20.
基本的に、エイヴリルは物事を楽観的に考える方だ。
貴族サロンに派遣されると聞いたときも、自分には不釣り合いな場所だと理解はしつつ、結局は何とかなるはずだと思っていた。名前の通り、社交に似た文化があるのではと想像し、うまく紛れられるような気がしていたのだ。
けれど、ただでさえそちら方面に疎いエイヴリルの常識に問題が起きていた。
「こ、ここは何でしょうか……⁉︎」
薄暗いサロンのような部屋には、所狭しと参加者がひしめいている。男女比は半々に見えるが、女性側の参加者の半分ほどは『ベル・アムール』のような場所から派遣されている女性なのだという。
しかし、ベル・アムールの上品なサロンとはどうも違う。
クリームたっぷりのケーキやシャンパングラスが並ぶテーブルでは、同時にカードゲームが行われていた。
雑然としたテーブルの上に硬貨と紙幣がぐちゃぐちゃと置かれ、カードの上にグラスが置かれているばかりか、ケーキのクリームまで落ちている有様だ。
部屋の中には香水と煙草の匂いが充満していて、息苦しさすら感じる。困惑を隠せず、他の場所に目を移せば、ソファで会話を楽しむ四人の紳士全員の膝の上に、四人の女性が座っていた。
子供でもないのに膝に乗せる必要があるのだろうか。そもそも重くはないのか。
いや、彼女たちのドレスは重そうだが、本体自体に重さはそんなになさそうだから大丈夫なのかも……現実逃避からそんなことを考えていると、コリンナが「ふん」と鼻で笑い、つかつかとそちらへ寄っていく。
(コ、コリンナ……⁉︎)
コリンナは臆することなく一人の紳士の前に立った。
青い、体のラインに沿うようなドレスが照明に浮かび上がり、とても美しい。目の前の紳士に微笑みかけると、彼は自分の膝に座っている女性の背中を押し、自分から離れさせた。
彼女は不満そうに悪態をついて、カードゲームが行われているテーブルへと移動して行く。
(何をする気なのでしょうか……⁉︎)
コリンナはさらに隣で膝に女性を座らせたままの紳士の胸ポケットに手を伸ばし、そこから煙草を取り出す。この段階で、その紳士の膝にいる女性も興醒めという様子で席を立った。
そんなことにはお構いなしに、コリンナは煙草を咥え、最初に膝を開けた紳士に火をねだる。煙草に火がついたところで、三人は一言二言会話を交わしている。
紳士たちの視線は品のないものに思えたが、義妹はそれ以上だ。
時計にカフスボタン、指輪にネクタイピン。「そちらはおいくらですか? え? 意外と安いのね」と聞いていても信じられるほどに、あからさまに相手を値踏みしている。
けれど、やりとりは唐突に終わった。
「またね」
ふと、そんなふうにコリンナの口が動いた気がした。その直後、先客を退かしてまで声をかけたにも関わらず、コリンナはくるりと踵を返し、紳士たちから離れてしまった。
置き去りにされた形になってしまった二人は、ぼうっとした表情のままコリンナの後ろ姿を見つめている。
(あの二人は、コリンナのお眼鏡に適わなかったということですね……! コリンナは玉の輿に乗れる相手を探してここに来ているんだもの。一晩しかないし、無駄な時間を過ごさないと決めているようです)
状況を分析しつつ思わず感心していると、エイヴリルと一緒に一部始終を見ていたロラが感嘆の声を漏らした。
「さすがだね」
「……きちんとお相手を選んでいるところがでしょうか?」
思わず問いかけると、ロラは意味深に笑った。
「それだけじゃない。あの二人の男は、間違いなくベル・アムールに来るだろうよ。いい女だと思ったのに手に入らなかった。あの悪女は、追いたくなる男の気持ちをよく理解しているね。とんでもない女だよ」
「な、なるほど……!」
心のままに生きているコリンナがそこまで計算しているとはどうしても思えないのだが、エイヴリルは感心して黙っていることにした。
コリンナの評価が上がれば上がるほど、自分も自由に動きやすくなっているのだから、あえてそれを下げる必要はない。というかやっぱりコリンナはすごいのだ。
そんなことを考えていると、ロラは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「さて、あんたはここで公爵夫人の知識を生かして、サービス向上に努めるんだったね」
「はい……」
返事をしながら、鏡張りの壁に自分の姿を映してみる。
今日のエイヴリルの見た目は誰よりも地味だ。くすんだベージュのドレスは、薄暗い部屋に入ってしまえば年上の婦人用の落ち着いた色合いと区別がつかないし、顔周りもフリルで幾分華やかになってはいる。
しかし、ここにいる多数の女性の中に混ざると見事になじんで見事な壁の華ができあがる。
このドレスはフレイヤが選んでくれたものなのだが、彼女はさすが貴族サロンに複数回参加しているだけある。エイヴリルができるだけ目立たないように、選び抜かれたドレスに違いないのだった。
また、髪型はロラの指示で決まった。
元々のピンクブロンドを隠すようにまとめた上から、肩上ストレートのブラウンのウィッグを被らされている。鏡に映った姿は心の底から別人に見えた。
仕上げはメガネ。メガネでこういう遊びの場に来るのはどう考えてもおかしい。
けれど、ベル・アムールに引き入れる客を増やすためにエイヴリルを利用しつつも彼女が公爵夫人であることを隠したいロラは、メガネをつけろと絶対に譲らなかった。
フレームのない、瓶の底のように分厚いメガネをかけてしまえば、エイヴリルの目は豆粒のように小さくなった。けれど視界は良好なので、これは変装用の特別なものなのだろう。
(地味なドレスにウィッグに謎のメガネ。ベル・アムールには何でもあるのですね)
これで、滅多なことではエイヴリル・ランチェスターとはわからない格好の完成である。金箔と鏡で彩られた、やたら派手な壁で自分の姿を確認したエイヴリルの耳元で、ロラが囁く。
「わざわざ連れてきてやったんだ。余計なことをしたら承知しないよ。こっちにはルイーズがいるんだからね」
承知しないよ、の響きで冗談などではないとわかる。しかも、先ほどに続いて二度もルイーズの名前を出されてしまった。
余り食材で病人用の食事を作っていることは見逃してもらえていたらしいが、こういう場面で人質にするためにエイヴリルを泳がせていたのだろう。
(ロラさんに何か意図があることを薄々は察していましたが……恐ろしい方ですね)
しかし、とにかくコリンナの評判とベル・アムールにやってくる客が増えるように立ち回らなければならない。
この辺りはロラと利害関係が一致しているため、知っている人に出会って助けを求めたりしなければ問題ないだろう。主催側の人間の案内でロラが部屋から出て行った後、エイヴリルは皆の動向を探る。
(コリンナ……は自由に未来の旦那様を物色しているので放っておきましょう。フレイヤさんも貴族サロンには慣れていると仰っていましたし、元々こういうところに出入りする貴族の方々のことにはお詳しいようだったので問題なさそうです。となると、他の皆様のもとへ)
ふんとやる気を出し、窓側のスペースで密着して談笑する集団を目指して歩き始めたところで。
「――あんたねえ! 殺されたいの⁉︎」





