69.テイク・ザ・ホワイトフィールド
「――あの洞窟は何なんだ?」
私は地下室で座り込んでいるジュリアにそう尋ねた。
竜の棲み処でもあった洞窟から帰ってきて、ろくに暖も取らずにここに直行したために私の身体はまだ冷え切っている。かじかんだ指を折って開いてを繰り返しながら、私はジュリアの返答をじっと待った。
私に問いかけられたジュリアは訝し気な表情を浮かべている。
そうまるで、何の話か全く理解していないといった風に。
「何だ、とはどういう意味でしょうカ」
「そのままの意味だ。あの洞窟は、自然に出来たものじゃない……いや、それだと少し語弊があるな。人間が入り込み、手を加えた形跡があった」
「……なるほど、つまりはワタシたち竜が棲み処にする前、何だったのかという事を知りたいのですネ」
「そうだ」
折りたたまれたジュリアの膝の上には、目を伏せた安らかなミオの頭が乗っている。ジュリアが小さな生き物を触るような手つきでそっとミオの黒髪を撫でると、彼女の両手首に嵌められた鎖が擦れて冷たい音を立てた。
「ワタシたちも、あそこがもともと何だったのかは知りませン」
「知らない? 知らないのに、わざわざあそこに棲み処を作ったのというか? 道理に合わんな」
「貴女の考える道理がどんなものか知りませんが、あの洞窟を棲み処にした理由などありません。大きさも広さも丁度良かったので棲みついただけでス」
「――ではあの石板や! 壁に彫られた石像は何なんだ!」
私はつい語勢を強めてしまった。
あの洞窟が何だったのか知りたいのに、その答えはジュリアの口から語られない。あの洞窟に棲みついていた竜だというのに。
得体の知れない洞窟に棲みついていたというのか。本当に何の理由も無く?
得体の知れないモノは嫌いだ。答えの出ない問いは大嫌いだ。苛々する。
「……あまり声を大きくしないで下さイ。ミオが目を覚ましてしまいます」
「……答えてくれ」
「大きな石板や、石像があったのはワタシも知っていまス。ですが……あれらが何なのかは知りません」
「お前たちの儀式――現界転生に関係するものじゃあないのか」
「違いまス。現界転生に必要なのはニンゲンの死体だけですから」
あくまであの洞窟にあったものは、遠い過去に人間が作り上げたもので竜や現界転生には何の関係も無いと言うのか。煮え切らないな。
特に気になるのは、私が手を触れた途端に音を上げ光り出したあの石板だ。――どういう物質で、どういう仕組みなのか、そしてどういった意味があるのか。疑問ばかりが頭の奥で響く。
「――――!!」
「――――!」
地下室の外――階段の上の方から、何やら騒がしい声が聴こえ始めた。
妙に慌ただしい物音と、何人もの声が混ざって細かくは聞き取れない。何かがあったのだろうか、私は自然と身体を階段の方へ向けていた。
これ以上、あの洞窟についてジュリアに尋ねても有益な情報はもたらされないだろう。私はジュリアにわずかながらの感謝を目くばせで伝えて、急ぎ階段を駆け上がった。
「――何だ、何があった」
「あぁ、スカーレット殿! 敵襲です! 竜の大群が北西の方角から砦に向かって来ているんです!!」
「……面倒な時にやってくる」
竜が迫っていると聞いた私は、すぐさま走り砦の屋上を目指した。敵の数と距離をこの目で確かめるために。
まばらに右往左往している騎士達とすれ違いながら、私は頭の奥で響いていた数々の疑問を隅へ隅へと追いやった。雑念を全て振り払い、屋上へ続く階段を上り終わる頃には完全に頭の切り替えが済んでいた。
屋上では煙草の煙をくゆらせながら、ウェッジが双眼鏡を覗き込んでいた。ウェッジは口端を下げてしきりに握った拳を上下に振っている。きっといつものようにサイコロを手の中で転がしているのだろう。
「ウェッジ、どうだ様子は」
「その声は隊長か。どうもこうもねぇな、ありゃ奴ら結構本気だぜ」
ウェッジは双眼鏡を下げ、噛み締めていた煙草を吐き捨てて靴の底で踏みにじる。
その表情には珍しく余裕が無く、私もより一層気を引き締めた。
「今までみたいな小競り合いじゃ済みそうにねぇ。数は五十以上、馬鹿でけぇのもちらほらいやがる。向こうに先手を取られちまったな」
「向こうから絶え間なくやってくるならある意味好都合だがな」
こちらから出向かずとも向こうからやってくるならそれもいい。殲滅とまではいかずとも、ある程度数を減らすことができれば竜も焦りを見せるだろう。そうなれば、きっと奴も、碧竜も姿を現す。
一番避けたいのは、中途半端な襲撃で終わらせられることだ。こちらは消耗し、しかし竜の総数はさほど減らないとなれば、骨折り損だ。
私はこれから起きる戦闘についてそう心配はしていなかった。
幸いにもいま砦には騎士が一人も欠けることなく揃っている。セルゲイ達も、私たちレッドチョーカーもだ。
たかが竜獣と上位種の混合群なら五十だろうが百だろうが撃滅させることができる。
「とはいえ、激戦は覚悟しておいた方がいいだろう。少し長引きそうだ」
「髭の大将から伝言があるぜ隊長。レッドチョーカーは最前線で死んでこいってよ」
「セルゲイには悪いが死ぬつもりは無いな。……ワーロックはもう飛ばしたのか?」
「昨日の夜に。はやく行けよ、ヴェインやシュリアがうずうずして待ってるぜ」
もちろんだがウェッジはここから動くつもりが無い。いつものことだ。
私はそれを咎めようとは思わない。正直なところ、前線にこいつを連れて行っても足手まといがいいところだからな。
砦より遥か向こうに見える竜の影を見渡しながら、私は自分の装備を確認する。
洞窟へ偵察に行ったすぐあとということもあり、準備は整っている。ただ一つ問題があるとすれば、身体が冷えてしまっていることだな。戦闘中に支障が出ないよう、今の内からよく動かしておかなければ。
「幸運を隊長。賽の目は最高だ、きっと上手くいくぜ」
「当たり前だ」
髪を翻し私は階段を駆け下りていく。恐らくウェッジの言った通り、他のメンバーは既に門前に集合している事だろう。
道中でセルゲイとすれ違ったが、彼はいかつい表情でにっこりと笑って見せた。お世辞にもいい笑顔とは言えない、むしろこっちが苦笑いしたくなるようなものだった。だがセルゲイが笑った意味はしっかりと伝わっている。あれは全幅の信頼だ。
私たちに前線を任せてくれたのも、私たちを信用しているからこそだろう。
私もその信頼に応えるように、少し口角を上げて微笑ませてもらった。短い間の出来事で、セルゲイに伝わったかはわからないが。
「――待たせたな」
「遅いぜ隊長ォ、待ちくたびれちまった」
「自分たちの準備は完了してます!」
「……いつでも」
「が、頑張りましょう!」
レッドチョーカーが全員――ウェッジを除いた全員が集合し、セルギウスグラードの正面門が仰々しく開かれる。
ここから走り、竜との接触は早くて六分後と言ったところ。
私は先頭に立ち、部下たちに声を上げた。
「……行くぞっ」




