27.
エイヴリルの義妹には、とあるクセがある。
それは、楽しいことがあった日は、そのことについて全部誰かに話してしまうまで、緩んだ表情が元に戻らないというわかりやすいものだ。
貴族サロンから『ベル・アムール』に戻ったエイヴリルは、ゆるゆるの表情をしたコリンナから労働を命じられた。
「疲れちゃったから、お風呂の準備。その後全身マッサージをしてちょうだい」
「かしこまりました」
(貴族サロンで大勢の人に会えたことがよほどうれしかったのでしょうか)
そんなことを思いながら、エイヴリルは義妹からの命令を快く承知する。いくら使用人扱いとはいえ、本来ここまでする必要はない。
フレイヤが止めてくれようとしたのが見えたが、コリンナの機嫌を損ないたくないロラに視線で制止されたようだった。それに、今日はエイヴリルもコリンナを労りたい気持ちなのだ。コリンナに続いて、五階の部屋まで上がっていく。
(それにしても、今日のコリンナは大活躍でした!)
ベル・アムールの名前と『ピンクブロンドの悪女』を広めてくれればそれで十分だったのだが、コリンナはそこには留まらず、貴族サロンを見事に引っ掻きまわし、ディランの目に留まってくれた。
そのおかげでエイヴリルはディランと再会できたのだった。
(偶然だったのかもしれませんが、感謝してもしきれないです)
安堵するエイヴリルだったが、一方でコリンナはなぜか明らかに浮かれていた。自分の部屋の前までたどり着くと、スキップで中へ入っていく。
「公爵様、間近で見るとやっぱり顔がいいわね。怒った顔しか見たことなかったけど、真剣な表情も最高だったわ。ていうか、あんたがあの場にいたことを気づいてないわよね? 言わなくてよかったの? あ、ロラさんが見張ってたから言えなかったのね? 変なところで義理堅いんだから」
「うーん。そうというか……そうではないというか……」
「私はここでトップ人気なの。あんたが脱走したぐらいでこの地位は奪われないわ」
「……」
自信満々の義妹に、思わず感動すら覚えてしまう。コリンナはエイヴリルがディランに名乗らなかった理由を『自分と連帯責任を負っているから』だと思い込んでいるらしい。
(あんなにすぐそばにいたのに、コリンナはディラン様が私に気づいていることを理解していなかった……ロラさんもそうだと信じたいです)
あの後も、帰ってからも、エイヴリルは特にロラからは何も言われていない。恐らくバレていないという証明だと思うものの、確証が持てなかったエイヴリルは義妹の言葉に安心した。
とにかく義妹のために風呂の支度を進めていると、コリンナは少し間を置いてから勿体ぶるように話し出した。
「……今日ね? 公爵様の他にも、なんかすごそうなお金持ちと出会っちゃったのよ」
「それはよかったですね。でも、コリンナの遊び相手は大体がお金持ちだわ?」
(どうりで、緩んだ表情が戻っていないわけですね……!)
