34.血により解かれし呪縛の心
ロイが吐き出した煙草の煙が硝煙に混じっていく。
辺りの様子は一言で表せば地獄の絵図だ。地面は赤く染まってない場所の方が少なく、何とか生きている人たちも苦しみ猫のように喉を鳴らしている。
「何の目的があってかはもう知れないけど……子供たちを傷つけた罪はその身を持って払ってもらう」
「くっ……」
レンティアは壁に背をこすりながら立ち上がる。先ほどのダメージは残っているが、意識ははっきりとしてきていた。
「あぁ、大丈夫だったかい?」
「あたしはね……って、何してんのよ……」
「中途半端は嫌いなんだ。僕は確実って言葉が好きでね」
ロイはリボルバーを構えながら既に倒れて動かなくなっている男へと近づいていく。銃口を穴の開いた後頭部に向けて、引き金を絞った。
続けて三回鳴る銃声にレンティアは身体をびくりと震わせ、ロイの残酷な行為に一瞬言葉を失った。
「な……何してんのよ!? もう死んでるじゃない!」
「もしかしたら死んでないかもしれないだろう? 万が一も潰す、確実にね」
「だからって……うっ」
至近距離から銃弾を撃ち込まれた男の頭は、原型を留めていなかった。肉と骨がぐちゃりと混ざり合い、花が咲くように開いている。到底直視できないそれに、レンティアはこみ上げる吐き気を抑えながら目を逸らした。
ロイはじっくりとそのグロテスクなものを見つめ、完全に死んでいると確認してようやくリボルバーを収めた。
「……子供のやることじゃないわ」
「もちろん他の子たちには出来ないだろうね。僕は例外だよ……にしても、随分派手に暴れたみたいだねこの人」
「……ええ。とにかく、まだ息のある人を助けないと……」
「必要ないだろう? どうせ大人たちばかりだ、助けることないよ」
「はぁ……? なに言ってるのよ」
ロイの目はとても冷ややかで、辺りに倒れている人たちを見る目は暴れていた男と同じものだった。興味が無さそうな、どうでもよさそうな。
既に騒ぎの発端の男は死んでいる。襲われずに済んだ人々はそれを知ってそれぞれが負傷者の介抱を始めていた。しかしロイは動こうとせず、それをただ傍観している。
「……大人を恨んでるから、なの?」
「大人たちは路地裏の子供たちに何もしなかった。それどころか、生きることすら奪おうとした……そんな人たちにどうして手を差し伸べられると思うんだい?」
「そんなのっ……! ……っ」
そんなことを言っている場合ではない。そう言いかけたレンティアだったが言葉を飲んだ。ロイの言っていることはとても重い意味を持っている。今まで子供たちにひどい仕打ちをしてきた大人たちだ、助けたくないと思うのも仕方が無いだろう。
子供ゆえに、割り切ることなどできはしないのだ。
「……ロイ、あんたはこの町で一番子供よ。ううん、わがままで、自己中心的よ」
「僕は利己主義じゃないよ。それに僕より小さい子供はたくさんいるんだよ?」
「そう言う意味じゃないわ。……見なさいよ」
レンティアに言われてロイは後ろを振り返る。累々と倒れている大人たちの側に寄り添い、手当てをしようとしている子供たちの姿がそこにはあった。
そしてその子供たちはみな、路地裏の子供たちだった。
「……何してるんだい、ハインリッヒ」
「ロイ……ごめんよ、大通りに出るなって言われてたのに……」
「そうじゃない。どうして……大人なんかを助けようとしてるんだ」
ロイはその光景が信じられなかった。路地裏の子供たちはみんな町の大人たちを恨んでいたはずだ。身寄りも無くし孤独だったにもかかわらず、手を差し伸べるどころか暗い路地裏に押しのけてきた大人たちのことを憎んでいたはずだ。
なのにどうして助けようとする。ロイは眉をひそめた。
「……そりゃ、町の大人たちは僕らを嫌ってる。何もしてくれないし、いつも怒ってばかりだ……だけど! だけどさロイ! 人が死んじゃうのを放っておくのはいけないことだと思うんだ……」
「ハインリッヒ……」
「きっと、この人にも、そっちの人にも……家族がいるでしょ? 僕らは竜にお父さんやお母さんを連れてかれて殺された……家族が死んじゃうなんて、嫌だよ。自分の事じゃなくても嫌だよ!」
ハインリッヒは涙ぐみながらそう言った。少年の心からの叫びは、子供だからこそ振り翳せる純粋という名の言い訳だ。損得や好き嫌いで語るのではなく、心の奥底にある純粋な道徳観から子供たちは行動している。
少年の言葉をロイは受け止めきれなかった。今まで一緒に過ごしてきた子供たちが、自分とは全く逆の考えを提示している。
「言ったでしょ。あんたが一番子供よ……その子たちは自分たちの気持ちより人の命を大事にしてる。……こんな時に、好き嫌い言ってる場合じゃないのよ」
「……僕は」
ロイは初めての表情を見せた。いつもの微笑みとはかけ離れた、困惑と動揺の表情。
不安そうに震える瞳はどこを見ればいいのかと揺れ、下唇を噛んで。急に弱々しい表情になったロイの腕を、ハインリッヒがぐい、と掴む。
「ありがとう、ロイ……大人たちから僕らを守ってくれたのはロイだよ……だけど、だからって、見殺すことなんて……僕ら、出来ないんだ」
「……そうかい」
「その子の言うことわかったでしょ。あんたも手伝うのよ」
