6. 奇縁
「さあ、訓練を始めるぞ!」
翌日、私とゼロはルカ師匠とロキシアの訓練を見てみることにした。
まずはルカ師匠の指導がどんなものかを知らないとね。
「今日もよろしくお願いします……」
ロキシアは黒き刃を生み出す。
彼女曰く、【救いの刃】。危ないから触っちゃだめだよーと言われた。この世に存在する大体のものは斬れてしまうらしい。こわいね。
訓練で使うのもどうかと思うけど……相手が魔族の時以外使わないらしい。つまりルカ師匠は魔族ということ。
「かかってこい!」
「はい!」
彼女は勢いよく足を運ぶ。
速い。速度はかなり優れている。魔導士の私では、とてもじゃないが目で追い切れない。ゼロはしっかりと剣筋を観察しているようだ。
大上段から振り下ろしたかと思うと、刃を軽く離し、斬り返してさらに突く。帝国流の剣術か。
ルカ師匠は彼女の猛攻を腕組みしながら躱している。
「フハハハハッ! 疾風が如き剣閃、万魔を斬り裂く斬撃! まさに英雄にも迫る、封じられし業前と言えよう! しかし……」
彼の姿がブレる。昨日のイージアのような動きだ。
刹那、ロキシアは後方へ大きく吹き飛んでいたのだ。
ルカ師匠も、イージアも、あの『ブレ』は単純な攻撃なのである。あまりに速くて見切れないだけで、通常の攻撃。
私が驚いたのはロキシアの動きだ。
彼女は刃を正眼に構えて、何かを受け止めた動きをしていた。ルカ師匠の剛速球を、彼女はしっかりと受け止めたのだ。そりゃ長い間訓練してもらってるんだから、ある程度の予測はできそうだけど……勘だけじゃ達人の攻撃は防げない。ゼロだったら呆気なく吹き飛ばされていただろう。
彼女は再び肉薄する。地を蹴って、ルカ師匠の左方へ。
孤を描くように加速している。曲線状に動いているのに、彼女のスピードは上がり続けている。風圧を身体強化でコントロールして速度を減衰させていないのだ。
「はぁ!」
先の数倍の速度で斬撃が放たれる。私が捉えたのは僅かな残像のみ。
振り抜かれた剣はルカ師匠の体勢を僅かに崩す。だが、師匠は崩れた体勢から回し蹴りを放ってロキシアの刃を吹き飛ばした。強い人はリカバリーも上手い。
「破壊力、速度、申し分ない! しかし、深淵に至るには何かが欠落している……何か分かるか?」
「え、ええっと……戦略?」
「いや、違うな。貴様は十分な叡智を持ち、そして真実を見据える心眼を持つ! ロキシア! 貴様は家に虫が入って来たらどうする!?」
「虫……ですか? 窓から外に逃がします」
「甘いッ! 叩き潰すのだ! かわいそうだが、この世は弱肉強食! ただし、どうしても逃がしたい場合は逃がしてもいいものとする!」
「は、はぁ……」
ロキシアは困惑している。私もしてる。
師匠は何が言いたいのだろうか。ルカ語はよく分からないよ。
遠巻きに眺めているイージアが、うんうんと頷いている。ルカ語履修者ですか?
「さあ、虫を潰す覚悟で来い! もう一手!」
~・~・~
午前中に訓練を終えて、ロキシア達は広場から去る。
イージアは遠巻きにロキシアの訓練を眺めていたが、かなりの実力者だと悟った。流石は『黎触の刃』を継ぐ者と言ったところか。ラーヤの子孫に思いがけない場所で出会えた彼は、少し心が高揚していた。
「貴様がイージアか。昨日は挨拶ができなかったな。我はルカ。これからよろしく頼むぞ」
訓練を終えたルカがイージアに歩み寄る。
こうして二人で顔を合わすのは、ルカにとっては初めてであった。
「私はイージア。よろしくお願いします」
「しかし、『鳴帝』か……よい響きだ……」
ルカが恍惚とした表情で中二ワードへ目を輝かせる。
『鳴』は、おそらくイージアの【調律共振】に由来しているのだろう。しかし、『帝』がどこから来たのかは不明。いつしか人々がそう呼んでいただけのこと。
「貴様は八重戦聖だったな。我は八重戦聖の『破滅』。同胞よ、共に未来ある戦士たちを導こうではないか!」
「……なるほど、ルカさんは『破滅』でしたか。八重戦聖の誰かだとは思っていましたが」
つまり、イージアは幼少期から八重戦聖の師を持っていたことになる。
今の自分があるのも彼のお陰だろう。自分は恵まれた存在なのだと、改めて認識した。
災厄アルスの世界線では戦神の指導が大きな礎となり、槍を主武器としたが……彼の教えが肝要な基礎となったことに変わりはない。
「さて、イージアよ。時に同じ八重戦聖として……どちらが強いのか確かめてみたくはないか?」
「…………」
たしかに、イージアとしても今の自分がどれだけ抗えるのか……確かめてみたい。しかし、彼はルカの誘いを受けようとは思わなかった。
「それは勿論。しかし、今は手合せしてみるつもりはありません。私には為すべきことがあって、それを果たすまでは……」
「そうか。為すべきことがあるのならば、こうして師を頼んだのも迷惑であったか?」
「いえ……今はまだ、探しものが見つかっていないのです。必ず見つけ出すつもりですが、闇雲に探しても見つからない。機が熟すのを待つしかない状況ですから、問題はありません」
「ふむ。我に力になれることがあれば言ってくれ。どうやら貴様は……底知れぬ憎悪を抱えているらしいからな」
ルカの言葉にイージアは顔を上げた。
「殺意が漏れていたぞ。その為すべきことは後ろ暗いものなのだろう」
「……すみません。遥か昔のことですが、未だに忘れられないもので」
「いや、良いのだ。それほど貴様は過去を大切にしていたということ。抱える殺意を忘れることの方が問題だ。激情は原動力となる」
「はい。ありがとうございます」
ルカに諭され、イージアは安息を感じる。
昔は煩わしく思っていたものだが、久々に話すと心地良い。
「……フェルンネの奴はどうした? 奴も光の導師に我が選定した筈だが」
「島を調べると言って出て行きました。邪気を感じるとか」
龍島は強力な魔物が発生する地。
循環邪気が多く集まる地であるので、彼女は生態の調査に出かけたようだ。
「ああ……ここは滅龍の遺骸が眠る地だからな」
「セェノムクァルですね。死して数百年経ってなお影響を与えるとは……」
「ほう、彼の龍を知っているのか。遺骸は深海に沈んでいるが……触れるなよ。彼の骨は、暗黒に包まれ、ひとたび触れば貴様の魂を蝕むだろう。邪悪なる波動が暴走し……」
ルカの言葉を聞き流しながら、イージアは過去を思い出した。
過去へ来る前のことで、騎士にならなかった世界線のアルスの思い出だ。たしかエンミルルのバカンスへ行った際、ユリーチに巨大な骨を触って驚かれた覚えがある。あれは滅龍の遺骸を触っても何ともなかったから驚かれていたのかと……今更になってイージアは気付く。
「……奇妙な縁だな」
島を探索するフェルンネを思い起こし、彼は呟いた。




