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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
イスター編Ⅱ 呪われた町の無頼
33/90

33.躊躇

 殺される。眼前に迫りくる槍の先端つまり穂の部分が、レンティアに恐怖を見せた。動かなければ死ぬという恐怖を見たからこそ瞬時に身体は反応する。

 両肩を上げないように首ごと上体を傾け、レンティアは血走る槍の穂をぎりぎりで躱した。置き去られた栗色の髪がぱらりと散る。


 地面の血だまりをぱしゃりと跳ねさせてその場から横へ跳ぶレンティア。矢筒から矢を数本取り出し、謎の男に向かって射る。槍を繰る腕目掛けて射られた矢だが男は槍の柄でそれらを弾き落とす。


「っ……あんた一体何者よ! なんでこんなこと……っ!」

「……邪魔をするなよ」


 男は片手を眼鏡のつるにそえて、かちゃりと音を立てる。レンズ越しの生気無き瞳がレンティアを睨んだ。男の行動からして思っていたことだったが、どうも普通じゃない。こいつは危険だとレンティアの心に警鐘が鳴る。

 後ずさって槍が届く範囲から脱したレンティアは腕の弦に矢を乗せ、力強い目つきで男を睨み返す。彼女の額には冷ややかな汗が浮かんでいた。


「動くんじゃないわよ! 大人しくしなさい!」

「大人しくするのはお前だよ、大人しくしろ、大人しくするんだ。私の目的を邪魔するんじゃない……」

「っ……! 不条理な豹変(カリギュラ)!!」


 男は無表情だが、かえってそれが不気味でならなかった。感情が見て取れないせいで何を考えているか、何をしでかすか予想が出来ない。

 男は周りに転がっている死体も、呻いて助けを求める負傷者も興味が無さそうな目で見ている。そしてレンティアのことも。きっとレンティアがこの場を逃げ去れば男は追いかけてこないだろう。男は何の目的か知らないが無差別に人々を襲っているだけに過ぎない。

 ただ近くにいる者を無作為に。そんな奴を放っておくわけにはいかないと、レンティアは戦技を放った。


「……何がしたいんだ、お前は一体何がしたい? 私を威嚇でもしているのか、当たらない矢程度のもので」

「当てるわよ、ちゃんとねっ……!」


 男のすぐそばを通り過ぎていく矢は、加えられた特殊な回転に従って軌道を大きく変える。以前竜獣に対して放ったこともある、レンティアが一番使いやすい戦技だ。

 狙いは最初から背後。引き返すように戻っていく矢は男の脚へ向かっていく。それに男が気づくはずも無く、矢じりは肉をかき分け男の脚を貫いた。


「ッ……!」

「あたしの矢は曲がるのよ……これ以上串刺しにされたくなかったら、動くんじゃないわよ!」

「……ただの矢か。なぜ脚を狙った、どうして頭や胸を狙わない? そうすれば私は死んでいたというのに」

「……あんたみたいな人殺しと一緒にしないでよね」

「邪魔をするなら相応の対応をしよう。串刺しになりたくなければ大人しくするんだな」


 脚に何本も矢が刺さっているというのに男は眉一つ動かすことなく平然としている。

 それどころか痛みを感じないのか、真っ直ぐにレンティアに向かって駆けだした。槍を浅く持ち構え、今度は確実にレンティア一人を狙っている。


 矢を使う戦い方をするレンティアにとっては、近づかれるというのが一番厄介だ。相手の攻撃は届かず自分だけが攻撃できる距離、それを保ってこそ弓矢という武器が活きてくる。


(……あいつの槍は見たところちょっと短いわね。4メートル強ってとこかしら……腕の長さや身体の向きを考えても、届くのは5メートル前後……!)


 男は槍の射程にレンティアを捉えるとすぐさま攻撃を仕掛けていく。突くだけでなく薙ぐように振るったり、突いた後に振り上げたり。突きを単に躱すだけでは二の次三の次の攻撃の餌食となってしまうと考えたレンティアは、出来るだけ後ずさり槍の射程ぎりぎりの距離を守った。

 相手の攻撃を冷静に見極めながら、隙を見て反撃に出る。


「……そこだな」

「なっ……!」


 だがレンティアが反撃に出るその一瞬を、男は逆に狙っていた。

 槍を手前に引っ込めると同時に足を大きく踏み込んでレンティアの懐中へと一気に近づく。


(しまった……! ずっと槍の先端ばっかに意識がいってて、こいつ自身が距離を詰めてくるのを考えてなかった……! でも、これだけ近かったら逆に攻撃は出来ないはず……!)

