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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
サウスガルム編 血砂の蜃気楼
47/90

47.欠陥

「お前は……何だ(・・)……」


 ――目の前にいる女は、一体何なんだ。

 ヴェインの瞳の奥を見つめ、エイジは息を止めた。

 彼の頭の中でぐるぐると思考が巡りはじめる。わずか数秒の間に巡った情報量は夥しいほどで、ヴェインの正体を探るには不必要なものも多く混じっていた。

 それでも確信的な情報をエイジはすぐさま選び取った。人間の姿をしたヴェインが、竜と同じように火を吐いたということ。その光景は彼にも見覚えがあった。


 これまで旅を続けてきた身近な人物。フォウの姿がヴェインに被る。

 強く力のある竜には姿を変える能力がある。変姿へんしと呼ばれるその能力は、人間の皮を被るなど容易なモノだった。


 ヴェインの剣を這う炎が光を屈折させ、彼女の姿をぼんやりと歪ませる。

 突然の奇襲によって少し混乱していたエイジだったが、結論を出したいま、彼の目つきは鋭く据わっていた。

 指の内側が痛むほどに、エイジは大剣の柄を握りしめていく。


「それが竜殺しの眼か? 良い眼になったなァ」

「……そうか。お前も、竜か……」

「分かったところでどうすんだよ? 殺すか?」

「是非は無いっ……!!」


 重心を身体の前に傾け、エイジは奥歯を食いしばった。







「是非は無い。大人しくしていてもらおうか」

「……」


 刃を向ける冷徹気な女性、ジゼルの姿を見て倒れていたロイも気が付いた。

 彼女の首に巻かれているチョーカーは間違いなく騎士の証だと。

 確認など不要なほどに明らかな証拠があったが、それに目を奪われていたレンティアはこう問わずにはいられなかった。


「……あなた、騎士でしょ……」

「それがどうかしたか」

「どうもこうもないわよっ……あたし、聞きたいことが山ほど――――!」


 食い入るような気持ちだったレンティアは、無意識のうちにジゼルの方へと一歩歩み出てしまった。

 その動きに合わせ、数メートルは離れていたジゼルが一瞬にしてその距離を埋める。

 まばたきの次の瞬間には既にレンティアの首筋に冷たい刃がそっと当てられていた。


「ぅ……!」

「動くな、と言った筈だぞ」

「れんてぃあっ……! くっ……」


 首の肉が刃に押される感覚。レンティアが動いてもジゼルが動いても刃は手ごたえすら無く、肉を斬り裂くだろう。

 一気に詰め寄ったジゼルの動きは、目に捉えきれないというほどでもなかった。しかしロイは力を使った反動でそれに対応することが出来ない。

 そして、フォウもジゼルの動きが見えていたにも関わらず動こうとしなかった。


「……おい娘。何のつもりでこんなことをするんじゃ?」

「一言で言うなら、あそこにいる異界者(フォリナーレイス)……竜殺しの力を試している。我々と協力するに値するかどうかをな」

「あやつの力量はわしが保証しよう。とにかく刃を納めよ、さもなくば後悔するぞ?」


 フォウがわずかに殺気を飛ばすと、ジゼルの右目の下がぴくりと痙攣した。

 ほんの少し感じただけでもわかるフォウの底知れぬ力は、ジゼルの神経を尖らせる。


「……万が一に備え先手を打ったつもりだったが、どうやら相手を見誤ったらしい」

「外見で判断しおったな? まだまだ青いのぉ」


 くつくつと笑うフォウ。彼女もジゼルが現れた時はおもわず面を食らったが、今となっては何も構える必要は無かった。

 気配を感じなかった以上、ジゼルが真っ先にフォウの背後を取っていればそれが正解だったのだ。

 三人の中でまず抑えるべきはフォウなのだが、そう判断するにはいささか難しい。ロイは一目見て負傷していると分かった以上、比較されるのはレンティアとフォウの二人。幼い少女の姿をしているフォウの方が危険だとは、十中八九思わない。


 レンティアの首から刃を離し納刀したジゼルは、賢明な判断を下したと言えよう。


「どうやら、私のミスだったようだ。……決して害意を持って接触したわけではないこと、どうか理解してほしい」

「そんなこと分かりきっておるわ。はなからわしらを殺すつもりなら、気づいていない内にやっておったじゃろうからな」

「……君にも謝っておこう」


 レンティアの方を向いて小さく頭を下げるジゼル。

 すでにその時の彼女からは先ほどのような尖りきった殺意は消えていた。


「ぁ、ええ……」

「さっき、私に聞きたいことがあると言っていたが……それに答えるのはもう少し待ってもらいたい。後で必ず答えよう」

「わ、わかったわ……」


 砂で覆われた遺跡に、弾きあう剣戟の音が響く。

 その音のする方へと目を向けたジゼルだったが、彼女はその場から動こうとはしなかった。

 あくまで彼女は、ヴェインとエイジの戦いを止めるつもりは無いようだ。


「私は決着を見るまで彼らの戦いを止めるつもりは無いが……構わないか?」

「……ふむ。このまま続けさせると、あのヴェインとやらの方が死ぬがそれでもいいのならの」

「随分と竜殺しの男に信頼を置いているらしいな」

「当たり前じゃろ。四王をも殺そうとする男が、たかが人間の女に負けるはずが無かろうに」

「……だが、果たして竜殺しにヴェインが殺せるだろうか」

「ん? どういう意味じゃそれは」

「……竜殺しの力自体は、あそこで首を失くして倒れている竜を見て私も理解している。竜相手では私たちと同等、もしくはそれ以上の実力があるだろう。……それが、竜以外にも通用するかどうか、という意味だ」


 物言わぬカロスタフティの亡骸を冷たい目で流し見たジゼル。

 彼女の言葉の真意がわからないフォウは小首を傾げる。


「私が思うに、竜殺しには弱点が二つあるだろう。ヴェインと剣を交えている様子を見て、ここからでも判断できた」

「弱点、じゃと……?」


 眉をひそめ、離れたエイジを睨むフォウ。

 エイジの弱点、それが一体何であるか。剣を交える二人を注意深く見ていると、すぐにそれがあらわになっていった。

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