6章エピローグ
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すべてが落ち着いたある日のこと。エイヴリルはディランとともに登城した。
なぜなら、うれしい知らせが飛び込んできたからである。
「エイヴリル様、大変な目に遭われたわね。無事で本当に良かったわ」
王族の居住区に設けられたサロンには、国王夫妻であるローレンスとアレクサンドラのほか、ごく内輪の数人が集まっていた。親しい者だけで吉報を祝うためである。
心底安堵した様子で手を握るアレクサンドラに、エイヴリルは頭を下げる。
「アレクサンドラ様もご実家から手を回してまでご尽力くださったと伺いました。心より感謝を申し上げます」
「そんなことは全く問題ありませんわ。もともと、シュクレール商会には悪どいことをしているという噂が山ほどありましたの。マナーの悪い同業者を蹴落とすいい機会でしたわ」
美しい笑顔の後ろでメラメラと闘争心を燃やしているアレクサンドラを見て、エイヴリルはたらりと汗をかき、目を瞬くばかりだ。
「その、アレクサンドラ様は一体何をなさったのでしょうか……?」
「心の安寧のためには、知らないでいたほうがいいかもしれませんね。えげつないことをされていますよ」
「なるほど。国家会計局の捜査と同じタイミングで、両方と取引のある大口取引先に独占契約を迫った、などでしょうか」
「ええ、さすが察しがよろしいことで」
首を傾げるエイヴリルにさっきから相槌を打ってくれている上品な笑みの男は、シリル・ブランドナーである。
ブランドナー侯爵家の次男である彼は、エイヴリルの実家・ランチェスター伯爵家の没落においても一役買ってくれた男でもあった。
今回、ベル・アムールに国家会計局の調査の手が一瞬で回ったのは彼のおかげだ。
エイヴリルは知らなかったのだが、シリルは件の一件で尽力してくれただけではなく、アレクサンドラやローレンスとアカデミー時代から交流があるらしい。
そのような経緯もあり、今日のお祝いの席に招待されているのだった。
「ところで、ランチェスター公爵夫人は、十一区とこちら側を結ぶ橋の一つを購入し、命名権を販売されていると聞きましたが」
シリルからの問いを受け、エイヴリルは微笑む。
「はい! 私財であの橋をまるごと手に入れるのは厳しかったので、ディラン様から一時的に資金をお借りした上で、三年契約の入札形式で命名権を販売することにしたのですわ」
「なるほど。さすがでいらっしゃる」
「命名権の販売は好評で、複数が手を挙げているな」
ディランの言葉に、エイヴリルは自信を持って頷くばかりだ。
「ありがたいことです。この調子でいけば、資金はまもなく返済できるのではと思っています」
ベル・アムールから救出された後も、エイヴリルは引き続き十一区で働く女性たちのための活動を続けている。
修道院ボランティアを介して支援を行い、先日は橋も手に入れた。加えて、ボードレール侯爵家を巻き込んだ裏社会と十一区の癒着は、現在進行形で大きな騒動になっている。
そのような事情から、どさくさに紛れて、間もなく橋を解放する予定だ。十一区で暮らす女性たちが自由への一歩を手にする日は近いのだった。
一方、橋を購入したときの資金繰りについて不満があるらしいディランは、納得がいかないという様子でこちらを見てくる。
「そもそも渡した資金を返す必要はないだろう? 俺たちは夫婦だ」
「いえ、でも」
「あら、私だってエイヴリル様の事業のためでしたらいくらでも資金はお出ししますわ? 実家は豪商であり金貸しですもの」
「アレクサンドラ様⁉︎」
エイヴリルへの資金援助レースにアレクサンドラまで参戦したところで。
不敵な笑みを浮かべ、じっと話を聞いていたローレンスが呆れたように口を開く。
「全く。うちのアレクサンドラは、ランチェスター公爵夫人に関わることに関してはあまりにも頑固すぎる性質でね。せめて、腹の中に赤子がいる間ぐらいは大人しくしていて欲しいものだよ」
「あら。大人しくしていて欲しかったら、しっかり手綱を握ったらいいんじゃないかしら?」
「こちらがどんなにそうしようとしても、お前は簡単に握らせてくれないからな」
そう言って、ローレンスはアレクサンドラのお腹に手を当てた。いつも尊大な態度しか取らないはずの国王のまなざしに、隠しきれない優しさが滲む。
二人の様子を見ていると、エイヴリルの表情もほころぶばかりだ。
「いつ頃お生まれになる予定なのでしょうか?」
「冬頃ですわ」
実は今日、ここでささやかなお祝いの茶会を開いているのは、アレクサンドラの懐妊が発表されたからだった。国王夫妻が結婚してすぐのおめでたいニュースに、国内は沸いている。
もちろん、エイヴリルも二人の子に会うのが楽しみだ。
「お二人のお子さん……! きっとお美しくて聡明な王子様か王女様がお生まれになることでしょうね」
「ありがとう、エイヴリル様。生まれたら絶対に抱っこしてあげてくださいませ」
「わぁ、光栄です」
一方のローレンスは自分の反対隣に座っているディランの肩に手をかける。
「お前もこれで王位継承権関係のゴタゴタから解放されるぞ。お前が王太子の座に着くところを見てみたかったけどな」
鷹揚に言ってのけるローレンスの言葉は、全く冗談に聞こえない。
「いい加減にしてくれ……」
祝福ムードに満ちるサロンにはうんざりしたディランの声が響く。
そんな光景にでさえ、エイヴリルは日常の幸せを感じるのだった。





