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無能才女は悪女になりたい~義妹の身代わりで嫁いだ令嬢、公爵様の溺愛に気づかない~(WEB版)  作者: 一分咲
六章

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31.

 扉から入ってきたのは、遊び慣れた雰囲気の渋い男性だった。艶のある黒髪に、彫りの深い顔立ち。体に沿う口と顎の周りに髭を生やし、咥えタバコをしている。


 スッとした佇まいは、彼とほぼ同世代のエイヴリルの父親とは全く違う。上品で洗練されたデザインのスーツと相まって、はっきりと目を惹く。


 彼はベル・アムールの第一サロンをぐるりと見回すと、残念そうにしてわずかに首を傾げた。


「目当ての女性がいないな」


 すかさず、黒いスーツを着た男性従業員が揉み手をしてサッと駆け寄る。


「どんな女性がお好みでしょうか。もしかして、昨日の貴族サロンでお目にかかった者でしょうか。でしたら、ベル・アムールにはこの部屋の他にも第二サロンと第三サロンがあり――」

「とにかく目立つ女性だったな。ピンクがかったブロンドに可憐な微笑み、だが眼差しはひどく挑戦的な感じの――」

「それでしたら」


 男性従業員がその彼女が誰なのかに思い当たったと思われた瞬間、渋い男性は嬉しそうな声を上げた。


「ああ、彼女だ」


 その声で、第一サロンにいた全員が彼の視線の先を追う。そこにはエイヴリル――いや、コリンナの格好をしたエイヴリルがいた。


(あっ、あの方は⁉︎)


 目があった瞬間、エイヴリルはついさっきまで回想していた、いつかの新聞記事を思い出した。


 誰にでもわかりやすい言葉で新事業について語っていた彼は、聡明な商会主に思えた。けれど今ここでこうして見てみると、眼光がギラギラしているだけのただのダンディな中年男性である。


(コンスタン・シュクレール様。この方がコリンナのお客様ですね。確かにお金は持っていそうですが……)


 正直なところ、義妹の好みに一致しているとも思えない。けれど、彼がコリンナ目当てでやってきたのには変わりない。しっかり見つめられてしまったエイヴリルに緊張が走る。


(ど、どうしましょう)


 コンスタンはエイヴリルがコリンナの身代わりとは気づいていないようで、甘い視線を向けてくる。


「……ああ、確かに君だね。昨日は煙に巻かれてしまったから」

「!」


(コンスタン様、完全に私をコリンナだと思い込んでいるようです……!)


 昨日の貴族サロンの会場は薄暗かったし、何よりも大勢の人がいて熱気がすごかった。その中でお酒を飲み、煙草の濁った空気を吸っていれば、目の前のものの輪郭が歪むのは仕方がないことのような気はする。


(困りましたが、私に逃げるという選択肢はありませんね)


 ちらりと階下にいるロラを見る。守銭奴のロラは、一目で彼が誰なのか察したようだった。目を輝かせて、踊り場で固まっているエイヴリルに向かって叫んだ。


「コリンナ! おまちかねのお客様だよ」

「は、はい……!」


 呼ばれてしまったものは仕方がない。コリンナと呼ばれたエイヴリルは、あわてて階段を降りて一階のサロンへと向かう。階下でエイヴリルを目の前にしたロラは不思議そうにしている。


「? おかしいね。あんたは呼び捨てにして命じられると怒るんじゃなかったのかい?」

「えっ⁉︎ そ、そうでしたねそういえば」


 ロラの言葉で思わず目を瞬く。義妹が誰かに命令されたり下に見られたりすると不機嫌になるのは当然である。コリンナは体調不良ということにして、真実を明かしておいた方がよさそうだ。


「ロラさん、実は」


 悪女の様子に違和感を持っているらしいロラに自分の正体を告げようとすれば、少し離れていた場所にいたはずのコンスタンが側に近づいてきてエイヴリルの肩に手を回した。


「えっ⁉︎」

「昨夜の話の続きをしようか」

「続き……」


 思いっきり首を傾げるのと同時に、エイヴリルのロラへの弁明の時間は終わった。そうして、空いていたソファに座らされた。ふかふかのソファに一気に体が沈んで、心許ない気持ちになる。


 普段、使用人としての業務の合間に、常連客を相手にするのとは全く別物の感覚だった。


(それは、コリンナのお客様ですから当然ですよね……!)


 姿勢と思考を立て直しつつ、しかし今はコリンナの代役を務めてしまっていることを再認識する。大商会主である彼の財布をすっからかんにするのは絶対に無理だ。間違いなく、その前に自分のお腹がはちきれる。


 ここでは、十回通わないと個室には連れて行かれないというルールになっているが、それは今日も有効なのだろうか。


 何より、コリンナはそのルールを初日で振り切って破っていた。あれは特例中の特例でいいのだろうか。何もかもエイヴリルにはわからない。


(ですが、何とかしてこの場を乗り切らないといけません)


 そんなことを思い自分に気合を入れる。


「昨日の会話って……あれですよね。何の話でしたっけ」


 適当に話題を繋ごうと思ったものの、コリンナの普段残りの振る舞いからは昨日の話題が全く想像できないのだった。するとコンスタンはニコリと笑った。


「あれほど私に話をさせておいて、忘れてしまったのか」

「も……申し訳ありません。あまりにも楽しすぎて」


「金の話を聞きたいというから、私が関わっている事業の話をしたじゃないか。聞いておいてあまりにも興味がなさそうで、面白かったな。君みたいに蝶のような女性と遊んでいると気が紛れるんだ」


 なるほど。その話題はコリンナにとっては金違いだったようだ。


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