「……大人しくしろ」


 男は槍を使わずに、握りしめた拳を突き出す。レンティアの腹に繰り出された拳の衝撃は背中にまで抜けて、彼女の額を伝っていた汗がしぶき散った。

 内臓が拳に圧迫され押し上げられる。腹圧が一気に上がったことにより、吐き気を催す暇も無くレンティアは口から胃液を吐き出した。


「う”、ぇっ……!」

「汚いな、肩にかかるじゃないか、肩に」


 食道が膨らみ、吐いているあいだだけ肺が潰れるような感覚になった。息ができずに胃袋自体が口から出そうな苦しみ。レンティアはそのまま腹に打たれた拳を振りぬかれて壁に叩き付けられた。


「うっ!! げほっ……はっ……!」

(……朝ごはん、食べる前でよかった……っただのパンチなのに、穴開けられたみたい…… だめ、痛くて動けない……)


 痛みで霞む視界の中、男は眼鏡のつるに手をそえてかちゃりと音を立てる。動くことが出来ない今、攻撃を防ぐことは出来ない。危機的状況に陥ったとレンティアは焦る。

 しかし男はそれ以上レンティアに追撃の素振りを見せない。一瞥したあとにまた大通りをおもむろに歩き始めた。


「……ま、ちな……さいよ……」

「私はお前を殺すつもりは無い、殺さないつもりも無い。ただこうして血を流せればいい、流れた血の匂いに釣られ、竜殺しが出てくればそれでいい」

「竜殺、し……? どうして……」

「私は眼だ、視神経を通し脳に映像を届けるための眼だ。私は視なければならない、視ることこそが私の使命だ」


 竜殺しの男を探している、それはエイジのことだとレンティアには分かった。だがどうしてこの男はエイジを探しているのか。何の目的で。

 いずれにせよ男はエイジを見つけるまで、ずっとこの町で殺戮を繰り返すだろう。それだけは何としても阻止しなければならないと、レンティアは必死の思いで腕を動かそうとする。


(……足止めなんて、言ってられない……こうなったら……殺すしか……っ)


 男はすでにレンティアに背を向けている。矢を構えた彼女の姿は見えていない。

 震える指が標準を男の後頭部に定めていく。痛みで霞む意識の中で、ゆっくりと。

 だが引いた指を離すことが出来ない。息は浅く、胸がせわしなく高鳴る。


(……どうして撃てないのよ……! あいつは、このままじゃまた人を傷つけるのに…………撃たなきゃ、いけないのにっ……!)


 歯を食いしばっても、頭で理解できていても、指は離れてくれない。

 レンティアはこの時はじめて、人を殺すということへの抵抗感を感じた。この指を離せば矢は男の頭を簡単に貫通し、血と脳漿を矢じりで掻き分けて殺すだろう。自分の放った矢で人が死ぬ。

 意識の深い部分で、自分が叫んでいる。駄目だ。やめて。殺してしまう。

 そしてそれに混じり、指を離せ。やれ。殺せ。と別の声も聞こえる。

 やらなければならない、だけどやりたくない。この葛藤に板挟みにされてレンティアは動くことが出来なかった。


「ぅ、ううぅ……っ!!」

「―――人を殺すときは躊躇しちゃ駄目だよ。何も考えずに指を動かすんだ」


 意識の中ではなく、耳にたしかに聞こえた幼い声。

 その声が聞こえた直後に、腹の底に響くほどの大きな銃声が続けて鳴った。

 二回、三回。続けざまに撃ちだされた銃弾は男の後頭部と背中に命中する。銃弾は貫通し、肉の内側から血を伴って飛び出していく。

 男は衝撃で前のめりに倒れ、ぴくりと身体を震えさせることなく沈黙した。


「……あんた」

「これ以上、子供たちを危険に晒すわけにもいかないからね」


 煙草の煙と硝煙をくゆらしながら、ロイは冷たい声色でそう言った。

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