77.四王の正体
「――事の顛末は、粗方こういう事だ」
ジゼルの過去をじっと聞いていたエイジの顔は、ひどく強張っていた。
彼の隣で自身の髪を指先に絡めて遊んでいたフォウは反対に、特に表情を硬くしているようには見えない。しかし、それは随分と不服そうな表情に見えた。
「戦争終結の半年ほど前……つまり、今から三年ほど前だ。私たちがノースガルムで知った真実、事の概は話した通りだ」
「……動揺して『信じられない』などと言えば、お前たちの過去を踏みにじることになるな」
「エイジ、君はよもや心の動揺を理由に、目を背ける輩ではないだろう」
ジゼルの言う通り、エイジは話の内容を否定し逃避するつもりは無い。しかし、心がひどく動揺しているのも事実だった。
エイジにしてみれば今までは、悪とは竜で、敵とは竜だった。滅ぼすべきは竜であり、憎しむべきも竜だけだと。そこに謀略や作為など何もなく、ただ意味もなく存在する敵をただ感情のままに殺すだけだと。
しかし、深層の真実は違った。
「ジゼルよ。長々と話を聞いておったがつまり何だ、四王が現れたのも、戦争が竜の勝利で幕を引いたのも、全て騎士団が裏で糸を引いていたということか?」
「そう理解してもらうために話した。戦争中、一体いつからかは分からないが……ゲオルク騎士団は腐敗し、そして我々人間を裏切ったんだ」
「そして……人間を竜に転生させていたと、言うんじゃな」
そうエイジにとって、一番驚愕的な事実はそこだった。
人間を竜に転生させる儀式、現界転生。過去のジゼルと同じくエイジは信じられない気持ちをどうしても感じていた。
その信じられないという気持ちは、何も事実を否定したいという気持ちではない。実際にそのような儀式があるということは受け入れるしかない。だが自身が今まで殺してきた数多の竜が、元は人間だったかもしれないという現実にどうしても嫌な感覚が生じてしまう。
恐らく全てがそうであったわけではないだろう。エイジはそう思う。
竜は何十年も、何百年も前からフォウ・ク・ピードに存在していたのだ。それも変わらぬ事実。そうなれば、現界転生を受けた元人間の竜ばかりを殺していたとも限らないはず。
それでも、一匹たりとも殺していないとも言い切れない。
竜は竜だ。元が何であろうが、憎むべき対象に変わりはないだろう。エイジは自分自身にそう言い聞かせていた。
「現界転生は間違いなく存在する儀式だ。この眼で……いや、この身体で実際に体験したのだからな」
「そうだ。お前たちはどうなったんだ、その……アレハンドロという騎士に連れていかれたあとに。今ここに居るということは……」
「私とシュリアは、一度あの洞窟で死んだ。そして現界転生を受けたのだ」
「……!!」
そのとき同じような疑問を、エイジとフォウは同じく思い浮かべた。
エイジがその疑問を口にする前に、フォウが怪訝な表情でジゼルに問いかける。
「現界転生を受ければ竜になると、おぬしがそう言ったじゃろうに。おぬしは人間ではないか」
「……アレハンドロの言っていた、もう一つの突然変異と言うのが私のようなモノのことなのだろう。どういう訳かは詳しくわからんが、私は人間の姿を保ったまま転生した」
「どういう訳かわからない? 洞窟で現界転生を受けたあと、一体お前たちはどうしたというんだ」
「正確に言えば現界転生を受けたかどうかもわからない。気を失っていた、というか死んでいたのだからな。まぁこうして生きているのだから、儀式を受けたとしか考えられん。……目を覚ましたとき、既に私とシュリア以外誰も洞窟に居なかった」
「そのあとは隊長もシュリアも、セルギウスグラードに戻ってきたンだよ。完全に壊滅した砦にな。運よく俺たちレッドチョーカーは生き残ったが、それ以外は全員死んだよ」
ジゼルとヴェインは心なしか少し俯いている。過去の苦しみを口に出して話したジゼルはもちろん、それを聞いて思い出していたヴェインも並々ならぬ気持であっただろう。