「……ごめんねハインリッヒ。……それでも僕は、大人を助けようとは思わない」
「ロイ……」
子供たちは必死で倒れた人たちを救おうとしている。そんな子供たちの様子を見て、どうやら周りの無事な大人たちも驚いているようだった。
自分たちが追いやっていた子供たちが、盗みばかり働いていた子供たちが、自ら率先して大人たちを助けようとしている。
レンティアは不謹慎だと思いながらも、いまの状況はこの町にとってプラスになるのかもしれないと感じた。子供たちに混ざって、大人も協力して救助を行っている。
今まででは考えられない、町の大人たちと路地裏の子供たちの協力する姿。この状況は、凄惨ながらも人の心の純粋な部分をより浮き彫りにさせた。
(……僕はもう、君たちに必要ないのかもしれないな)
レンティアは自分も救助活動を手伝おうとするが、どうやら壁に叩き付けられたときに背中を強く打ったらしくひどく痛んだ。しばらくは立って歩けそうにないと、またその場に座り込む。
彼女の元にも無事だった大人たちが近づいていき、怪我の確認を取ろうとする。
「お嬢ちゃんは大丈夫かい!?」
「あぁ……うん。背中を打っただけよ、あたしはいいから他の人を見てあげて……」
「そうかい……こんなことになったのも、やっぱり呪いかもしれないな……」
「っ……アンタたち、まだそんなことっ……!」
「竜の呪いを恐れて子供たちにひどい仕打ちをしてきた……それのツケだよきっと。……俺たちは呪いにかかってたんだ、竜の呪いにかかってると思い込んで馬鹿なことをしちまう呪いがよぉ」
「……」
気づけば周りの大人たちも後悔していた。人々は心の奥底でなんとなく気づいていたのだ。竜の呪いなどあるはずがないと。それでもそう思い込んでほんの少しの安心を得たかったに過ぎない。
そのために罪も呪いもない子供たちを犠牲にして。そんな愚かなことをしてきた罰なのだと、先に立たない後悔を身にしみて感じている。
ようやくそのことに気付いた大人たちは償うように子供たちと協力し始めた。薬や包帯が無くなれば子供たちにそれを取りに行くように頼み、子供たちもそれに従いながら自分たちに出来ることを必死にやった。
今までは口もきかず、絶対的な壁があった大人と子供。皮肉にもこんな状況になって初めて、その壁は音を立てて崩れていったのだ。
それが本来あるべき姿だ。
レンティアは腰を下ろしたまま周りをじっと見つめていた。
少し微笑みを浮かべている彼女の元に、人の間を縫ってフォウが近づいていく。
「大変じゃったのぉレンティア。生きておるか?」
「あんたねぇ……気づいてたでしょ、外で何が起こってるか」
「当たり前じゃ、あれだけ騒げば誰でも気づく」
「はぁ……助けてくれてもよかったんじゃないの?」
「わしが手を貸すまでもないじゃろう。それに、宿屋の店主が言ってた通り美味かったぞ、オムライスとかいう料理が絶品でのぉ」
「……薄情通り越して澆薄ね、ほんっとに自分勝手なんだから」
今まで呑気に店で朝食を食べていたフォウの姿を思い浮かべて、レンティアは腹を立てたくても立てられなかった。
それ以上に、呆れる気持ちの方が大きかったからだ。
「ところでそこで死んでおる男……一体なんだったのじゃ? ただ気のおかしくなった病人か?」
「それなんだけど……竜殺しを探してる、って言ってたのよ」
「竜殺しぃ……? エイジを探しておったのか?」
「ええ……理由は聞く前に、ロイが殺しちゃったけど」
するとフォウは倒れた男の側へと近づいていく。
男の肩を持ち上げ、うつ伏せになった顔を見ようと覗き込む。
しかし四発もの銃弾が貫通した男の頭は原型を留めておらず、割れた眼鏡の破片も皮膚の中に食い込み、どこが目でどこが口なのかわからないくらいにぐちゃぐちゃになってしまっていた。
「ひっどいのぉこれは」
「そんなの見て面白いの……?」
「面白いわけないじゃろ。顔を見ておきたかったんじゃが、判別が全くつかん……何の目的があったんじゃ? こいつは」
「あたしに訊かないでよ。どうしてエイジを探してるかなんて……逆に、あんたは何か知らないの? あたしよりエイジといる時間は長いんだし」
「見当もつかん。そもそもこやつも人間じゃろ。異界者を探してどうするつもりじゃったのか……」
「……エイジが帰って来たら、話してみましょ」
「そうじゃな。……それにしても」
フォウは辺りでせわしなく動く人の群れを眺めながら口角を上げる。
あれだけ差別を受けていた子供たちが今はどうだ、大人たちに信頼されて手伝って貰っている。
それを見てフォウは、人間の心というのはこうも真逆に変わるものなのかと不思議に思った。
「……人が死ねば、人は変わるのか?」
「……少なくとも、あたしは変わったわ。この町の大人たちも目が覚めたみたい」
「ふっ……そうか。」
「手を上げて喜べはしないけど……ロイも、子供たちも望んでいたことなんじゃない? ようやく、この町の呪いが解けたんだから」
雲に覆われていた太陽が顔を覗かせ、暖かい光が町に降り注ぐ。
顔を上げて空を仰いだロイは、空に向かって煙草の煙を吐き出した。
煙草は根元まで灰になり、火種はとうに消えていた。




