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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
イスター編Ⅱ 呪われた町の無頼
30/90

30.一日の始まり

 窓際のカーテンの隙間から朝日が差し込む。細長くのびる陽の光は狙いすましたように、ベッドで横になっていたエイジの目元を照らす。

 夢の世界から徐々に戻りかけていたエイジの耳に、早朝から活動し始める人々の音が窓の外から漏れ出すようにかすかに届く。その音が暗闇を照らす道しるべのような役割となり、夢の外へとエイジを導いた。


「……。」


 しばらくぶりに朝まで眠ることができたエイジが目覚めて最初に口にしたのは、辟易するようなため息だった。

 声は出さず、息だけを薄く開いた唇から漏らす。目は閉じたまま、ゆっくりと腹筋だけでベッドから起き上がる。


(……どれだけ見ても、慣れない夢だ)


 エイジはさっとベッドから脚を下ろし、部屋の壁にかけてあったマントを手に取る。

 前髪をかきあげ首を動かす。青く短い髪の毛が何本か手に絡まって抜け落ち、鈍い音が数回鳴った。ベッドのすぐ傍に立て掛けておいた大剣を背負い、肩にベルトを回してボタンを留める。その上からマントを羽織り、しっかりとした足取りで部屋を出ていく。目つきは鋭く、ついさっきまで眠っていたとは思えない顔つきで。


 宿屋の二階から階段を下っていくと、ロビーには既にレンティアの姿があった。

 ソファに腰かけていた彼女は、少しぼんやりとした目で降りてくるエイジを見つけると軽く手を振った。


「おはよ、エイジ」

「ああ。……あいつ(フォウ)はまだ寝ているのか」

「まだ寝てたわ。ほんっと、普段は生意気な口きくけど寝てる時は可愛い顔してるんだから。……無理やり起こすのもなんか気が引けちゃってさ」


 テーブルを挟んでレンティアとは反対側のソファにエイジも腰かける。ソファは少し硬く、エイジが体重をかけるとぎしりと軋んだ。

 レンティアはくあ、と口を開けて小さなあくびをする。目尻に滲んだ涙を人差し指で拭くと、背もたれにぐっと寄りかかって天井を仰いだ。室内の空気を攪拌かくはんし、室温を均等にするために取り付けられた四枚羽のファンをぼんやりと眺める。ゆっくりした動きを見せるそれは、ロビーの静けさと相まって彼女の眠気を増長させる。


 バンサス村を出発してからドルヤガに着くまでの旅でもそうだったが、レンティアはあまり朝に強くない。起床してから少なくとも二時間程度は寝ぼけ眼で、動作もどこか重そうだ。

 それでも朝早くに起きたのには、少しでも時間を無駄にしたくないという心の表れかそれとも、少しでも早く行動したいという心の焦りか。


「……今日は一日あるから、町の人たちへの聞き込みは終わりそうね」

「そうだな。と言っても、俺は昨日のうちに殆どを済ませたが」

「あらそうなの? じゃあ今日はどうするのよ」

「サウスガルムとの地別線(ちべつせん)、そこの様子を見に行く」


 そう言うとエイジは立ち上がり、首の付け根に右手を当てて傾ける。軽い音が彼の首から断続的に数回鳴った。


「様子を見にって……あたしやフォウも行った方がいい?」

「いや、必要ない。どれだけ竜がいるかこの眼で確かめに行くだけだ。……地別線まではそう遠くは無い、なまらないように身体を動かすついでだ」

「……そう。じゃああたしは町での聞き込みを続けるわ」


 エイジは町の外へ向けて宿屋を出ていこうとする。彼が扉を開けようとドアノブに手を掛けたとき、思い出したようにレンティアは声をかけた。


「あぁっ、ちょっとエイジ」

「……なんだ?」

「あんた、朝ごはんはどうするのよ」

「必要ない。昨日の夜に食べたからな」

「……ったく、平気だとしても摂らない理由にはなんないでしょうが」


 両手をソファの肘掛けに置き、肘に力を入れて重たげに立ち上がるレンティア。彼女は服のポケットに手を入れ少しまさぐりながら、扉の前で立つエイジに近づいていく。

 そうしてポケットから小さな袋を取り出すと、それをエイジに手渡した。袋の口は紐で縛ってある。エイジは袋を受け取ると、その重さと中から聴こえる金属的な擦れあう音で中身を察した。


「……かねか?」

「どうせあんたは1ゴールドも持ってないんでしょ。それで適当に出店の食べ物買って食べなさいよ」

「いや、俺には必要が……」

「あぁもう、うっさい! サンドイッチでもなんでもいいから! ほら、行ってらっしゃい!」


 レンティアは袋を返そうとするエイジの背中を押し、彼は無理やりに宿屋から出発させられた。途端に閉められた扉の先を少し見つめたあと、エイジは仕方なしにお金の入った袋を懐へとしまう。


 エイジにとっては食事など一週間に一度摂れればいいものだったが、それは肉体的にも精神的にも「我慢が出来る」というだけであり、決して喉を通らないわけでもなければ空腹を感じないわけでもなかった。

 彼は渋々、レンティアに言われた通りに何か軽食を買おうと大通りを歩きはじめる。


(……使わないというのも、何か悪い気がするしな)



 エイジが大通りを歩き始めたのを、レンティアは扉の隙間からそっと覗いていた。

 すでにたくさん開いている出店をきょろきょろと見回しながら歩いていく彼の姿を見て、自分の言う通りに食事を摂る気なのだとわかると、レンティアは扉をそっと閉めてまたソファへ座り込んだ。


