42.
ディラン視点の前編です。
◇
ベル・アムールから戻った日の朝。
ディランはまず、エイヴリルが懇意にしているという娼婦のための医師が手配できているかを確認した。
無事に今日中の診察が叶いそうだとわかると、次に修道院へ向かった。十一区へのボランティア活動の相談のためである。
もともとランチェスター公爵家から多額の寄付を受けている修道院では、先触れなしの訪問にもかかわらず歓迎してくれ、ディランの提案を快く受け入れた。
ちょうど、流行病の影響により一時的に貧民街へのボランティア活動が減ったことで寄付品が余っている状態だったらしく、すぐにでも十一区へ行ってくれるという。
(修道院側でも、あの場所で働く女性たちへ手助けがしたいと思いつつ、何をしたらいいかわからない状態だったようだ。今回は本当に巡り合わせが良かった)
エイヴリルからの要望を無事に叶えられ、安堵しながらディランが次に向かったのは王宮だった。
「王妃陛下への面会を」
「お約束は承知しております」
温度のない笑みを浮かべた女官が案内してくれる。
認めた人間以外を側に置かないアレクサンドラらしい人選を感じつつ通された先では、そのアレクサンドラがソファで紅茶を飲みながら待っていた。
「エイヴリル様が見つかったとお聞きしましたわ」
ディランが部屋に入るなり人払いをしたアレクサンドラは、挨拶もそこそこに立ち上がる。
「大筋は先にお伝えした通りです。十一区にいました」
「十一区ですって?」
アレクサンドラの形の良い眉がわかりやすく歪んだ。事態の面倒さをすぐに理解したようだ。
「心配はしましたが、なぜか妻は特に苦労なく過ごしているようで……まあそれは置いておくとして、とにかく、すぐにエイヴリルを娼館から連れ出したいと思っています」
「ですが、十一区となると面倒なことになりましたわね。あの場所法律などあってないようなもの。攫われて売られたのだから返せとお伝えしても、それに応じることはないでしょうし……とはいえ、裏社会との繋がりを考えると、真正面からの衝突も避けたいところですわ」
アレクサンドラの言葉は、ディランも痛いほどわかっていた。
エイヴリルをベル・アムールから無理やり連れ出すことも出来なくはないが、それには危険が伴う。それに、無事に脱出したとしても、後々日常を脅かされる可能性がある。
かといって大金を払い身請けするようなことがあれば、ランチェスターの名と自分を重用するローレンスに傷がつく。
となると、エイヴリル誘拐の犯人であるキトリー・ボードレールを捕らえてボードレール侯爵家に責任を取らせる、というのが現実的な方法になるのだった。
(しかし)
ディランの考えを見透かしたかのように、アレクサンドラが問いかけてくる。
「ボードレール侯爵家のご息女がこの件に関わっているという話を聞きましたわ。真偽は?」
「確かです。エイヴリルはボードレール家の令嬢によって茶会の会場から連れ出され、ハンカチに含まれた薬で眠らされた後、何者かによって連れ出されたということでした」
「あそこのキトリー嬢はいろいろと黒い噂がありますわ。もしこの件が明るみに出れば、ただの醜聞ではすみません。侯爵は家名を守るため、何をおいてでもキトリー嬢を守るでしょう。エイヴリル様にはハンカチをお貸ししただけだと言い逃れをされてしまったら、どうしようもない」
「まさに仰る通りでして」
それは、ディランとエイヴリルが危惧していることだった。けれど、ディランも何の目論見もなくここへきたわけではない。姿勢を正し、目的の話題を切り出す。
「この件に関わって、王妃陛下にお願いがございます」
「ええ、もちろん、どんなことでも」
「でしたら、ご友人にご協力を願えませんでしょうか」
「……友人?」
あまり心当たりがないらしいアレクサンドラが眉間に皺を寄せ、怪訝そうに首を傾げたのが見えた。





