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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
サウスガルム編Ⅱ 時代の歯車
78/90

78.不死の命を得た異形の賢者

 ヴェインはエイジの荷物を取りに部屋を出てから、十分と経たずに戻ってきた。


「ほらよ、このよくわかんねぇ表紙の本だろ?」

「ご苦労じゃった。ジゼルに読んでみてもらおうかの」


 ドルヤガの町でエイジが商人から貰った謎の本。貰ったエイジ本人も、レンティアもロイもそしてフォウすらも解読できなかった古代フィスタ語で書かれたその本を、ジゼルが受け取る。

 ジゼルは本の表紙を一目見て、何やら驚いたような、動揺しているような表情を浮かべた。


「これは……」

「どうじゃ。おぬしがノースガルムで触れた石板が本当に原版(ブランク)ならば、その図形の集合体に見える文字が読めるはずじゃが」

「……ああ。確かに読める」

「本当かジゼル。何が書いてあるんだ」


 ジゼル以外の全員はその本の表紙を見ても、どうとも読むことが出来ない。ただ意味不明な図形がバラバラに描かれているようにしか見えないのだ。

 しかしそれが読めてしまうジゼルは、ゆっくりと表紙を指でなぞりながらタイトルを読み上げる。


「……不死の、命を得た……異形の賢者。……と書いてある」

「不死の命……?」

「なんだァそりゃ? お伽噺かなんかの類じゃねぇのか」

「古代フィスタ語で書かれているということは間違いなく古代の民が書いた物じゃ。フィスタ語は解読出来ても筆記は絶対に出来ん。ただの空想話が記されているわけはなかろう」


 ジゼルは疎ましそうに眉間に皺を寄せながら、本の表紙をめくってみせる。

 周りで見守る三人にはやはり表紙と同じく中に何が書いてあるのかさっぱりわからないが、原版(ブランク)に触れているジゼルはその中身が理解できた。

 何が記されているかというのはもちろんだが、そのあまりの密度の高さをも理解できたのだ。


「っ……! 何だこれは……!」

「ジゼル、読めるなら何が書いてあるか教えてくれないか」

「読める……確かに読めるが、この本に書いてある内容は膨大だぞ」

「どういうことじゃ」

「お前たちにはこれが、ただの一ページに書かれた図形に見えるのかもしれないが……私にはこの一ページで、数百ページ分の文章に見える」

「……ふむ。やはり常識に当てはまらぬ言語であったか」


 ジゼルはぱたんと本を閉じて、皺の寄った眉間に指を当てる。

 ただ一ページを見ただけでかなりの負担だったらしく、彼女の顔色は見るからに悪くなっていた。

 エイジもフォウも『不死の命を得た異形の賢者』というタイトルの本に一体なにが記されているのか気がかりだったが、ジゼルの消耗を認めるとすぐに彼女の体調を考慮して、ここでの解読を諦めた。


「不死の命やら異形やらと、恐らくその本には現界転生(アルターロット)に近しい内容が記されておるじゃろう。時間のあるときに少しずつ読めばよい」

「そうさせてもらおう……何にせよ我々が今やるべきことは、来るべき遊星限定に備えることだ」

「……四王同士の争い、か」


 かすかに殺気を放つエイジ。彼の肩に手を置いていたフォウが、なだめるようにそれを叩く。

 遊星限定と呼ばれる四王同士の争いが始まれば、当然だがこの地に四王が集まることになる。全ての四王が集まるとは限らないが、状況から考えて二体は確実に来る。

 もともとサウスガルムの地に君臨している南の四王と、そこへ攻め込もうとしている東の四王。エイジが復讐を考えている四王の半分が、こちらから出向かずとも向こうからやってきてくれるのだ。

 迎え撃ってやるというエイジの意志は、その場にいる全員に伝わるほどのものだった。


「しかしジゼル。おぬしの話を聞く限り四王は、もともと騎士……おぬしの部下や同胞だったのじゃろう?」

「その通りだが、それがどうかしたか」


 ジゼルの声は冷たい。

 まるで何の感情も込めていないように、そう聞こえる(・・・・・・)


「見上げた精神じゃのぉ。普通の人間ならば、そう簡単に割り切れるものではなかろうに」

「……『簡単』に割り切る? 勘違いするな白き竜よ。我々がノースガルムで苦汁を味わってから、もう三年も経っているんだ。腸を断つには十分すぎるほど悩み考えている」


 そのジゼルの言葉は、エイジにとって二重の意味を持って聞こえた。

 十分すぎるほど悩み考えたという言葉が、十分すぎるほどに苦しんだと、そう聞こえたのだ。

 ジゼルの境遇と自分の境遇は似ているのだと、エイジは思った。

 エイジも丁度三年前にこの世界にやってきて、そして愛する人を竜に殺された。それからというものの、復讐に身を燃やしながら苦しみ戦い抜いてきたのだ。

 三年間もあれば、人は意志を強固なものにできるとエイジは身をもって経験している。

 しかしそれでも、人の意志というものは脆い箇所があるのだと、フォウは知っている。

 フォウが浮かべた微笑みは何か意味深なものに見えた。


「まぁわしらにとっては、おぬしらの事情などあってないようなものじゃからの。気を置いても文句はなかろう?」

「悪しき竜を滅ぼす手伝いをしてくれるのならばそれだけでいい。こちらの復讐はこちらで決着をつけるつもりだからな」

「……じゃと」


 フォウは半分瞼を下ろしながらエイジの顔を覗き込んだ。

 まるで今の話はエイジに聞かせるためのものだったと言わんばかりに。

 流石のエイジも、フォウが僅かばかりの気を遣ってくれたのだと理解していた。


「ああ、わかった。四王がもともとなんであれ、俺は俺の復讐のために奴らを殺す」

「はぁ~、しかし肩が重くなる話じゃったのぉ。レンティアやロイに聞かせるときはもう少しかいつまんだ方がよいのではないか?」

「……そうだな。少し長くなってしまった。お前たちは自由に休んでもらって構わない」

「わしは腹が減ったのじゃが」

「食料なら下の部屋に貯蔵してあるぜ。俺も腹ァ減ってきたから今から案内してやるよ」


 そう言ってフォウとヴェインは部屋を出ていく。

 エイジも自分の武器が置いてある部屋を探すために、その後についていった。


 四王同士の争い、遊星限定。

 果たして本当に、四王たちは互いの領地を奪い合うために争うのだろうか。

 そして、ザナド帝国の皇帝バルベルトが目論んでいた、人間を滅ぼして自分が神になるという目的は、果たして実現できるものなのだろうか。

 古代フィスタ人が残した、現界転生(アルターロット)のような不可思議な儀式は、それと関係があるのだろうか。


 疑問は潰えない。しかし。

 復讐の歯車は、じわりと噛みあい始めていく。

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