53.
加えて、さらに気になるところがもう一つ。ブランドナー侯爵家の席を見ると、なぜかフェルナンがコリンナのことをじっと見ているのだ。
このコリンナをエイヴリルだと信じているのだとしたら、まだわからなくもない。彼がエイヴリルに特別な興味を示しているのは知っているからだ。
けれど、今日はコリンナの方もフェルナンの様子を気にしている。それは、いつもの『素敵な殿方が!』という視線とは明らかに違うように思えた。
(コリンナとフェルナン様って何かあるのでしょうか?)
はっきりと疑問が浮かんだところで、徐にコリンナが立ち上がった。変装したエイヴリルを含め、周囲に座っている全員の視線が彼女に集まる。これは計画外のことだった。
「どこへ行くの……?」
小声で問いかけたものの、コリンナは不敵な笑みを浮かべる。
「一人で部屋の外に出るわ。いい? 絶対についてこないで」
「え」
低くドスの利いた声に、思わず一歩出遅れる。どうするべきか迷っているうちに、コリンナはその隙をついて足早に部屋を出ていってしまった。
(もしかして、コリンナは囮になろうとしている……?)
いいや、まさか義妹に限ってそんなはずはないだろう。対応を決めかね、後ろに立っているクリスに視線を向ければ、彼は首を横に振った。クリスも困惑はしているようだった。
つまり、これはコリンナが勝手に行動していることなのだろう。
(このまま脱走したりしないですよね……?)
リンドバーグ伯爵家を脱走した経緯を思えば、その可能性は充分にあるような気がする。どうしようか迷っていると、エイヴリルの視界の右端で泣いていたキトリーが立ち上がった。
「お母様、私、お花を摘みに」
「……いいけれど、侍女の他に従者を連れていきなさい」
母親の声に、控えていた三人のうち一人の最もベテランそうな従者が一歩前に出る。けれど、キトリーは首を振ってその隣の青年を指名した。
指名された彼は無表情のまま、キトリーの後ろを音もなくついていく。
母親は少しだけ困惑した様子を見せたものの、結局止めることはなく、彼女が部屋から出ていくのを見送ったのだった。
(キトリー様のこの行動は不自然ではないでしょうか?)
まるでコリンナの後を追うような行動に、疑問が募っていく。けれど、退出劇はこれで終わらなかった。キトリーが部屋から出ていった後で、フェルナンが立ち上がってその後を追ったのだ。
それを見たクリスが確信したようにさらにその後を追う。扉が閉まった。部屋の中には、捜査対象の当事者がほとんどいなくなってしまうという滑稽な事態になってしまった。
(どうしたらいいのでしょうか……!)
エイヴリルは思わず手を挙げて進言する。さすがにこのまま進めるわけにはいかないだろう。
「あの……!」
「どうしたんだね、君?」
中央にいる捜査官の視線がエイヴリルへと注がれた、その瞬間。
「――尻尾を出したわね! この悪女が!」
大声と共に、外から大きな叫び声が聞こえた。
(コリンナ⁉︎)
エイヴリルは慌てて廊下へ出ようとした。それに気がついたディランが、エイヴリルを守るように中央から駆け寄ってくる。続いて、部屋の中で議論していた全員が廊下へと出る。
フェルナンの声が響いた。
「キトリー、いい加減にしてくれ」
額に汗を滲ませ、焦りの表情で後ろ手にコリンナを守るフェルナンの正面には、ナイフを持ったキトリーがいる。彼女は涙を浮かべて髪を振り乱し、金切り声を上げる。
「フェルナン様、どうしてその女を庇うんです⁉︎ その女は私たちの将来に邪魔でしかないでしょう? どうしてそんなことがわからないの⁉︎ お退きなさい」
「あっぶないわね! そんな物騒なもの振り回さないでちょうだい⁉︎」
一方のコリンナは、フェルナンを盾にしてキトリーを睨み、罵声を浴びせている。
「お前が出る幕じゃないわ。ブランドナー侯爵家の嫡男を盾にしていいはずがないでしょう?」
キトリーは何かに取り憑かれたような顔で、コリンナに斬りかかろうとしていた。
刃物を持って騒いでいる三人の動向ばかりが目についていたが、廊下の隅には刃物を手にした従者を床に組み伏せて取り押さえるクリスの姿もある。
一瞬で、最初にあの従者が行動しそれをクリスが制圧し、その後でどうしようもなくなったキトリーが自分でコリンナに斬りかかったのだろうと察せる状況だ。
「エイヴリル、後ろへ」
「はい」
緊急事態だと判断したディランがエイヴリルの手を引き、自分の後ろへと隠す。





