53.意志恢復
「わしには、四王を殺すことが出来んのじゃ」
エイジにとってはその一言だけで、冒頭の話を理解するのは十分だった。
どうしてエイジより強いフォウが、わざわざ協力を持ち掛けたのか。
エイジは険しい表情を浮かべたままフォウを見つめる。彼女の表情を見つめていると、何となくだが悔しさのようなモノをエイジは感じた。
それも、竜子光にフォウの意識が乗っているからだろうか。なんてことが頭の片隅に浮かぶ。
「もうわかったじゃろ。わしが人間であるお前に、協力を持ち掛けたワケが」
「……俺の力を、人間の中でも突出していると評価したという事だな」
「そうじゃ。間違いなくおぬしの力は人間の中……異界者の中でも目を見張るものがある。竜を殺せば殺すほど強くなる、青天井の力の膨張じゃ」
長い間、むき出しの石床に座り込んでいたせいで二人の下半身は冷えてきていた。
だが互いに立ち上がったり、身をよじることはしない。話に夢中になっているせいだ。
「わしにとっておぬしは唯一の切り札じゃ。四王に止めを刺す、その最後の一手の為に必要不可欠なんじゃ。おぬしが使い物にならんとあっては、わしも困る」
「……なるほど。四王を殺すために必要な道具ということか」
エイジを必要としている理由はただそれだけだと肯定するように、フォウはゆっくりと目を伏せた。
道具として見られていることにエイジは腹を立てない。信じているとか、そういった生易しい理由よりもよっぽど気が楽だったからだ。
エイジだって、フォウのことを利用しているつもりだ。
強い竜が協力者となり、共に四王を討つ手伝いをしてくれる。復讐を果たすために手段は選んでいられないのだから、竜とだって手を繋ぐ。
そんな冷たい利害関係が、エイジには心地よくすらあった。
「……さて、エイジ。これからどうする?」
「どうする、とは何だ?」
「おぬしはいま、仲間などというものに足を引かれかけておる。おぬし自身が駄目になるくらいなら、わしと二人でまた再出発という手もあるが」
「……ああ。確かに俺はさっきまで、少し不安定だったな」
冷静さを取り戻したエイジの目は据わっていた。
今となっては表情も完全に落ち着きを取り戻し、気も張りつめている。
「少し前まで、あまりに人と関わらなさ過ぎていて……いざ触れ合う人間が出来たら、今までの反動が来た」
「心が完全に死んでおらんかったんじゃのぉ」
「そうだな。……やけに最近、昔のことを思いだすことが多くなってきていた。復讐の糧となる暗い思い出ではなく、この世界に来て間もないくらいの、明るい思い出ばかり」
エイジは自らの手に刻まれた召喚紋を指でなぞり、ぐっと拳を握った。
そして珍しく、自嘲的に口角を少しだけあげる。
「加えて力の副作用が出た。トラブルが重なって、俺もどうかしていたな」
「……そう言う顔をしておると、本当に竜と殺し合っている時とは別人のようじゃな」
くつくつとフォウは笑う。面白がっている彼女の様子を見て、エイジはすぐに表情を気難しいものに変えた。
いつも無意識に浮かべている険しい表情とは少し違う、あえて作ったような表情。
その違いがわかるからこそ、フォウは更に顔にしわを作りながら笑った。
「茶化すな」
「くくく……まぁそう怒るでない。して、これからどうする?」
「ああ……結論から言うが、俺はここに残ってあいつらと協力を続ける」
「ほう」
意外な一言に、フォウはわざとらしく驚いて見せる。
仲間という存在を嫌がるエイジの事だから、てっきりここを出ていくものだとばかり思っていた。
「もしや、レンティアを連れてきたことにけじめをつける為か?」
「そんなことは考えていない。あいつはソルダートという騎士に復讐するのが目的で、ここには同じく騎士がいる。もう俺がどうこうせずとも、あいつは騎士についていけばいいだけだからな」
