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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
イスター編Ⅱ 呪われた町の無頼
32/90

32.留守番

「っ、はぁっ、はっ……ロイ! ロイ、ロイ!! 大変なんだ!!」

「……どうしたんだいハインリッヒ、そんなに慌てて」


 路地裏でいつものように木箱に座り煙草をふかしていたロイの元に、ハインリッヒや他の子供たちが続々と集まっていく。

 子供たちはなぜかみんな怯えた表情を浮かべ、ロイにすがりつくような視線を送っている。そんな子供たちの様子を見てロイは木箱から降りた。


「ま、町が大変なんだ! みんな襲われてる!!」

「落ち着いて話してくれハインリッヒ。一体どういうことだい?」

「うぅ……わかんないよ! 町の大通りに出たら、みんな血だらけで倒れてるんだ!」

「……なんだって?」


 いつもロイが座っている木箱がある場所は大通りからかなり離れている。毎日毎日、商人たちの呼び込みの声やがやがやとした喧騒を聞くのに辟易していたからだ。この場所なら大通りの方の声や物音は全くといって聞こえない。

 大通りの様子を聞くことができない以上、目で見るまでは何もわからない。


「それで……巻き込まれてトニーとマルコが……っ!」

「……誰にやられた?」

「町の人間じゃない! 眼鏡かけた男だよ、一人で槍みたいなの振り回して見境なく暴れてるんだ!!」


 町の人間が襲われていると聞いて真っ先に盗賊を思い浮かべたロイだったが、ハインリッヒの話を聞いてそうではないと思った。そもそも盗賊は単独で行動しないし、使う武器も時代遅れの銃器だ。

 槍を使い町の人間を襲う謎の人物、その正体を見極めるためにもロイは大通りへ行こうと考えた。


「わかった。フリッツ、ユーリ、君たちは他のみんなを12番と24番の路地に避難させるんだ。絶対に大通りに出るんじゃないよ。ハインリッヒは3番の入り口に居てくれ、僕が様子を見てくる」

「う、うん、わかったよ!」


 咥えていた煙草を奥歯で噛みしめながらロイは走り始めた。路地裏を駆け回り、建物の壁を窓枠や柱などを利用して一気に駆け上がる。建物の屋上から屋上へと飛び移りながら移動して、大通りが見下ろせる位置まで素早く移動した。


「……ひどいな」


 大通りは見るも絶えない惨状が広がっていた。

 人々は血を流しながら倒れ、痛みに呻く低い声があちこちで上がっている。血だまりに這いつくばる人々がまるで地続きの絨毯のようにも見えた。

 ロイは倒れている人たちの姿をくまなく眺め、その中から路地裏の子供たち(フーリガンガールズ)を見つけ出した。屋上から飛び降りて真っ先にそばへと近づいていく。


「大丈夫かい、マルコ、トニー」

「うぅ……ロイ……」


 倒れていたマルコはまだ意識があり、苦しそうに呻きながらもロイに抱きかかえられた。


(よし……傷はそこまで深くない、これなら止血と応急手当で十分助かる……問題はトニーだな)


 マルコを抱きかかえながら、ロイはうつ伏せで倒れているトニーの身体を起こす。マルコの軽い斬り傷と違い、トニーは腹の中心から背中までの貫通傷を負っていた。傷口は大きくないが、内臓を貫かれたせいで出血がひどい。

 ロイはそっと地面にマルコを下ろし、代わりにトニーの身体を抱きかかえた。


「マルコ、痛いだろうけど我慢するんだ。トニーを運んだらすぐに戻ってくるからね」

「う……できるだけ、はやくして、よね……」

「わかってる、君たちは僕が守る」


 マルコを安心させるために、ロイはにっこりと微笑んだ。ロイの言葉とその表情に安心したのか、苦しそうだったマルコの表情も少し和らぐ。

 ロイはトニーを背中に背負いなおして、一番近かった路地裏への道へ入っていく。そこはフーリガン・ガールズが3番と呼称している道だ。あらかじめ待機していたハインリッヒの元へロイは向かった。


「ロイ! トニーは大丈夫なの!?」

「傷が深いけどまだ生きてる。前に怪我の治し方を教えたよね、あれの応用だと思えばいい……とにかくみんなの所に連れていくんだ。マルコは傷が浅いから、僕が応急処置して連れていく」