そんなことを思いつつ問いかけると、コリンナは得意げに腕を組む。
「ところが、今までと違うのよ? 桁が違うっていうか……公爵様も桁違いのものすんごいお金持ちだけど、ちょっと気を抜くとアリンガム伯爵家みたいになっちゃうんでしょ?」
「いいえ、なりませんね。ディラン様は優秀なお方ですから」
実家没落の原因をいまだに『気を抜いたから』だと思っている義妹がすごすぎる。とりあえずお湯はちょうど良さそうです、と頷いていると、後ろから罵声が飛んできた。
「ねえ、私の話、聞いてる⁉︎」
「はい。『なんかすごそうなお金持ちと出会っちゃった話』ですよね」
「そうなのよ! なんかすごい商会を経営しているみたいなの? 王宮御用達はもちろんだし、王都のほとんどのお店と取引があるそうよ。この十一区で優先権を持っている商会の一つでもあるんですって」
コリンナの誇らしげな顔での報告に、エイヴリルはタオルを準備する手を止めて振り返った。義妹の緩み切った表情のことも何もかも置いておいて、引っかかった言葉を繰り返す。
「この十一区で優先権を持っている商会の一つ……?」
「そ。ここでは娼婦が何を買うのにも、娼館を通さないと買えないし、あれやたらと高いみたいじゃない? わかんないけど」
コリンナが物の値段をわからないのは今に始まったことではないので特に気にはならないのだが、エイヴリルが引っかかったのは『十一区で優先権を持つ商会の一つ』という言葉だった。
「他の方もその話はしていました。何を手に入れるにも、市価の三〜四倍はかかり、その差額は娼館主人が懐に入れていると」
「細かいことはわかんないけど、昨日、私ももらった時計を売りに出したのよ? そしたら、手数料とかでとんでもない額を引かれちゃったのよね。信じらんないわ」
「それは残念……というか、売りに出したのですね……」
ここへきてまだ数日だというのに、売るほど戦利品を巻き上げているコリンナは凄すぎるし、誰にも本気にならない一貫した姿勢がある意味プロなのかもしれない。
それでいて、向こうはコリンナに夢中になってしまっていることが多かった。義姉としても彼女のどこにそんな魅力が……? と首を傾げたくなることもある。
けれど、まずは話を戻したい。
その有名な商会主との出会いを聞いてしまったエイヴリルの脳裏には、ある考えが思い浮かんでいた。
(その商会主さんとの出会いを、この街を変えるきっかけとして利用できないでしょうか)
病を患っているルイーズと出会い、秘密の恋人であるレジスとの関係を知って、エイヴリルは『この十一区を変えたい』と思うようになっていた。
もちろん、この街が古くから存在しているという歴史を振り返ると、この娼館街が社会に必要なことはわかる。
ベル・アムールで働く女性は皆、美しく優しいし、決して卑屈になってなどいないし、コリンナのような動機で働く女性もどこかにいるかもしれない。
エイヴリルは十一区の存在を知ってまだ数日だ。わずかな時間しかおらず、その本質もまだわかっていないのかもしれない。手出しをしようとするのは綺麗ごとだと言われるかもしれない。
けれどそれでも、自分で働く場所を選べず、一度入ってしまったらほぼ二度と出られず、病気になってもお金がないという悪循環に絶望する女性を助けたい。
ここ最近ずっと考えていたものの、なかなか答えが出なかったその悩みの答えに、エイヴリルは目の前が急に開けたような気分だった。
(全てのヒントはコリンナが持っていたのですね……!)
エイヴリルはコリンナの手を両手で握り、目を輝かせた。
「コリンナ! 本当にありがとうございます! 道筋が見えた気がするわ……!」
「え? 何? 私のものは何一つあげないけど何言ってんの?」
「もちろん何一つもらう気はないから大丈夫です。ただ、できるだけ近いうちにその商会主を紹介していただきたいわ。もちろん、とったりはしませんから」
「当たり前でしょ? あんたには無理よ」
「そうですね……」
うっかりありえない自信を見せてしまったことを恥じると、意外なことにコリンナは頷いてみせた。
「まぁ、いいわよ、それぐらい」
「本当ですか……!」
「ええ。近いうちにお話しさせてあげる」
満面の笑みを向けられたはずが、なぜか少し背筋が寒くなってしまったのはなぜなのか。
深い意味はないと信じたいが、エイヴリルとコリンナの関係だ。どうも信頼しきれないように感じてしまうのは気のせいだろうか。
(これが日頃の行いというものなのでしょうか……!)
しかし、物事を頼む立場の自分が快く引き受けてくれたコリンナを疑うのは良くないと思う。一方、コリンナはこの話題にもうこれ以上興味がないようで、鼻歌を歌っている。表情も引き続き緩みきったままだった。
やはり何かおかしい、と思ったエイヴリルは義妹に問いかける。
「コリンナ、今日の貴族サロンの後半、その商会主の方とご一緒だったの?」
「……え? 違うわよ。ていうか、誰と一緒だったかなんてあんたに話す必要ないでしょう? ほら、私お風呂に入るから、体を洗って」
「……はい」
ほんの少し違和感を覚えながら、義妹の身の回りの世話を続けていく。緩み切った表情は見間違いなのかもしれない。
結局、コリンナの緩んだ表情は眠りにつくまで戻らなかった。





