4
「お? イオンじゃねぇか。こんなとこで何してんだお前」
唐突に後ろから声をかけられた。聞き馴染みのあり過ぎるその声の主の方へ振り返れば、ウサギの仮面を付けた茶髪の男性がいた。
「ビットさんじゃん。こんちはー」
「一人でふらついてるなんて珍しいじゃねぇか。」
「ビットさんこそ。朝市はもう終わったんじゃないの?」
「この前修理に出してた包丁取りに行ってたんだよ。昼まだならウチで食ってくか?」
「え、いいの?! やったー!」
ビットはこの街で『ウサギのなごみ亭』という店をやっている元冒険者である。数年前に亡くなった祖父母の店を改装して、昼は食堂、夜はバーを経営している。本人的にはお店はバーがメインらしいが、客層的にどうしても雰囲気あるスマートなバーテンダーではなく、気のいい居酒屋の店主と化している。
アタシにとっては小さい頃からずっと構ってくれるお兄ちゃんでもあり、料理の先生でもある。
「あっ……でもごめん……アタシ母さんに用があってこっち来たんだけど、今はそれどころじゃなくて……えっと……」
「長くなるなら歩きながらでもいいか?」
『食事は大事ですよ! 今の私が言っても説得力はありませんが』
ビットと人妻さんの言葉に甘えて一旦探索中止。アタシはここまでの経緯をビットに聞かせながら、共にビットの店まで歩いた。彼の店は人妻さんが指し示す方向とは少し離れた場所にある。こればっかりは人妻さんの旦那さんが変異どっか行かないことを祈るしかない。『彼はこの街から出ない』と人妻さんは言うが、どこまで信じられるのかがまだ謎。
「だいたいわかった。……いや、わかんねぇこともあるが、まぁ……人探しはいいけどよ? 食える時に食っとけ。ヘデラさんには一緒に謝ってやる。人妻さん? も悪いな」
ビットはアタシの近くにいるであろう人妻さんに謝った。彼も私と同じく霊魂を切る事はできないし、もちろん声も聞こえていないみたいだった。
「『人妻さん』ってどんな名前だよ」とぶつくさ言ってるが、おおよそは言えたと思う。流石に、教会まで一緒に来ていたお姉さんが実は過去の人! だなんて言えないので、少し誤魔化したが。
そうこうしてビットの店まで着いた。見慣れている店内の奥でスタッフの女性と三人の男性が何やら話していたのか、扉を開けるとともにカランコロンと軽快に鳴ったのを聞いてかちらに振り返った。
「あ! 店長!」
スタッフの女性……ミカが不安から解放されたのか安心しきった顔をした。
「ミカちゃんと…………三馬鹿じゃねぇか。何してんだ?」
三馬鹿と呼ばれた内の一人、ガレットが最初に口を開いた。
「あん? 誰が三馬鹿だ。バカはニックだけだ」
「あ! ひでぇ!」
ニックと呼ばれ指を刺された青年がわざとらしく抗議する。その横でもう一人……ジールがガレットに同意するように首を縦に振った。
「店の前でお爺さんが倒れてて……困ってたところをガレットさん達が店の中まで運んでくれて。まだ目を覚さないんです」
そう言ってミカはそのお爺さんに視線を向けた。入り口からでは分からなかったが、室内の角にある長椅子に横にされていた。
不思議と、花畑で出会ったお姉さんと同じく、母の匂いを感じた。
「深く眠ってるだけだ。冒険者か傭兵ってとこだろう。この爺さんが持ってた荷物と武器はそっちに置いといた。飯の匂いでも嗅がせりゃお金じゃねぇのか?」
そう言ってガレットは席に着き、なんか出せとでも言うふうにビットを見やった。
「…………はぁ。ミカちゃん助けてくれたんならしゃーないか‥…まぁ元々なんか作る気だったしな」
「お前らもか?」と聞けばジールとニックも頷いてガレットと同じテーブルの席へ着いた。ミカはアタシとカウンター席。
「全員か…………オムレツでいいか? いいな」
みんなが答える前に決定された。
「オムレツ?! アタシ横で見てていい?」
「おう。ならそのまま手伝え」
「わかった!」
アタシの感じたものは、オムレツの前に消えた。
お爺さんが目を覚ましたのは全員分の料理が出来上がった頃だった。
「お? やっと動いたか。腹は減ってるか?」
「お水です。どうぞ」
ガレットがいち早く声をかけ、その間にミカ席から立ちお爺さんへ水を差し出した。
さすがミカちゃん。早い。
「ここは……」
「俺の店の前に倒れてて、この子とコイツらがあんたをここに運んだんだとよ」
ビットがガレット達のテーブルにオムレツを運びながら言った。
「そうか……ありがとう」
お爺さんは礼を言って水を受け取り一口飲み、店内を見まわした。突然ハッとした顔をしてお爺さんはミカに聞いた。
「ワシの他に誰かおらんかったか?!」
ミカは驚きつつも首を横にふり、ガレット達も「いたか?」「いんや?」と小声で言っていた。
「……あんた以外には見ていない」
ジークはそう言い切った。それに他の三人も同意する。お爺さんは残念そうに「そうか」と呟いた。
「ワシと同じく『穴』に巻き込まれたかもと思ったが…………金髪の魔女と灰色の髪をした青年なんじゃが……」
金髪の魔女
お爺さんは確かにそう言った。嫌な予感がした。
「………………その魔女って、大きな三角帽に使い古されたような杖を持ってて、マントで体を隠した闇属性の魔法を使うお姉さんだったりする……?」
アタシとお爺さん、それと道中で話を聞いていたビット以外は何の事かと私を見た。
「おお、多分ゃそうじゃ! あやつは何かとあの子にお姉さん風を吹かしておったしの。何じゃやはり巻き込まれておったか!」
アタシは衝動的に頭を抱えしゃがんた。ミカが「大丈夫?」と水を差し出してくれたがそれどころではなかった。
最後に確認したいことがあり、すぐさま視線をお爺さんに向けた。
「…………お爺さんの名前って、『カビオス』……だったりしますか?」
「そうじゃが……何じゃ。あやつから聞いておったのか」
「あぁ……」
多分アタシの尾は、アタシの口から絞り出た音よりも盛大に床を叩いて音を出しただろう。
オムレツに負けていたアタシの感覚が、母の匂いを感じた感覚は間違っていなかった。
私には『今』がない




