21.
物騒な声が聞こえてエイヴリルは振り返った。声の主は着飾った婦人だった。彼女が怒りを湛えた赤い顔をして見つめる先には、まさかの義妹がいる。
(えっ⁉︎ コリンナは一体何をしているのでしょうか⁉︎)
あわあわと様子を窺えば、コリンナは二人の女性とトラブルになっているようだった。よく見ると、さっきコリンナが袖にした紳士の膝の上にいたのと同じ二人だ。
彼女たちは相当頭に血が昇っているらしく、叫ぶような声が聞こえてくる。
「何なのよ! さっきから邪魔ばかり! 客の横取りはルール違反よ!」
「そうよ! このクソ女!」
普通のパーティーやお茶会なら、すかさず誰かが止めに入るところだろう。
けれどここは常識とは対極にある場所。止める人などおらず、それどころか、周囲の野次馬から口笛や歓声が飛んでいた。
さすがのコリンナも少し焦りつつ、しかし絶対に謝らない。
「ルールなんて考えたことないんだけど?」
「はぁ? あんたもあたしらと同じ同業でしょ? こんなことされたら商売にならないのよ! ほら、罰金!」
罰金という言葉にコリンナは眉を吊り上げる。
「嫌よ! 自分に魅力がないのが悪いんじゃない。人のせいにしないでくれる?」
「はぁ?」
睨み合った三人は誰一人として引き下がらない。それどころか、一人がコリンナの肩を突き飛ばす。コリンナは一瞬よろけたものの、キッと相手を睨むと、自分がされたのよりも強い勢いで肩を押し返した。
「何すんのよ!」
「泥棒猫なんだから、地面に這いつくばってなさいよ!」
「はぁ?」
(た、大変です!)
髪を掴んでの取っ組み合いが始まってしまった。しかし、先ほどと同様に止める人間は誰もいない。少し過激な娯楽ぐらいの感覚で、皆が歓声を送り合っている。
(ここは……何なのですか⁉︎)
少し離れた場所にいたはずのフレイヤが人混みを掻き分け、駆け寄ってきて教えてくれた。
「嫌だわ。ロラさんたら、あの子にここでのルールを教えてなかったのね」
「どうやら罰金制度があるのですね?」
「そう。あの子の稼ぎなら痛くも痒くもないとは思うけど、普通の娼婦でいうお給金一ヶ月分は取られるわ」
「コリンナはお金をもらうのは好きですが、払うのはどうでしょうか⁉︎ とにかく、主催者とロラさんを呼んできましょう」
いくらなんでも、このままではコリンナが大怪我をしてしまう可能性がある。
彼女の存在を広く知ってもらい、ディランへの道筋にしようと思ってここまできたのだが、コリンナが怪我をするのはさすがに見ていられない。
誰かを呼ぶため、慌てて人でぎゅうぎゅうの部屋から外に出ようとしたエイヴリルに、フレイヤは首を振ってみせた。
「うーん。あまり期待できないと思うけど? ここはいくらでも羽目を外していい場所だもの。ルール違反を犯したところで罰金を払わされるのは彼女だし、ロラさんもさすがにそこまで力が及ばないっていうか」
「そんな」
もう一度コリンナを見る。気が強くちょっとやそっとでは怯まないコリンナだが、さすがに二対一では厳しいらしい。押されて、人混みの中をカードゲームをしている紳士が集うテーブルのあたりまで流されてしまっていた。
(私では力不足かもしれないけれど、何とか助けないと)
そう思い人だかりに近づこうとしたものの、エイヴリルも全く動けない。そんな中、コリンナはカードゲームのテーブルに着いている一人の紳士にぶつかった。
周囲の客たちは面白がって女三人のバトルのために場所をどんどん空けていったため、ここまでバトルは激化してしまったのだが、その彼はなぜか動かなかった。
しかし動かなかったのだが、彼女たちを止めるわけでもない。銀色の髪の隙間から、空色の瞳で面倒そうにコリンナを睨め付ける。
(――あれは)
この場に馴染んで悪目立ちしない黒いスーツを身につけているが、佇まいからは高貴さが隠せていない。
冷酷な視線も、エイヴリルがかつて見たそのままだった。
知り合った当初以来、全く見なくなった冷淡な表情に、あれは幻覚の類なのではと思ってしまう。
もしくは、彼の元に帰りたすぎる自分の妄想という線もあるのではないだろうか。
(あれは私にしか見えていない……幻覚ですかね?)
自分自身による妄想説を信じそうになっているエイヴリルに、それを否定する声が響いた。
「こ、公爵様⁉︎」
声の主はコリンナだった。
一応、義妹はディランとは面識がある。となるとあの紳士は見間違いではなく、本当にディランだった。こんなところで巡り会えた驚きと喜びに、エイヴリルの足は動かない。
(ディラン様……どうして)
そうしているわずかな間に、コリンナはディランに擦り寄った。
「あの、公爵様、助けてくれませんか。お礼はしますので!」
「は? なぜ私がお前を助けないといけないんだ」
媚びるようなコリンナの視線にディランは心底嫌そうな顔をし、周囲からは失笑が漏れた。そして、ディランはエイヴリルの存在に気づいていないらしく、こちらを見ることがない。
一方、コリンナはニヤリとした笑みを浮かべると、何やらディランの耳元で囁く。途端に、彼の顔色が変わった。