「まぁ、おぬしらが人間だろうが竜だろうがわしにはどうでもよい。わしが一番気になっておるのは、おぬし以外の現界転生を受けた騎士どもじゃ」
「ああ。これも憶測に過ぎないが、アレハンドロが言っていたことを考えると……四王はあの場にいた四人の騎士が転生した存在だろう」
「……本当に、ふざけた話だ」
エイジは眉間に皺を寄せながら首筋に手を当ててうなじを揉んだ。
彼が復讐のために目標としている、四体の竜の王。四王を殺すことが竜の全滅に繋がるとフォウに教えられて、今まで四王を殺すことを目標にしてきた。
四王は各地方をその強大な力で治めている。それぞれが統治する地方の竜は四王の存在によって力を増幅させ、そして四王もまた、竜たちから力を得ている。そう言った相互強化の関係にあるのだ。
夥しい数の竜を殺していくよりも四王を直接叩いた方が近道だと、そうフォウに言われて四王を殺す旅に出た。それが、四王が元人間だとジゼルに聞かされた。
竜を殺すつもりがもともと人間だった者を殺そうとしていることがわかり、エイジはため息を吐いた。
「……エイジ、おぬし今どう思っておる。正直に話してみせい」
「混乱している。ジゼルが話してくれたのは、いまこの世界がどうしてこうなっているのか、その仕組みみたいなものの話だ。戦争に人間が負けたのは騎士団と、その『上』の所為、つまり国のトップが原因だと言うんだろ。それに加えて、人間が竜になる儀式の話……正直、理解が追いついていないせいで、どうもこうも思えん」
「ふむ……確かに規模の大きい話ではあるの。じゃが話してくれたおかげで色々とわかってきた。ともかく人も竜も、騎士団の『上』に翻弄されておったというわけじゃな」
「ああそうだ。現界転生なる理解を越えた儀式を利用して、奴らは世界中を巻き込んだ」
「理解を越えた儀式、のぉ……ジゼルよ、そりゃあ遥か過去に生み出されたモノかも知れんぞ」
「どういう意味だ?」
フォウは席を立ち、エイジの傍へと近づきながら続ける。
「竜の棲み処となっておった洞窟にあった石板……そりゃ恐らく古代フィスタ人の残した原版じゃ」
「原版……?」
その言葉にエイジは聞き覚えがあった。
以前、ドルヤガの町でフォウから聞いた話に出てきた単語だとすぐに思い出す。
ジゼルとヴェインはそれを聞いても全く合点がいっていないようだった。
フォウはエイジの肩に手を置いて、にやりと微笑む。
「まぁ簡単に言えば、古代の言語を解読するために必要な辞書のようなものじゃ。おぬしが触れた石板が本当に原版ならば、エイジの持っておったあの本も読めるじゃろ」
「あの本か。……俺の荷物はどこに置いてあるんだ、ジゼル」
「あァ、てめぇらの荷物ならまとめて一つの部屋に置いてあるぜ。今持ってきてやるから待ってろ」
ヴェインはそう言って席を立ち部屋を出ていく。その後ろ姿を見送りながらエイジはふと考えていた。
自分はただ、竜に殺された大切な人の為に旅を始めた。彼女を弔うために竜を全滅させると決め、ただそれだけを考えて今まで生きてきたと。自分と彼女の二人だけの狭い世界で戦っていたのだと。
しかし顔を上げて見れば、世界は大きく揺らいでいた。
皇帝と騎士団が中心となり竜に加担し、人間を脅かしていたという真実を知った。
四王が生まれたのは、その裏切者たちの所為。
つまりエイジの愛する人が殺されたのも、元を辿ればその裏切が元凶となる。
四王が生まれて贄の暦などという制度が出来なかったら、こんなことにはならなかった。
愛する人の命を奪う最後の一手を行ったのは間違いなく竜。だが、最初の一歩を踏み出したのは皇帝たち。
復讐の天秤がどちらに傾くのか、エイジはまだ測りかねていた。
「……ジゼル。お前の過去を聞いた上で、もう一度質問したい」
「なんだ。何でも訊いてくれていいぞ」
「お前たちの目的は何だ」
再度投げかけられるエイジの問いに、ジゼルははっきりと答えを返した。
「私たちの最たる目的は騎士団への復讐だ。奴らが企てている計画を全て潰すその為にも、悪しき竜は抹殺する」
その時ジゼルの瞳の奥には、暗く深い闇が宿っていた。