 ドルヤガに来るまでの旅の途中、およそ六日のあいだエイジは水分は摂っていたものの一切食事を行わなかったのだ。旅の間に料理を任されていたレンティアはその事にとても心配していた。

 人間は食事と睡眠を摂らなければあっという間に死に至る。エイジに限ってそんな死に方は無いだろうと思いつつも、彼女は世話を焼かずにはいられなかった。


「はぁ……宿屋代に食事代。旅の間に使う消耗品……貯金しててよかったわ」


 今までに無駄遣いをしてこなくてよかったと思うレンティア。と言っても今の世界では、無駄遣いなどしようとも出来ないようなものだが。

 レンティアがソファの背もたれに寄りかかって休んでいると、宿屋の二階の部屋が少し強めに開かれた。軽い足音と共に、寝起きのフォウが一階へと降りていく。


 満面の笑みで腕を振りながら階段を降りるフォウを見て、レンティアは少し笑ってしまう。ああいうフォウの姿を見ると、本当にただの小さな子供にしか見えないからだ。

 細い手足、小さな胴、女性の雰囲気を全く持たない顔つき。そんな見た目のフォウだが、言動は竜というだけあって高慢極まりない。レンティアはフォウが竜だということを知らないから、つくづく変わった子供だと思っていた。


「おはよ、フォウ」

「おぉレンティアよ、良い朝じゃのぉ」

「随分気持ちよさそうに寝てたじゃない?」

「最高の寝心地だったのじゃ。特にベッドで寝ていて朝を迎えるというのが素晴らしいのぉ……体温でぬくくなったシーツがわしを離してくれんのじゃ……」

「そんなに気持ちよかったなら、もっと寝てたらよかったじゃない」


 フォウは先ほどエイジが座っていた場所にぽすんと座り、ソファとお尻の間に巻き込んでしまった長い後ろ髪を腕で抜いていく。


「そうもいかん。腹が減っては寝てもおれんからの」

「あぁ……お腹空いて起きてきたのね」

「さっそく飯を食いに行くぞレンティア! 今日は昨日とは違う店に行ってみようかの」

「ったく……ご飯になると目の色変えるんだから」


 くつろぎながら談笑する二人に、宿屋の店主が近づいていく。


「ようお嬢ちゃんたち、よかったらおススメの店を紹介しようか?」

「ふむ、折角じゃから聞いておこう」

「大通りに出て四つ隣のカフェなんだが、朝飯にぴったりな料理が多いよ。特にコーヒーの味が絶品さ」

「へぇ……いいわね、そこに行こうかしら」

「実はそのカフェ、俺の弟がやってる店なんだよ。是非行ってやってくれ」


 笑いながら言う店主だが、どうやらこうやって宿泊客には身内の営む飲食店を紹介しているようだ。店主たちの戦略にはまるようでイマイチ乗り気になれないレンティアだったが、フォウは俄然行く気になっていたので、苦笑いしながら共に店を出た。

 店主の明朗な見送りの挨拶を背に受けながら、紹介されたカフェを目指して歩きはじめるフォウとレンティア。大通りは昨日の日中と変わりなく既ににぎやかになりつつある。出店もほとんどが開店作業を終え、客の呼び込みの声があちらこちらで上がっているようだ。


「ほんとににぎやかな町よね……なんかお祭りみたい」

「これだけ人も多ければ何か情報が得られるじゃろう。飯を食ったらまた聞き込みをするんじゃろ?」

「あぁうん、あたしはそうするつもり。……そういやエイジがさ、地別線の様子を見に行くって言って出てったんだけど」

「地別線に? エイジめ、竜がいるとなると居ても立ってもいられんのかのぉ」

「心配しなくていい、みたいに言ってたけど……アンタも後で行ったら?」


 町の景色を眺めながら肩を並べて歩く二人。と言っても身長差があるので肩が並んでいるわけではないが。レンティアの身長は19歳の少女にしては少し低めだが、フォウはそれよりもさらに低い。

 エイジとフォウが並ぶともう親子のような身長差だが、レンティアと並ぶと姉妹のようにも見えた。


 エイジのことを聞いたフォウは、他人事だと言わんばかりに適当な相づちで返す。


「わしが行く必要などないじゃろ」

「なんでよ、あんたは特にやることもないんでしょ? それに竜を倒すのはあんたら二人の目的なんじゃないの?」

「勘違いするなレンティア。竜を全滅させたがっておるのはエイジじゃ。わしはあくまでも四王を討つのが目的で、他の竜にはさほど興味も無い」

「……だからって、エイジ一人に行かせるなんて……」

「心配せんでもよい。エイジはただの竜如きに果てるような人間ではない。たとえそんな人間なら、わしはとっくに見限っておる」


 何食わぬ顔で少し辛辣なことを言うフォウ。だがレンティアには、素っ気ない態度を取るフォウの胸の奥にある「信頼感」というものを垣間見た。

 イマイチ情には薄いフォウだが、エイジに対する信頼は大きなものだ。信頼しているからこそ、毛ほども心配せずにこんなことを言えるのだろう。


 まだレンティアは二人のことを詳しく知らない。エイジの過去に何があったのかは聞いていないし、聞こうとも思えない。フォウが一体何者なのか。エイジとフォウはどうやって出会ったのか。知らないことだらけだ。

 所詮互いの復讐を果たすための非情な旅だが、それでもレンティアは少しずつ二人のことを知っていきたいと思っていた。


「うむ、ここじゃな」

「……おなか減ったわね、はやく入りましょ」


 二人は目的のカフェに入っていく。

 ちょうどその頃、エイジは町から出ようとしている所だった。

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