第103話 その話には、まだ続きがあるんです◆
――レウィナス侵攻当時の記憶を鮮明に蘇らせたラビは、自身のトラウマともなった両親の死を招いた元凶が、今自分の目の前に居る男だと確信した。
「あなたが、私のお父様とお母様を殺した……そうでしょ?」
ラビの問いかけに、ヴィクターは得意げに口角を釣り上げて答えた。
「くっくっ……ああ、その通りだよ。――あの時、屋敷へ潜入する男爵の兵を率いていたのは、この私だ。最後の砦であるバリケードを突破し、扉を突き破って部屋に突入した時、シェイムズは私の顔を見て酷く驚いていた。私は奴に言ってやったよ。『この顔を覚えているか? お前の慈悲により救われた男が、復讐と絶望を抱えて戻ってきたぞ』とね。その時のシェイムズの浮かべる呆けたような表情と言ったら……くっくっくっ! それはもうとんでもない間抜け面だったよ! 笑えるほどになぁ!」
ひゃはははははっ! と声高々に笑うヴィクターを前に、ラビは俯いたまま何も言わずに黙り込んでしまう。
「貴様っ!! よくも私たちのご主人様を……地獄に落ちろ! この外道がっ!!」
牢の中でポーラが怒りに顔を歪めて叫ぶ。しかしそこへタイレル侯爵の鞭が飛び、鉄格子を掴む彼女の腕を打った。
「下等な獣は、場をわきまえて黙っていることですネ」
走る痛みと、湧き上がる怒りに血が滲むほど唇を噛みしめるポーラ。……けれどもラビの方は、両親を殺した張本人を前にしながら、ずっと黙り込んだままだ。その表情は、垂れる前髪に隠れていてよく見えない。
「うん? どうした? 両親を殺されたことにショックなあまり、声も出せなくなったのかい?」
そう言って、ヴィクターは俯いたラビの顎に指を当てグイと押し上げる。
「………ヴィクターさん、その話――」
ぽつりと、ラビの口元から声が漏れた。顔を上げられ、露わになるラビの表情。蒼い前髪の隙間から覗いた瞳は、両親を殺された激しい怒りと絶望に燃えて………いる筈だった。
「――おや?」
ヴィクターはラビの表情を見て、怪訝そうに眉をひそめる。自分の親を殺した男を前にしているにもかかわらず、彼女は悲しみに泣き崩れることも、怒りで我を忘れることもなく、至って平静な態度のまま、蒼い輝きを湛えた目で、真っ直ぐにヴィクターの方を見つめ返していたのである。
「……その御伽話にはまだ続きがあります。聞きたいですか?」
「? ……ふっ、何を馬鹿なことを。さっきの御伽話に続きなんてない。私が話したことが全てだ」
ヴィクターは鼻で笑いそう答えるが、ラビは首を横に振る。そして、物語の続きを、語り口調で話し始めた。
「――殺人竜たちによって焼き尽くされ、焼け野原と化した町の中を、一人の少女が歩いていました。その少女は老船長の愛しの娘で、殺人竜たちの炎から辛うじて逃れて生き残っていたのです。少女は愛する家族を亡くしてしまったことを悲しみ、同時に殺人竜に対する激しい殺意を覚えました。
……けれど、彼女はふと立ち止まって考えます。例え、私が殺人竜を目の敵にして追いかけたところで、それで良いのでしょうか? 私が憎しみのままに殺人竜を殺したところで、自分は報われるのでしょうか? 今度は殺人竜を大切に思っていた別の竜が、私たち人間への憎しみを晴らすために、また別の町を襲うかもしれません。そうなれば、不幸の連鎖はもう止まらない。誰かがこの負のループを断ち切らなければいけない。そのためには、どんなに辛くても耐えて、前に進むだけの強さが必要だということを、少女は父親である老船長から教わっていました。
……だから、少女は一人誓うのでした。不幸の連鎖を断ち切るために、どんな逆境にも負けず、暗い過去に囚われることのない、強くて自由な女になってやると!」
ラビは力強い言葉で物語を締めくくった。ヴィクターは彼女の語気に圧倒されながらも、馬鹿にするように笑う。
「くっくっ、面白い。そんな取って付けたような話が、本当に現実になるとでも思うのかね? 魔法もロクに扱えないお前が、そんな理想の強者になれるとでも?」
「………確かに、私一人だけじゃ無理でしょうね」
そう問いかけてくるヴィクターに対し、ラビはまるで悪巧みするニーナよろしく、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
「……でも、今の私は、もう一人なんかじゃない」
ラビは、手枷で繋がれた両腕から、一本の指を立てて見せる。
その薬指には、銀色に光る小さな指輪がはめられていた。
「――お待たせ、そろそろ出番だけど、大丈夫そう? グレンちゃん?」
「………アイアイ・マム」
指輪から弱々しい声が返って来た次の瞬間、指輪から眩い光が閃光のように放たれた。
「なっ……まさかその光は、召喚指輪か!――」
ヴィクターが気付いた時にはすでに遅く、指輪から放たれた光はみるみるうちに強くなって、ラビの居る檻全体を包み込んでしまう。四方を囲んでいた石の壁は崩壊し、サラザリア城の壁まで突き破ると、溢れた光が徐々に輪郭を持ち始め、一匹の竜の姿へと形を変えてゆく。
そして光が完全に失せた時、そこには黒い鎧を持った一匹のドラゴン――世界最強の黒炎竜であるグレンサール・デ・ラトゥアスが、大穴の空いた牢の壁から、真っ赤な目を覗かせていたのである。