33.
あわあわと目を泳がせたエイヴリルだったが、彼女たちのヒソヒソ話は止まらない。コンスタンに聞こえてしまうのでは、と心配になってしまいそうな声のボリュームで続ける。
「ていうかあの格好は何? あたしの見間違いかしら」
「でも、この料理をおいしそうに食べるのなんてあの子ぐらいじゃない?」
「確かにそれはそう」
このままではまずい。そう思ったエイヴリルは、彼女たちの話し声が聞こえないよう声のボリュームを上げた。
「その……ここには最上級の食材を納品されているということですが、私たちが使う日用品やドレスなどもそのような高級品なのですか?」
この話題は、コンスタンにとって期待通りだったようだ。余裕を持って笑う。
「なんだドレスのおねだりか? なんでも買ってあげよう。どの工房のものが欲しいんだ?」
「うーん。恐らく、ドレスは間に合っていると思うんですよね……」
コリンナには毎日ドレスが届いている。今日も部屋に入ったところ、複数のドレスが散らばっていたのを見た。恐らく殿方からドレスを贈られすぎて、クローゼットに入りきらなくなりつつあるのではないか。
思わず本音を漏らすと、彼はものすごく怪訝そうな顔をした。
「ん? 間に合っていると思う?」
「いえ、何でもございませんわ」
いけない、またやってしまった。昨日のポーカーのときには我慢できたのだ。今も気を引き締めるべきだろう。
気が緩みがちな自分を反省しつつ、エイヴリルはこほんと咳払いをした。
「これはおねだりではなくて……実は、私はここで働き始めたばかりなのですが、先日の娼館主への支払いがあまりにも高額だったので驚いたんです。それで、ここに卸されている品は、全部とんでもない高級品なのかなと」
「そうだなぁ」
コンスタンは目を瞬くと、ついさっきまで全開にギラギラしていた視線を引っ込め、エイヴリルと一緒に思考し始める。
「まぁ……市価との違いが……いやゴホンゴホン、確かに良い品ばかりではあるな」
「ドレスも日用品も何もかも、良いものを皆に使わせようという気持ちはありがたいのですが、そうなるとお代が嵩むんですよね」
「あ……ああ、そういうものだな」
「たくさんお金を使って華やかにするのも良いですが、質素で地味なものにもそれなりの良さがありますし、何より長く使えます。私は断然こちら派ですね」
「……」
返事がないので顔を上げると、すっかり毒気を抜かれたコンスタンの姿があった。エイヴリルは思わず問いかけた。
「どうかされましたか?」
「いや……そんな派手な格好をして、言ってることが庶民的だなと」
「あ」
エイヴリルは慌てて両手で口を押さえる。けれど、コンスタンは明らかに不審さを感じているようだ。困惑を浮かべて聞いてくる。
「さっきから違和感がすごいんだが、なんだか君は昨日とまるで別人のような……?」
「そ……っ、そんなことはありませんわ。この通り、派手好きでお金も大好きです」
「派手……いや派手な女の子は大好きなんだが……君は本当に元からそうなのか?」
あっという間に、疑いの目を向けられてしまった。
「本当です。私は生まれた時からずっとこのような感じでして」
苦し紛れに答えると、コンスタンはいよいよ困惑したようだった。眉間に皺を寄せてものすごく不審そうにこちらをじっと見た後、ハッと息を呑む。
「も、もしかして、昨夜は無理にあんな女を演じていたのか……?」
「えっ」
今度、困惑するのはエイヴリルの方だった。まさかそんなふうに理解されてしまうとは夢にも思っていなかったので、狼狽えてしまう。
一方、エイヴリルの反応で自分の推測に確信を持ったらしい彼は財布を出してくる。
「なるほど。さしずめ、君は高級娼館で働き始めたばかりで懇意にしている客もいない。だから新規の客を得るために貴族サロンで派手な女を演じ、私を引っ掛けた……というところか。よく考えたじゃないか。えらいぞ」
「いえいえそんなそんな」
「今さら嘘をつかなくてもいい。全てバレバレなんだから」
そう言い、コンスタンは同情した表情で財布から札束を出してくる。
無造作に掴まれたそれは、まるで本のような厚みをしていた。あれは紙幣に許される厚さではない、と思ったエイヴリルは必死で辞退しようとする。
「あの、落ち着いて、それをしまってください」
けれど、コンスタンも引く様子がないのだった。
「昨日は、あんなに金金金金言っていて、面白い女の子だと思ったんだが……まさか、生きていくため、自分と真逆の女を演じていたとは。あれはあまりにも鮮やかで、遊び慣れた派手な女性そのものだった。女優になれるんじゃないか」
(それはコリンナです。本物なのですから当然ですね……?)
うっかり目を泳がせたエイヴリルの前に、札束が置かれた。





