこと!?」
『ニーナ、悪い。ちょっとお前の天職スキルを使わせてもらうぞ!』
「はぁ? オジサンひょっとして私の体に何かしたの?」
『文句なら後で聞いてやるよ』
「オジサンキモ~~っ! マジサイテーなんだけどっ!」とニーナがガミガミ罵ってくる中、脳内にアナウンスが響く。
【スキル「治癒(大):Lv6」が解放されました】
よしきた! 俺はすかさず獲得したスキルを、自分に向かって唱えてみた。しかし、唱えたところで治癒が果たして俺のような無機物(船)にも効果があるのか? もし生き物にしか通用しないのなら、俺の思い付きは水の泡になってしまう。不安と疑問が脳裏を過る中、その答えは、スキルを使った途端に俺の船体に変化として現れ始めた。
砲弾を受けて船体に空いた穴が、見る見るうちに塞がってゆく。船内では、破壊された大砲が瞬く間に元の姿へと戻り、穴の開いた床も次々と新しい床板が張り渡され、ちぎれた索具のロープも、まるで植物の蔓のようにニョキニョキ伸びて繋がった。俺の船体に受けた損傷が、まるで巻き戻された映像のように元通りになってゆく。
【ユニークスキル「自動修復(U)」が解放されました】
成功だ! 俺は内心でガッツポーズを決めた。修復が可能であると分かれば、とっととここから逃げ出すに限る。
『おいニーナ、ボサッとしてないで発進準備を急がせろ!』
「言われなくとも分かってるっつーの! 総員展帆! 砲撃準備も併せて急げっ!」
ニーナの指示に、エルフや近衛メイド隊の少女たちは忙しなく甲板上を右往左往し始める。ニーナのスキルである治癒(大)のおかげで、船の損傷はほとんど修復できた。飛ぶなら今しかない!
「魔導機関始動! 上昇強速っ!」
ニーナの掛け声とともに、俺の船体はフワリと浮き上がる。地上に残された敵の砲撃部隊は、俺たちを逃がすまいと一斉砲撃するも、その時には既に射角限界まで上昇していて、相手の弾は一発も当たらなかった。
『ニーナ! 俺の合図で船体を左斜めに傾けろ! 次の合図で左舷砲列一斉射、今だっ!』
ニーナは舵輪を思いきりブン回し、船を左へ傾けた。左舷側の砲門が一斉に開き、地上に居る砲撃部隊とぴったり射線が合う。
『よし撃て!』
「撃てっ!」
ニーナの合図で、左舷に並んだ大砲が一斉に火を噴いた。敵部隊の頭上に砲弾の雨が降り注ぎ、敵兵は散り散りに、大砲も砲台ごと木っ端微塵に吹き飛び、大爆発を起こしてドック内は瞬く間に炎に包まれた。ザマぁ見やがれ雑魚共が! クルーエル・ラビ号に手出しをすればどうなるか、これで奴らも思い知っただろう。
「オッケー、追っ手は巻いた! で、次はどうすんの? オジサン」
『もちろん、ラビを助けに行く。サラザリア城に進路を取れ!』
「りょ!」
ニーナは舵を回して船の舳先をタイレル侯爵の居城であるサラザリア城へと向ける。
「………あれ? なんか、お城の方から煙が上がってない?」
『何だと?』
俺は前方に見えるサラザリア城を「遠視」スキルで覗いてみた。確かに、城の周囲には白煙が狼煙のように上がっていて、その白煙の中を、何やら巨大な影が飛び回っている。
「……あれって、もしかして黒炎竜! ってことはまさか――」
ニーナが驚くと同時に、俺は呆れて溜め息を漏らしてしまう。
『ああ……どうやら今回もまた、どっかの誰かさんが、俺たちよりも先に抜け駆けしやがったみたいだな』