「う、うん……」


 トニーの身体をハインリッヒに背負わせて、ロイはまた大通りへと足を向ける。


「怪我をしたときは出来るだけはやく対処しなきゃいけない、急ぐんだ」

「で、でも……それならロイがトニーを連れていってよ! 僕がマルコを助けるから!」

「……いま大通りに出るのは危険だ。それに君なら大丈夫……みんなの中でも、かけっこが一番早いのはハインリッヒだろう?」


 ロイの一言でハインリッヒの表情が一変する。先ほどまでの動揺と焦りは消え失せ、目つきは覚悟を表している。

 ロイが大通りへ戻ると同時にハインリッヒも路地裏の奥へと駆けだした。

 地面に横たわったままのマルコの元へ近づいていき、ロイは服のポケットから銀色の瓶を取り出す。瓶の蓋を開けて、その中身に人差指と中指を突っ込んだ。


「ぅ……ロイ、なにするの……?」

「薬だよ。傷口を塞いで止血する効果がある……もちろん傷の奥にも入ることになるから、少しだけ我慢するんだよ」

「いぃっ! す、ずっこぐ痛いよ……これぇ……っ!!」

「ほら、男の子なんだから我慢だよ」


 ロイの指についた薬はマルコの傷口に染みわたり、溢れる血を留めさせた。傷を完全にふさぐわけではないが、これで雑菌が入るのを防ぐこともできる。

 瓶の蓋を閉めてまたポケットにしまいなおすと、ロイは煙草を大きく吸う。薬を塗りこんだ部分に口を近づけて、肺に入り込ませた煙を一気に吹きかけた。


「ちょ、ちょっとロイ……」

「この薬は特殊なモノなんだ、煙草の煙に反応して固まる」

「……うわっ、ほんとだ」


 傷口に塗った薬が固まったのを確認して、ロイは煙草の火を地面の血だまりに漬けて消した。先ほどトニーにしたようにマルコの身体を背負う。

 そのまま路地裏へと戻ろうとしたロイだったが、血だまりの中に横たわる男が呻きながら声を上げる。


「ぅ、ぅう……た、たすけて、くれぇ……」

「……」


 ロイの心に黒く淀んだ何か(・・)が渦を巻く。目の前で死にかけている男の姿が、ロイの瞳にはひどく汚らしいモノに映った。周りを取り囲む血の匂いも鼻につく。苦しみに濁った男の声は耳障りな雑音のようだ。

 男はマルコやトニーと違って致命傷を受けている。男が這いつくばっている血だまりの大きさからロイはそう察したし、何よりも男の瞳は既に死の恐怖に取り付かれていた。


 ああいう眼をした人間は必ず死ぬ。ロイにはそれが解っていた。

 助けを求める男を、踏み潰された蟻を見るような目で見下したロイは、そのまま視線を切って路地裏へと入っていった。


「何があったんだいマルコ」

「……眼鏡をかけた男の人が、大通りの真ん中でいきなり槍みたいなのを取り出して……周りの人たちを襲い始めたんだ。僕やトニーは丁度、出店から商品を盗もうとしてて……」

「巻き込まれたってことか……それじゃあその人は、無差別に?」

「多分そうだと思う……見ただろ? 町の人たちや商人、僕みたいな子供も容赦なくさ……一体何がどうなってるのか、わかんないよ」

「目的がわからないね」

「……あっ、そういえばその人、ずっとぶつぶつ言ってたよ」

「聞いたのかい? 一体なんて?」

「……『でてこい』、って」











 ドルヤガに異変が起こったのは時間で言うと、エイジとヴェインが町を出たすぐあとのことだ。フォウとレンティアが朝食を取るために店に入った直後でもある。

 エイジたちが出ていった方向の逆側から町に入り込んだ男。その男は何ら怪しい動きは見せず、堂々と町に入っていった。


 町の中心辺りまで歩き、そしてどこからともなく槍状の武器を取り出した。辺りにいた町人たちが驚いたのも無理はない。町中で武器を構えることもそうだが、男は手ぶらで歩いていたはずなのに気がつくと槍を握っていたのだから。

 町人たちが何らかのリアクションを取る暇も無く、男は無差別に町中で凶器を振り回し恐怖を振りまいた。


 殺す殺さないという意識は男に無かった。ただ腕を振るっただけだ。血を流させ悲鳴を上げてくれればいいとだけ思っていた。故に大人も子供も関係なく巻き込まれた。運が悪い者は腕や脚を斬り飛ばされ、両目を裂かれ、首を切断され死に至った。運が良かった者でもかすり傷で済むとはいかず深手を負った。

 大通りが血の道と化しつつある中、カフェで注文した料理が運ばれるのを待っていたレンティアとフォウは町の異変に気づきつつあった。


「なにやら外が騒がしいの」

「え? ……ほんとだ、なんかあったのかしら」


 店の外から聞こえてくる喧騒はそれまでとは雰囲気が違った。

騒ぎ声というのは不思議なもので、構成される声が違えば全く別物に聞こえてくる。喜びや笑い声といったもので構成される喧騒はうるさいながらも心地よく聞こえる。だが混乱や悲鳴で構成される喧騒は尋常ではない雰囲気を醸し出し、聞く者の心をざわつかせる。

 まさにレンティアの心中は波が押し寄せるようにざわめいていた。


「……ちょっと見てくるわ」

「料理が来たら先に喰っておくぞ」


 心のざわめきを感じていたレンティアは、無意識のうちに腕の弦を指で弾きながら店を出ていく。弦を指でいじるのは彼女なりの用心の表れだ。

 店の扉を開けて外に出ると、喧騒の正体がよくわかった。人々は悲鳴を上げて逃げ惑っている。その表情は恐怖と混乱に染まり、一目で異常な事が起きていると理解できた。


 人々が逃れようとしている場所、大きな悲鳴の中心点、飛び散る赤い飛沫とかすかに匂ってくる頭の芯が痺れる腐臭。何が起きているかはレンティアにも大体想像が出来ていた。だがあえて彼女はより匂いの濃い方へ、人々の流れに逆らって向かって行く。


「……なによ、これ」

「出てこい、出てこい……竜殺しの男……」


 一人の男が、多くの人を傷つけている。

 視界が全て赤く染まりそうなほどに彩られたその場の中心で、男が槍のようなモノを振り回し、そのたびに筆に息を吹きかけたようにぴしゃりぴしゃりと飛沫が飛んでいる。


「―――っ何してんのよアンタぁッ!!」

「……お前じゃあない、女じゃあない、私が求めているのは男だ、男だ……竜殺しの男はどこだ……?」


 男は手首を返し、槍の先をレンティアに向ける。

 彼女が矢筒から矢を取り出すよりも速く、男は攻撃を仕掛けた。

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