67.アルターロット
セルギウスグラードで緊急会議が開かれた。
砦内の上位騎士、それと同等の力を持つ騎士が招集され、私たちレッドチョーカーも勿論集められた。アリエスだけは地下のジュリアとミオの元へ行き、ある確認を取ってからこちらへ向かうよう伝えた。
会議室に置かれた九つの席には、アリエスを除いたレッドチョーカー隊の全員とセルゲイ以下三名の騎士達で埋められ、物々しい雰囲気が部屋に立ち込めている。
「――皆聞いてくれ、考えたくも無いが可能性が出てきた。吾輩たちも含め全ての人間が……竜になるという事の」
「……はぁ? んだそりゃ。オレ達はからかわれてんのか隊長?」
あまりにも突飛な話だ。突拍子も無く突然すぎる。当然、事態の全容を知りえない者の反応はウェッジと同じようなモノだった。セルゲイ側の三人は実際に竜に刻まれた召喚紋を目にしているため、深刻な表情を浮かべている。
「――部屋でのんびりしてたところを呼びつけられて、聞かされる話がジョークにもなってねぇ与太話か? “冗談”じゃねぇ、暖炉も無けりゃ明かりもろくにねぇ部屋ん中でろくでもない話を聞かされるくらいなら、玄関の雪かきしてる方がマシだぜ」
「珍しくコイツと意見が合うぜ隊長。一体どんな神経してたらそんな可能性が出てくンだよ?」
二人は結論から話して呑み込める性格はしていない。ましてや今回は結論が結論だ、シュリアですら眉を八の字にして困惑している。いつもなら愚直に首を縦に振って話の進行を滞らせたりはしないのに。
みなセルゲイの言う事は信じずに、私の方に訝し気な視線を送っている。
「……ステファー達が見つけたんだ。竜に……召喚紋が刻まれているのを。アスト、お前のようにな」
「へぇっ!? ぼ、僕もいつか竜になるって言うんですか!?」
「だけじゃない。竜の異常繁殖を考えると、殺された人間がそのままそっくり竜になっていてもおかしくないだろう」
「おい隊長、んじゃ何か? オレ達が今まで必死こいて殺してきた竜どもが、元は人間で、俺たちはつまり人間だった奴らを殺してたって言うのか? 子供向けにゃできねぇストーリーだなぁおい」
皆いまいち信用できていないようだ。確たる証拠が無ければ信じようとしない。それだけ情報を疑い鵜呑みにしないという心がけが出来ているという事だが、わざわざ私が嘘を言うワケないだろう。少しは頭を柔らかくしてほしいものだ。
だがもう少しすれば、全員を納得させ、更に私も確信を得ることができるようになる。地下に向かわせたアリエスがそろそろ、この部屋に入ってくるはずだ。
「――ジゼルっ」
ばたん、と勢いよく会議室の扉が開いた。いいタイミングだ。
部屋に入ってきたアリエスは顔に焦燥の色を浮かべている。その顔を見ただけで私は既に確信を得ていた。嫌な予感というのは当たるものだ。
会議室に居る全員がアリエスに注目し、アリエスはおもむろに報告を口にした。
「ジュリアに訊いてきた……死んだ人間を、竜にする方法があるって」
「なンだと……?」
「……嘘だろおい、勘弁してくれよ」
私の部下たちは動揺している。だが私や、セルゲイたちは違う。
無理矢理にでも頭を切り替える必要があった。思うことは沢山ある、が。それよりも行動すべきこと、話し合わねばならないことはもっと沢山あるのだから。
「アリエス、詳しく話してくれ」
「……ジュリアは言ってた。仕組みは異界召喚と似てるって。……死んだ人を巣に連れ帰って、儀式を行えば……竜に『転生』させることが出来る。そう言ってた」
「ぬぅ……やはり死後に行われることであったか」
たしかに異界召喚も儀式を行って、異界の者をこちらの世界に呼び出すものだ。竜に転生させる儀式というのは言うなれば、この世界の者をこの世界に呼び出しているようなものなのだろう。姿形はまるで違わせて。
死後に行われるという事が、きっと人ならざる者へ変貌させるために重要なのだろう。命を失った抜け殻を作り変えて、魂――そんなものがあるかはわからないが、それを呼び戻して……。
生前の意識が残っていないのは解りきっている。今まで数えきれないほど竜を殺してきたが、そのどれもが生粋の竜だった。人間の面影など無く、話もろくに通じず私たちに牙を剥いてきていたんだ。
この際、もともと人間だったから殺すことに抵抗が生じるという事も無い。そんなことを考え始めれば何もかもが滅茶苦茶になってしまう。少なくとも私自身は、それを割り切れる性格をしている。……我ながら冷たい性格だと思う。
「現界転生……竜たちはそう呼んでるみたい」
「決まりだな……人間は竜になる。異界者も騎士も死んで竜に連れ去られれば同じように」
「胸糞悪い話ですけれど、知らないよりマシですわね。竜がそんな事を出来るなんて、今まで思ってもみませんでしたわ」
「しかしよー、なんで竜どもは現界転生なんてやってるんだっつー話だよなー」
「……同感だ」
「それは恐らく我々人間に対抗する為であろう。例えるならば黒の絵具だ、他の色を染上げて自分と同じ色にすれば、他の色を減らすとともに自分の量は増えるようにな。今まで死体が見つからなかった騎士達は、全員竜に転生させられていたと見ていいだろう」
「ぼぼ、僕も死んだら竜になって……それで、皆さんに殺されちゃう……うう、考えたくないなぁこんな事」
「切り替えていけアスト。オレだってまだ信じられねぇよ。ほら、サイコロ振って気を落ち着かせろ。悪い目が出ても言わねぇでやるから」
「一体、世界中の竜の内どれくらいが元人間なんでしょうか……一体いつから」
「……クソッたれ。いつからか知らねェがそんな事やっていやがったとはなチクショウ」
今日得たこの情報は、私たちにとって有用なわけではない。竜と戦う全ての騎士にとって大切な情報だ。私たちだけで解決できるものでもないし、進展も望めない。
大事なのは一点だ。『死んだ人間が竜になる』というこの情報。すぐに本部へ伝えなければならない。
「ヴェイン、ワーロックを飛ばせ。文面はアリエスの情報をもとにウェッジが考えろ」
「あァ、わかってる」
「またオレが書くのかよ、友達と文通感覚でいいんならいくらでも書くんだがな」
「……いくよ、ウェッジ」
三人は席を立って会議室を出ていった。ノースガルムからウェスタへ手紙を送るにはハヤブサのワーロックを使っても数日はかかるから、出来るだけ急いで飛ばさなければならない。
次にやるべきことはなんだ。会議室に残った面々が右往左往しながら生み出す喧騒の中、私は考える。
地下に閉じ込めたジュリアはまだ子を孕んでいない。となると、ノースガルムでの竜殲滅作戦はまだ始められない。騎士団本部に連絡が行き、返ってくるのは恐らく一週間から二週間のあいだだ。
「……現界転生、か」
もう少し、調べてみる必要がありそうだ。
「シュリア、アスト。明日私と共に……前に行った竜の棲み処へ向かうぞ」




