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恋愛競走  作者: 梶原ちな
4/4

**最終話


 翌日からあたしと彼とのおいかけっこが始まった。


 たとえ近所で冷やかされようとも、クラスメイトにからかわれても我慢した。

 バカの声は、やはり聞こえていたようだ。

 あたしのプライドに火をつけたこと、後悔させてやらなくてはならない。


 朝も、休み時間も逃げ切って、放課後。

 うまく巻いて家に帰るつもりが、例のタカユキくんに見つかってしまった。


「委員長」

「なに、邪魔する気なの?」

「俺、たいちゃんにあらぬ疑いをかけられて絶交されてるの。で、仲直りしたいんだよ」


 モデルみたいにキレイな顔したタカユキくんは、どうやら泰斗の味方らしい。

 だからって、あたしだって負けるわけにはいかない。

 つかまったらどうなってしまうのか、自分にだって予測がつかないのだから。


「そこ、どけてよ」


 彼の横をすり抜けて、あたしは走り出した。

 あまりにも簡単に通りぬけられたものだから、なんだか拍子抜けしてしまった。

 彼はあたしの邪魔をしにきたんじゃないのだろうか。


「委員長、ごめんね」


 長身の彼の後ろには、泰斗の姿。

 ニヤっと笑ったヤツは両手を広げて待ち構えていた。


「ゆい! あんまり走るとパンツまる見…」

「見えるわけないでしょ! 短パンはいてんのよ!」


 そんな心理作戦で、あたしが足を緩めるとでも思ったのだろうか。

 しかもツメが甘い。


 泰斗の横には、上へ続く階段。

 あたしはヤツの手につかまる前に、階段を駆け上った。




 




 

 夕方になって、日も暮れて、それでもあたしは逃げ続けていた。


「し、っつこい!」

「待てって、いってんだろ!もう夜だぞ、夜!」

「ア、ンタが追いかけてこなかったら、もう帰ってるわよ!」


 しかし、しつこい。

 屋上に逃げ込んでも、体育館に逃げても、どこにいたってアイツはあたしを必ず見つけた。


「アンタ! なんか卑怯な手、使ってんじゃないでしょうね」

「……ご近所さんとクラスメイトが、ケータイでご協力を」

「この卑怯者!」

「てめーが観念すればいいんだよ! 俺の告白を聞いてみんな協力してくれてるんだっつの!」


 告白。


 彼の口から、あらためてその言葉を聞いて、胸が熱くなった。

 逃げることに必死で、よく考えてもいなかったけど、あたしは告白されたんだ。

 しかも、バカみたいな大声で。


「お、なに? 照れてんの?」

「そんなわけないでしょ!」


 この動悸は、走っているからで。

 この熱さは、走っているからで。

 しっかり理由付けされている。


 だけど、なのに。


「ちぇ、こんなに好きだ好きだっていってんのに」


 その言葉を聞いた足が、何も無いのに勝手につまづいた。


「え」

「あ、っぶねえ!」


 かろうじてつまづくのを回避したあたしの素晴しい運動神経だったけれど、しょせんバカはバカ。

 後ろにいたはずのヤツがあたしに手を伸ばす形で、飛び込んできた。


「だいじょうぶなの!?頭うってない?」

「いって…ぇ」


 仰向けで廊下に寝そべる彼の制服の膝部分は見事に破け、そこからすりむいたところが見えた。

 泰斗はあたしをかばおうとした。

 本当にバカだ。


 あたしが悪いのに、なんで。


「ほ、保健室! センセイ残ってないか見てくる」

「ゆい」


 保健のセンセイを呼びにいこうと、立ち上がったあたしを引き止める腕。

 あたしの手首は、がっちりと彼につかまれていた。


「つかまえたぞ、コラ」

「そんなことしてる場合じゃ」

「こんなのたいしたことねえよ」


 ニヤっと笑った彼の顔を見て、なんだか体の力が抜けたのを感じた。

 本気でうれしそうな顔しているものだから、どうしたらいいかわからないじゃない。


 ぺたりと床に座り込んで、彼の顔をのぞき見る。


「好きだよ」

「っ、好き好き言わないで。はずかしいから」

「しかたねーじゃん。好きなものはさ」


 熱い。

 胸も、顔も、つかまれた手も。


 走っているせいじゃない。

 そんなのとっくにわかっていた。


 乱される。

 冷静なはずのあたしが、コイツの言葉ひとつに振り回される。


「好きだよ。結依のことが」

「も、わかったから」

「わかってない。俺がこんなに好きなこと、お前は理解してねえよ」


 バカだバカだと思っていた。


 あたしは彼より優位にあって、そんな風に見られているだなんて思いもよらなかったのだ。

 まったく、どっちが子どもなのかわかったものじゃない。


 あたしは、このプライドばかりにこだわって彼が成長していることに気がつかなかった。

 彼だってもう子どもじゃない。

 あたしを強くつかんだ手がそれを証明している。


「……子どもだと思ってたのに、ナマイキ」


 彼の胸にアタマをのせた。

 顔が熱くて、たまらない。


 もう、あたしの負け。

 見事につかまえられてしまった。


「もう子どもじゃねえよ。だから、結依には負けない」

「アンタに負ける日がくるなんて思わなかったわよ」


 熱を持った手は、いつまでも離してもらえなくて。


「好きだよ」


 繰り返される言葉。

 負けっぱなしじゃ、あたしのプライドがすたる。


「そ、そこまで言うなら、あたしをその気にさせてみなさいよ」


 あたしはつないだままの手に、熱をこめて握り返した。


「まかしとけ」


 ヤツの返事に思わずかたむきそうになったことは、絶対に言えない。




 「おとーさん、おかーさん! ご協力ありがとうございました!」

 「ちょ、ウチの親までまきこんでたの!?」

 「ご近所のよしみってやつだよ」


 ニヤっと笑う彼に、今度こそ本当に負けたとあたしはうなだれたのだった。






読んでくださって、ありがとうございました。

ご感想いただければ幸いです。

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