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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
六章

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39.

「……ということで、私はシュクレール商会の主に喧嘩を売ってしまったような形になります……」

「いや、考えうるなかでベストな選択だったはずだ。さすがだよ」


 一通り話を聞き終えたディランは感心した様子だった。先ほどの振る舞いがやり過ぎだったのではと心配していたエイヴリルは、ほっと息を吐く。


「それで、コンスタンさんのメリットになることを考えなくてはいけないのです。協力を引き出したくなるような何かを」

「向こうのメリットか」


 そう言うと、ディランは少し考え込んだ。


(コンスタン様との会話の中で、裏社会との横の繋がりが問題なのだとはわかっています。ですが、どこをつけばメリットになるのでしょう)


 加えて、ただ単にメリットを提示するだけでは、裏社会への関わりとして正しくない可能性も出てくるのだ。


(難しいですね……)


 そう思ったところで、ディランが落ち着いた声で結論を告げた。


「……まずは、きっかけとして修道院のボランティアに協力してもらうのが良さそうだな」


 聞いた瞬間、エイヴリルも夫が何を提案しようとしてくれているのかわかった。


「もしかして、修道院ボランティアの活動を利用して、女性たちの過酷な労働環境からの脱却を目的に、生活必需品をベル・アムールに最低価格で流通させるということでしょうか……?」


「その通りだ。修道院側もその理由なら喜んで協力してくれるだろうし、何より、修道院相手ならうちからいくらでも支援ができる。エイヴリルは元々巨額を支援していたし、自分でもボランティアに行っていただろう? 急に支援額が増えたとしても、全く不思議ではない」


 この十一区の娼館街に法律などあってないようなものだ。


 けれど、ブランヴィル王国ではそれなりに神への信仰が厚いため、国でなく神に仕える修道士たちと修道院の活動だけは別となる。


 実は、今でも三ヶ月に一度程度は修道院のボランティアが形式的に出入りしていて、医師などを手配してくれることもある。


 ルイーズはこのときだけは医師に見てもらえるのだと言っていた。現在、二つの病気のどちらかだと診断したのも修道院ボランティアが連れてきてくれた医師らしい。


 非常にありがたい活動なのだが、修道院側もどんな関わりをしたらいいのかわかっていない状態で、頻度は低く形ばかりのものになっていた。


 確かにこの案を採用すれば、女性たちの生活必需品購入によるベル・アムールとシュクレール商会の利益はゼロになるだろう。


 商会のこの店との付き合いのメリットが『裏社会との足並みを揃えること』である以上、利益がゼロになっても痛くも痒くもないだろうが、修道院という外部の存在を定期的に入れることは、裏社会との繋がりを弱めるきっかけになるかもしれない。


(そして、この案の本当の目的はそこではありません。修道院のボランティア活動が伝播して、他のお店の改革が進む可能性があることです……!)


 その日、エイヴリルはディランにルイーズのため医師を手配してほしいことも伝えた。


 ルイーズとレジスの恋物語を聞いたディランは「たった数日でなぜ彼らの将来に首を突っ込むことになったんだ?」と笑い、その場で医師への依頼状を書き、ベル・アムールの小間使いの少年を呼んで届けさせたのだった。




 翌朝。


「失礼いたします」

「ありがとう」


 夜の間、ディランが緩めていたタイをエイヴリルはきっちりと結び直した。それをじっと見つめていたディランは、これまでの話を確かめるように口を開く。


「この事件に関わっているのキトリー嬢はボードレール侯爵家の令嬢だ。本来はエイヴリルの証言があれば罪に問えるはずだが、恐らく両親は全力で守りに入るだろうな。娘の罪を認めるのは即ちボードレール侯爵家の権威に関わる。下手すれば没落だ」


「思った以上にすごい事態になってしまっていますね……どう考えてもバレますし、ご実家の立場もまずいことになるのに、キトリー様はどうしてこんなことをなさったのでしょうか」

「エイヴリルのことをよく知らなかったせいだな。まさか娼館に売られても地位を築き、たくましく暮らしているとは誰も思わないだろう」


「ルイーズさんとレジスさんの関係も複雑ですが、キトリー様とフェルナン様の関係も、表からはわからない部分で根強い問題があるのでしょうね」


 貴族には政略結婚しかないし、そもそもエイヴリル自身はディランと出会うまで誰かに愛し愛されることを想像したことすらなかった。


 今回、エイヴリルが攫われた理由の一つには、その政略結婚のバランスを崩してしまう何かがあったことなのだろう。ため息をつくエイヴリルに、ディランは真剣な表情を崩さない。


「フェルナンの様子から推測すると、キトリー嬢にはよからぬ噂が他にもありそうだ。それらがどれも明るみに出ていないということは、決定的な証拠を掴ませていないという狡猾さの証明でもある。彼女自身はどうでもいいが、あの家はとにかく両親が面倒だな」


「確かに、私もキトリー様に何か薬品を嗅がされただけなのですよね。実際に運び出したのはその筋の方のようでしたし」


 真相を知るため、ロラを問い詰めたり懐柔するという手段もなくはない。けれど彼女は何の事情も知らされずエイヴリルを買わされ、売人を外まで追いかけて怒り狂っていた。


 となると、彼女がキトリーへと繋がる情報を知っているはずがないのだ。いくらでも言い逃れできるこの状況を作り出したうえで、誘拐を実行したキトリーはなかなかの悪女ではないだろうか。


 そんなことを考えつつ、別れの時間が近づいていく。少し間を空けたディランは、真剣だった表情を柔らかなものへと変えた。


「今夜も来たいところなんだが、いろいろな根回しが残っているんだ」

「かしこまりました」


 微笑んで頷けば、ディランはなぜかエイヴリルから目を逸らす。


「それに、あまりここで二人きりになるのは良くない」

「はい……? あ」


(なるほど、ロラさんに作戦会議をしていると思われるのがよくないのですね。それはそうです)


「理由は承知しました。お迎えに来てくださる日まで大人しく待ちます」


 素早く理解し、わかった顔で頷くエイヴリルにディランは苦笑しつつため息を吐く。


「……たぶん、それは違うと思うな」

「えっ?」


 首を傾げるのと同時に、唇に軽くキスを落とされる。そうして、夫は吐息がかかる距離で囁くのだった。


「二人きりでいると、こういうことをしたくなるから、しばらくは来ない」


(ひ、ひえええ……)



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