51.温もりという恐怖
「半竜、という種族を聞いたことはあるか?」
ジゼルの問いかけに、エイジは眉をひそめて押し黙った。半竜という言葉に聞き覚えが無かったせいだ。
「竜と人間の間に生まれた者は、そう呼ばれている」
「待て。竜と人間の間にだと?」
「ああ、そう言った」
どうかしてるんじゃないかとエイジは思った。
竜と人が交わり子を生すなど、聞いたこともないしありえないとまで思っていたが、ジゼルの目はいたって真っ直ぐだ。
嘘や冗談を言っているようには見えない。
表情には出さずとも困惑しているエイジに対して、横からフォウが口を挟んだ。
「エイジ、竜はどうやって子孫を残すと思う?」
「……知らん。興味も無かったからな」
「人間と同じじゃ。交尾して子を孕み、出産する。つまり生殖器が雌雄どちらにもある」
大真面目な顔で話を聞くエイジとジゼル。その横ではレンティアが少し頬を赤くさせながらうつむき気味になっていた。
フォウはそのまま微笑を浮かべて話を続ける。
「竜の中にも物好きがいてのぉ。異種、つまり人間に欲情するような奴が少なからずおる」
「……体格が違いすぎるだろう」
「無論、竜と人間の雌がまともに交尾なぞすれば腹が裂けて死ぬ。方法は二つじゃ、比較的小柄な竜が無理やり交尾するか、変姿して交尾するか」
フォウの口から交尾という単語が出てくるたびにレンティアの頬はますます赤みを帯び、首の角度はどんどん下がっていった。
この場での最年少はレンティアであり、彼女はまだ19歳の少女だ。そう言った話が恥ずかしく思えても仕方が無い。
フォウの話に付け加えるように、またジゼルが口を開く。
「竜は基本的に、生後二か月あまりで精神面は完成される。体長が2メートルから4メートルほどでも、成竜と同じく暴力的になり性欲も持ち出す。……そういった幼竜に襲われても、助かる可能性は高い」
「雄だけでなく、雌竜にも物好きはおるぞ。わざわざ変姿して、人間の雄を求めるような奴がの」
「……異種間でそんなことをしても、子供が出来るのか?」
まっとうな疑問だった。交尾に至る話は理解できたが、それとこれとは話が別だ。
動物は基本的に種が異なれば子を生すことが出来ない。子供でも知っているようなことだ。
しかし、どういうわけか人間と竜が交尾をして子を生したという事例は多かった。
ジゼル曰く、統計を取ってみると交尾の際に人間の方が死にさえしなければ、竜も人間も孕む確率は九割九分、つまりほぼ確実だと言うことらしい。
「そうやって生まれた子供は半竜と呼ばれる。人間の遺伝子の方が強いせいか外見は人間そのままだ。だが、知っての通り竜の特性を持つ」
「知っての通り、だと?」
「半竜は身体能力に秀で、筋力も人間の数倍、そして吐赫器官を有し……つまり火を吐くことができる。火力は強くないがな」
ジゼルの話す半竜の特徴を聞き、エイジはようやく合点がいった。
そばにあった椅子の背もたれを掴んで後ろに引き、彼はおもむろに座る。
「……ヴェインが、その半竜とやらか」
「そうだ。あれは謂わば、竜と人間のハーフだ」
それから部屋にしばしの静寂が訪れた。
異心を胸に渦巻かせながら黙り込むエイジの目線は、年季が入った埃っぽい長机の上に向けられている。
長机の上には一匹の小さな蜘蛛がせわしなく脚を動かし這っているが、エイジはそれが視界に入っていても意に介さなかった。
「――騎士団の中でも私が率いる隊は少し特殊でな。ヴェインのような者であろうが、遠慮なく戦力として加えていたんだ」
「……騎士というのは思っていたよりも、随分と泥臭いらしいな」
「否定はせん。泥なら散々被ってきたからな」
長机を叩いていたジゼルの指もとに、そろりそろりと近づいていく蜘蛛。
彼女は指を弾き、蜘蛛を叩いて机の外へと追いやった。
「……半竜は興奮すると、少し見境が無くなる。冷静でいられなくなり、半ば戦闘狂のようになることもある。……それでも、意識を完全に持っていかれるなんてことは無い」
「……?」
「竜殺し、君はどうだ。……竜の力を使うたびに、『意識が内側に持っていかれそうになる』のではないか?」
「っ!」
エイジの脳裏に、『その経験』がフラッシュバックする。
今までに何度もあった、意識をただ失うのではなく、内側の何かに持っていかれそうになるという感覚。
リヴァージュ遺跡でヴェインと戦った時も、その感覚は襲ってきていた。
彼自身、その感覚の正体に半ば感づいていたからこそ、エイジは初めての表情を見せた。