「では何故じゃ?」
「……戦力は大いに越したことはない。ロイや騎士達は竜と戦える力を確実に持っているからな」
エイジの声には震えも、その他の雑念も無かった。
強がっているわけでもなく、嘘をついているわけでもなさそうだ。
「……意志に揺らぎは起こらんか?」
「正直に言うと断言は出来ん。ロイもレンティアも、他人ではなくなったからな。……だが、復讐は必ずやり遂げる。俺にはそれしか無い」
「……それがおぬしの本音か」
エイジは腰を上げ、大きな身体を持ち上げる。
彼は息を吐きながら首の後ろに手を当てて骨を鳴らした。
「そうだ。本音を言えば、俺はあいつらを死なせたくはない。近しい人間が死ぬのなんてもう御免だからな」
「……なるほどの」
エイジは吹っ切れたように胸の内にあった言葉を口に出した。
きっとレンティアやロイの前ではこんな風になれなかっただろうと、彼自身が思っている。竜であるフォウの前だからこそ、冷たい利害関係にあるフォウだからこそ、平気でこんなことを言えるのだと。
フォウも腰を上げ、穏やかな表情でエイジを見上げた。
冷たい石の廊下で、二人の心が通い合う。
呆れたような微笑みを浮かべるフォウと、鼻を鳴らしてほんの少し口角を上げるエイジ。
「しょうがないのぉ。これからはわしもあやつらに気を配ってやる。おぬしにだけは潰れてもらっては困るかの」
「ふっ。考えようによってはお前にとっての人質は俺自身というわけだ。俺のやり方に付き合ってもらうぞ」
「なっ……この青二才めが。悪知恵を身に着けおって……」
「ぺらぺらと事情を話したのはそっちだろう。協力関係も俺の方に主導権がある以上、四王を殺すまでは出来るだけいう事をきけよ、竜」
「ちょ、調子に乗りおってぇ~~……。ちっ、わかったわい! その代り、四王を討ったあとは覚悟しておけよ。真っ先におぬしを喰い殺してやるからの、竜殺し」
心のしこりが取れた気がして、エイジは両肩をほぐすように回す。
話していたらふさぎ込んでいた気が紛れ、気分も入れ替わっていた。
悪戯っぽく笑うフォウを見て、エイジは一つ気づいたことがあった。
フォウは仲間じゃない。仲間なんていう生易しいものでも、安易なモノでもない。
外見は小さくて、頼りなさげで生意気な少女。しかしその力は強力で強大。彼女は助けを必要としないし、エイジ自身もフォウを気に掛ける気は無い。
奇妙だ。協力者であることに変わりはないのに、二人の間に温情や忖度なんて必要ない。
フォウのような存在がいるから、仲間という重荷も背負えるようになる。
エイジの意志が揺らぎかけたとき、それを修正してくれるのはいつもフォウだ。
利の為だとはいえそれにどれだけ助けられることか。今回の件でエイジは思い知った。
「フォウ」
自分の身長の半分にも満たない小さな身体のフォウを見おろしながら、エイジは小さな声で呟く。
「……ありがとう」
するとフォウは目を丸くしてぱちくりとさせた。しばらく呆気にとられて黙り込んでいたが、やがて下瞼を歪ませて心底気持ちの悪いものを見るような表情を取る。
じりじりとエイジから距離を取るように足を浮かせずに後ずさりながら、両腕で肩を抱くように丸くなるフォウ。
「きっ……気持ち悪いぞエイジ!! わしにありがとぉ!? 気でもフれたんじゃないのか……っ!?」
「……茶化すな」
「いやぁ……これは茶化すだけでなく、本当に胸の内がざわざわしたぞ。鳥肌が立ったのなんぞ初めてじゃ」
「はぁ……もういい。ジゼルの所へ戻るぞ」
離れたまま近づいて来ようとしないフォウから視線を切り、エイジはさきほど案内された部屋へ戻ろうとする。
いくつもの分岐路がある廊下の先を眺めて、どうやって帰ろうかと思うエイジであった。




