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第102話 レウィナス侵攻作戦③◆

 最後に「さよなら」も言えないまま両親と別れてしまったラビは、悲しみに暮れながら、転移した先で、ふと屋敷の方を振り返った。


 遠くに見える屋敷の影、先ほどまでラビたちの居た執務室のある角部屋の窓から、響き渡る銃声と共に、パッパッとまばゆいフラッシュが瞬いた。


「お父様っ! お母様っ!」

「お嬢様静かに! 屋敷隣にある森の中へ、もう一度転移しますよ」


 ポーラはラビの手を握りしめ、再び転移した。転移した先は、森の奥にある湖のほとりで、屋敷から響く銃声や爆発音は遥か後方へ遠退いていた。


「ここまで来れば、もう大丈夫なはずです、お怪我はありませんか? お嬢様」

「……うん、大丈夫………でも、お父様とお母様がぁ……」


 涙の止まらないラビを見て、ポーラは悔しさを顔に滲ませ、彼女の前で膝を突くと、深くこうべを垂れた。


「……お嬢様、申し訳ありません。敵は夜になる前から屋敷を包囲していたようです。突然の襲撃に、私たち近衛メイド隊も全力で応戦しましたが、敵の侵攻を食い止められませんでした。それでご主人様は、お嬢様に危険が及ばぬよう、私と共に屋敷から逃げる指示を……私たち近衛メイド隊の力が及ばなかったのが原因です。……メイド長として情けない限りです。本当に、何とお詫びをすれば良いか……」

「ポーラが謝ることないわ! あなたたちはとても強いし、敵を前にして逃げもせずに戦ったんだもの! ……でも、私は怖がって泣いてばかりで、逃げることしかできなくて……何もできない私が、こんなに憎らしく思えたことはないわ」


 両手に拳を握り締め、ポロポロ涙を溢しながらうつむくラビ。


「お嬢様、御自分を責めるのは――」


 ポーラはラビを慰めようと、彼女の肩へ手をやろうとした。


 ――しかしその時、獣人である彼女の本能が危機を察知し、視界の奥に広がる森の中から、音も無く忍び寄って来る複数の人影を見抜いた。


「お嬢様! 伏せて!」


 ポーラは咄嗟とっさに背中に担いでいた前装式ライフルを構えると、森の中に潜む影に向かって容赦なくぶっ放した。白煙と共に装填されていた散弾が吐き出され、茂みに隠れていた影――敵の兵士が二人、撃たれた衝撃で後方に弾け飛ぶ。


(まさか、こんなところまで敵の追っ手が?)


 驚くと同時に、周囲の茂みからガサガサと音がして、現れた複数の人影がポーラに向かって飛び掛かってきた。転移する暇もなく、彼女は持っていたライフルの銃床じゅうしょうで影の一人を殴り付け、銃口の先に付いた銃剣でもう一人の腹を差しつらぬいた。


 さらに間髪入れず襲い掛かってくる複数の敵影。ポーラはエプロンの腰ひもに差していた果物ナイフを取ってすかさず投擲。ナイフを受けた一人が倒れ込む隙に、ポケットから銀のナイフとフォークを取り出し、素早い手付きで残る二人の脚や腕、胸をめった刺しにした。


 最後の敵が倒れると、ポーラは頬に飛んだ返り血を拭い、急いでラビのところへ戻る。


「ポーラさん! 大丈夫?」

「私なら、大丈夫です。さぁお嬢様、早くここから逃げま――」


 しかし、ラビに手を差し出そうとした瞬間、ポーラの全身に雷光が走り、ビクビクッと痙攣して彼女はその場に倒れ込んだ。追っ手の兵士の一人が、ポーラに向かって雷魔術を放ったのである。


「ぐあぁっ! ……お嬢様っ、早く、逃げて!」

「ポーラさんっ!」


 動けないポーラを見て、恐怖のあまり硬直してしまうラビ。そこを狙って、敵の兵士が次々と茂みの中から現れる。迫り来る敵兵を前に、ラビは悲鳴を上げて駆け出した。


 ポーラもどうにか痺れる体を動かして後を追おうとしたが、気付いた時には既に兵士たちに四肢を押さえ付けられ、身動きの取れない状態となってしまっていた。


「くっ……お嬢、様……っ……」


 敵兵に追い立てられ、湖の方へ駆けてゆくラビの背中がぼんやりと視界に映った後、ポーラは意識を闇の中に手放してしまった。



 レウィナス公爵邸の屋敷が完全に制圧された後、正門が敵の手によって開かれ、敷地内に一台の馬車が入って来た。その馬車は屋敷の前で立ち止まると、扉が開かれて、侵攻作戦の主導者であるライルランド男爵が悠々とした態度で降りてくる。


「……それで、状況はどうなった?」

「はっ、屋敷は全て制圧し、抵抗する者は全員捕えました。公爵の御令嬢が使用人一人と共に逃走を図り、屋敷から離れた森へ逃げ込みましたが、使用人は捕え、御令嬢は湖へ身を投げたため、現在捜索中であります」


 ライルランドは報告を聞いて「やれやれ、手間をかけさせてくれる」と、うんざりするように溜め息を漏らし、「捜索を急がせろ」と兵士たちに命じた。


 すると、制圧された屋敷の入口から、一人の男がライルランドの方へ気取った足取りで歩いて来るのが見えた。


「――おや、もう仕事は終わったのかね? ヴィクター君」


 ライルランドの問い掛けに、その男――ヴィクター・トレボックは、口元を釣り上げた不敵な笑みで答えた。


「……ええ。是非とも、屋敷の執務室へ足を運んでみてください。仲良く並んで床に転がったしかばねを二つ、お目にかかることができますよ。くっくっくっ……」


 彼の言葉にライルランドは「ふん」と鼻を鳴らし、「ご苦労だったな」と軽く労りの言葉を投げる。しかしヴィクターは、「ご苦労? いえいえとんでもない」とライルランドに向かって大げさに首を振って見せた。


「むしろこれは()()()ですよ。……これで殺人竜は、憎き老船長への恨みを晴らすことができたのですから」


 彼の放った最後の言葉を、ライルランドは理解できなかったが、これまでずっと欲していた念願のレウィナス公爵領を手に入れることができ、さも満足そうに胸を張って、「これで国王様もお喜びになられるだろうな」と口にしながら、屋敷の中へと歩みを進めていったのだった。

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