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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
ノースガルム編 赫焉のレッドチョーカー
68/90

68.ブランク

 砦での緊急会議があった日の翌朝、私はアストとシュリアを連れて砦を発った。

 朝の冷え込みは堪えたが、とにかく急いであの洞窟を調べたかった。


 竜の棲み処と化していたあの洞窟は、どう見ても人工的に作られたものだ。階段があり、そして奥には人工的に岩壁を彫られた痕のようなものもあった気がする。

 もしもあの場で、人間を竜に転生させる儀式……現界転生《アルターロット》が行われていたとしたら、何かの手がかりがあるはずだ。


 白い息を吐きながら洞窟へとたどり着いた私たちは、以前と同じように松明に火を着け、濡れた石の階段を下っていった。


「う……臭いが」

「防寒用の顎布《がくふ》をしっかり鼻まで上げておけアスト。でないと鼻腔の粘膜に臭いがこびり付いて暫く食事が喉を通らなくなるぞ」


 洞窟内は死臭が漂っていた。酷い臭いだ。当たり前だが殲滅した竜の屍体は放置されていて、腐敗が進んでいる。この洞窟は入り口が一つしか無く、遠い。屍体から発する名状しがたい死臭は逃げることなく、滞る。

 寒冷地で身に着ける顎布《がくふ》は首元を冷やさないためのものだが、こういうときにも役に立つ。呼吸をし辛くなるのが難点とは言え、この洞窟に充満する酷臭をかなり軽減してくれるのだから。


「とりあえず壁伝いに調べていこう。何か気になるものがあればすぐに言え」

「了解です隊長!」

「わ、わかりました」


 邪魔な竜の屍を飛び越えながら、私たちは別れて洞窟内を調べ始めた。

 松明の光を出来るだけ壁に近づけて変わったモノが無いか目を凝らす。前回この洞窟に足を運んだとき、ジュリアとミオが変姿を行った際の光で一度洞窟内が明るく照らされたが全てを確認することは出来なかった。何か見落としがあった筈だ。


「……ん、何だ?」


 ふと、壁に何か模様のようなものが刻まれているのを見つけた。

 松明を近づけながら注視してみたが、どうやら文字ではないらしい。図形のようだ。四角形と丸、それと三角がそれぞれ交わるようにして連なっている。その図形の間や中に、線が引かれていたり穴が開けられていたり。

 ……どうも意味がわからない。子供の落書き、のようにも見えなくはないが。


「そうだとしても……やはりこの洞窟に、以前人が来ていたという証拠だな……」

「――隊長ぉ! こちらに来ていただけますか!」


 シュリアが大きな声で私を呼んだ。

 ゆっくりと左右に揺れる松明の光を目印に、私は竜の屍体を飛び越えてシュリアの元へと駆け寄っていく。


「何か見つけたか」

「これを見て下さい……かなり大きいです」

「……石板、か?」


 洞窟の壁に立て掛けられるようにして、その石板はあった。濡れているように艶やかな黒色をしていて、かなり厚く、真四角に削られたそれは明らかに人工的に作られたものだとわかる。

 見上げなければならないほどに大きく、石板には上から下までびっしりと削って彫られた痕があった。


「一体何が書いてあるんでしょうか……文字、なんでしょうか」

「わからんな……黒曜石かこれは? さっき向こうの壁で、これに書いてあるものと似たような落書きを見つけたが――」


 同じような図形が刻まれているのが気になり、私は石板に手で触れた。――その瞬間だ。

 ――石板から、音が聴こえ始めた。空洞に響く犬の唸り声のような、空にこだまする地鳴りのような、遥か遠くで鳴り響く雷鳴のような――そのどれとも取れる、聴いたことの無い不思議な音だった。


「――なんだこれはっ……!?」

「――石板から鳴ってます、隊長!」


 洞窟内に反響してその音はどんどんと大きくなっていく。私は音に驚き石板から手を離したが、それでも音は止むことが無い。私とシュリアは二歩ほど後ずさり、思わず身構えた。

 ついには耳を押さえたくなるほどに音が大きくなり、信じられないことに石板は光を放ち始めた。ただの石が光るわけがないのに、私たちが持っている松明よりも明るく、煌々と、洞窟内を全て照らすほどの光を放ち始めたのだ。


「これ……は……」

「眩し……っ」


 石板から目を背けると、煌々と明るみになった洞窟内の全てが私の目に飛び込んできた。

 地面に横たわる数多の屍、赤黒く変色して溜まりになった血と内臓、地続きになったそれに視線を滑らせると、驚いた表情を浮かべているアストの姿を見つけた。


 私が洞窟の壁をゆっくり見上げていくと、光と影がくっきりと段差を作っていた。ただの段差でなく、複雑で、形どられた明暗。

 それは壁をくりぬくようにして作られた石像だった。背を伸ばしても到底届かないほどの高さに、幾つもの石像が彫られている。距離感がいまいち掴みづらいが、かなりの大きさだ。かなり大きい、人間の顔と、胴体、に見える。

 壁と一体化したそれは光に照らされ、思わず目を奪われた。見つめたまま私は瞬きすら忘れた。


「――! 隊長、石板の文字が!」

「……どういう原理なんだ……石板と、それに刻まれた文字が、光るなんて……」


 手のひらで光を遮りながら、私は目を細めて石板に目を戻した。

 石板に刻まれた大小さまざまな図形――文字が、薄青く浮き出るように光を放っている。


「ふ、二人とも! なんなんですかこれ!?」

「わからないですアストさん! この石板に隊長が触れた途端、音を出して光りはじめました!」

「……この石板が、現界転生(アルターロット)に関係しているのか……?」


 アストがすぐさま私たちの方へやってきて、眩しそうに手で目を覆う。

 私たちがいま目にしているのは間違いなく常識を逸した光景だ。だがそれと同時に間違いなく、この場所が特殊な場所であるという事の証明だ。

 この場所で、信じられないことが行われていた。私は今まさに、そう確信を得た。


「――うわっ!?」


 すると瞬間。洞窟は再び暗闇に閉ざされた。

 私たちが手にしている松明の灯火だけが残り、先ほどまで光を放っていた石板は一瞬にして闇に沈んだ。まるで先ほどまで光ってなどいなかったかのように。音も消えている。


 先ほどまで見ていた光景は幻だったと言わんばかりに、静寂に包まれた。

 目を疑った後は、正気を疑うことになった。


「――異常は」

「……えっ?」

「身体に! 異常は無いか二人とも!」

「あ、いえっ、自分は特に何もありません」

「僕もです。今のところ、何も変わったことは……」


 私も自分自身の身体を見て確認したが、特に異常はない。目の前にあるこの巨大な石板が何なのか私たちでは理解できないが、何か異様なモノだというのは嫌でもわかる。

 もしかしたら竜たちの儀式――現界転生《アルターロット》をするために必要な、何かかもしれない。そう考えるとこれ以上ここに留まるのも危険だと思った。


 ここでは何が起こるかわかったものじゃない。石板に手を触れたことでそれを思い知らされた。

 これ以上ここに残って調べることは何もないだろう。あとはこの石板や、壁の石像についてを砦に戻ってから地下のジュリアとミオに訊けばいい。奴らはきっと何かを知っているはずだ。


「……何なんでしょうね、この石板」

「竜が作った、とは考えにくいですよね……」

「何にしろ確認は済んだ。……砦に帰るぞ」


 急ぎ私たちは洞窟を出ていく。真っ黒な世界から真っ白な世界に戻っても、まだ私の目の奥では強烈に、あの洞窟で見た石像の姿が焼き付いていた。

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