28.
その日。明け方にお風呂に入ったコリンナをマッサージし、ベッドですやすやと眠りにつくのを見届けたエイヴリルは、冷やしたタオルを持ってルイーズの部屋へと向かった。
ベル・アムールは眠りにつく時間になったが、世間一般では早朝である。まだすっかり眠っている時間だろうと思い、様子だけ見て帰るつもりだったのだが、意外なことに部屋のカーテンは開いていた。
「ルイーズさん、まだお休みではなかった……いえ、もうお目覚めでしょうか?」
「そうよ。今日は晴れそうだから、気持ちがよくて」
言葉とは正反対に、ルイーズの顔色は悪い。それでいて熱がありそうで、顔が浮腫んでいた。エイヴリルがおでこにタオルをのせると、ルイーズは気持ちよさそうにして目を閉じた。
「実はさっき、貴族サロンで夫に会ったのです。きっともうすぐ助けが来ますから。それまでの辛抱です」
その瞬間、ぱちり、とルイーズの目が開かれる。
「え? 夫? どういうこと。待ってあんた既婚者だったの……?」
「あら、お話ししていなかったでしょうか。私には夫がおりまして。でも、攫われてここに売られてしまったのです」
「あんた、かわいそうな出稼ぎ少女じゃなかったのね……しかも、貴族サロンで会ったってことは、あんたの夫はそれなりに裕福ってことなの?」
ルイーズのおでこからタオルが落ち、狼狽しているのが伝わってくる。そのあまりの驚きっぷりに恐縮しつつ、エイヴリルは謝罪した。
「騙していたわけではないのです。ですが、結果的にお知らせするのが遅くなって申し訳ございませんでした。その、貴族サロンで夫に会ったことは、ロラさんに絶対に秘密にしていただけるとありがたいです」
「わかったわ。絶対に言わない。……うん、いろいろ辻褄が合うわ。あんた、全てがアンバランスでおかしかったもの」
エイヴリルに手紙を代筆させたこともあるルイーズは、全てが腑に落ちた様子だった。けれど、すぐにものすごく怪訝そうな顔になった。
「待ってくれる? あんた、貴族サロンで夫に会ったのに、なぜここにいるの……?」
「危険なことはせず、きちんと戻る約束でしたから」
厳密にいうと、正直危険なことに関わった気はするが、ちゃんと無事に戻れたので問題ないだろう。そんな思いでにっこりと微笑めば、ルイーズは目を泳がせた。
「……びっくりだわ。本当に、ありがとう」
「お礼を言われるようなことはしていません」
戸惑っているルイーズに毛布をかけると、彼女は目を閉じた。窓の外には白み始めた明け方の空が見えている。
(正直なところ、ディラン様についていきたいと思ってしまったことは認めます。でも、ここに戻ってきてやっぱり良かったです)
すうすうと規則正しい寝息が聞こえ始めたのを確認し、間もなく朝日が差し込んでくるであろうカーテンを閉じ、部屋を後にする。
本音では、今日見たディランの横顔が頭から離れない。思いがけず彼に会えてほっとしたものの、ディランがベル・アムールにエイヴリルを迎えに来るまでにはまだ時間がかかることもわかっていた。
エイヴリルがここにいることがわかっても、無理に連れて帰ることはできないのだ。
(ここには、法律などあってないようなものですから。たとえローレンス陛下のお力添えがあったとしても……どうでしょうか)
それでも、ここに戻るのを決めたのは自分の意思だ。コリンナとの会話で得た気づきをヒントに、エイヴリルは翌日の営業を待つのだった。
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収録範囲は現在お読みいただいている6章までで、WEB6章は発売日前後に章完結(予約投稿済み)、その後少しお休みをいただいて7章に入る予定です。