弱ったような、苦しんでいるような。今までずっと張りつめていたエイジの表情が、今はとても弱々しくすら見える。
「……ねぇ、エイジ。あたしやロイも、この人からいろいろ話を聞いたわ」
そんなエイジを見かねて、おずおずとレンティアが言った。
椅子に座ってうなだれるように背を丸めているエイジの肩にそっと手を乗せ、耳元に顔を寄せて、覗き込むように。
「あんた……無理してるんでしょ?」
「……無理をしないで、復讐が出来るか」
「ばか。そんなのにこだわって、どうすんのよ。……あたしだってあんたと同じで、ソルダートを一刻も早く見つけたいわ、復讐のために」
エイジが首を動かすと、そこには困ったように眉の端を垂れさせながら優し気に微笑むレンティアの顔があった。
いま二人は互いに、普段は見せない表情を浮かべて話している。
「でも、復讐を遂げる前に倒れるっていうのだけは嫌なの。あんただってそうでしょ?」
「……それは、そう、だが……」
「じゃあ無理なんてしたら駄目よ。あたしやリーシャと会う前のあんたと違って、今のあんたには仲間がいるじゃない」
「……仲間?」
その言葉に反応して、少しだけ目を細めて顔を強張らせたエイジ。
レンティアは自嘲するように苦笑して続けた。
「あたしは、ほら。あんたに比べたら全然頼りになんないけど……ロイはあんたと同じ異界者で、フォウなんて竜なんでしょ? それもめちゃくちゃ強いって聞いたし……この人たちも、騎士の生き残り。竜と戦える人たちだわ」
「……俺以外の人間を、わざわざ危険に巻き込んでどうするっ」
エイジは内心、ひどく狼狽えていた。
今まで彼はずっと、一人きりで竜と戦ってきた。復讐のために手ずから剣を取り、自分の事は自分だけのことと、危険を顧みることなく戦ってきた。
仲間なんてものはいらない。ずっとそう思ってきた。
死と隣り合わせの戦いに、顧みる存在を置いておきたくなかった。
彼自身の記憶の底にとごり続ける、愛しい人の死。その記憶が精神に枷を嵌めていた。
「あたしたち、好きであんたについてきてんのよ。やりたいことは一緒だし、あんたが巻き込んでるわけでもないんだから、ね?」
「やめろっ……!」
レンティアの言葉を受けて、初めて、エイジの強がりがほどけて来ている。
彼自身の思いは、繕わなければひどく単純なものだ。
『死んでほしくない』。親しい人物であればあるほど、その気持ちは大きくなる。そんな感傷を捨て去るために、エイジは孤独を選んできた。
それなのに、仲間だと言われてしまった。
繋がりがあるのだと、レンティアの微笑みを見せられてしまった。
彼女たちが自分にとって親しく、近しい人なのだと気づかされてしまった。
もうエイジに非情の仮面は被れない。今までなら切り捨てられたかもしれない。だが今となっては、ロイやレンティアに危険が及んだとき、自分の身体は『きっと』ではなく『必ず』動いてしまうだろう。
死なせたくないと思ってしまうが故に、憎しみすら忘れてしまうだろう。
――こんな、人間すぎる思いを持ったままでは、復讐なんて遂げられない。
復讐に絆してきた意志が、解れてきている。
「あんたの復讐だって、仲間と一緒なら今よりずっとっ――――」
「やめろ! やめるんだ! それ以上言うなっ!!」
「ぁっ……!」
がたん、と椅子の背もたれが石造りの床に倒れ音を立てた。
立ち上がったエイジは興奮で息を乱しながら、どこを見つめるでもなく俯き、拳を強く握りしめている。
「はぁ……はっ……っ……っ!」
「エ、エイジ……」
「……やめてくれっ」
エイジは俯いたままレンティアの隣を過ぎ去り、部屋の扉を勢いよく開けて外へと出て行ってしまった。
その背中を見つめることしかできなかったレンティアはいたたまれない気持ちを誤魔化すように、身体の前で力なく指で指を撫でる。
エイジが部屋を出ていってすぐに動いたのはフォウだった。
彼女は椅子から飛ぶように降りたあと、ため息と共に両肩を下ろし、無言のままエイジを追いかけて部屋を出ていった。
「……どうやら、彼は君たちが怖いらしいな」
「怖い……? あたしが、エイジに怖がられてるって言うの?」
「ああ。そうでなければ、ああも取り乱したりはしない」
部屋に取り残された二人。ジゼルの言っていることがいまいちよくわからなかったレンティアは、床に倒れた椅子をじっと見つめることしかできず、俯いたまま自分の言動を顧みる。
(……エイジに、なにか変なこと、言っちゃったのかな)
開け放されたままの扉の先、既に二人の姿はそこになかった。




