27.HG-大人と子供
「揉めとる最中悪いんじゃが……盗まれた荷物を探しておる。何か知らんかのぉ?」
ロイとヴェインの間に割って入ったフォウ。彼女は盗まれた荷物を追いかけ路地裏へと入ってきていた。
この場に辿り着いたのは偶然だったが、ある意味必然でもあった。ドルヤガの町に張り巡らされた路地裏はかなり複雑な構造をしており、初めて足を踏み入れた者ならいずれ袋小路へと来てしまうのだ。
フォウがヴェインと同じ入り口から入ったことが偶然であり、そしてこの場に辿り着いたことが必然だった。
「おいハンス、こいつも路地裏のガキか」
「違うね。僕も初めて見る子だ」
「わしは今日はじめてこの町に来た旅人じゃ。フーリガン・ガールズと呼ばれておる童どもに荷物を盗まれてのぉ」
「……てぇことは、俺と立場は同じってわけか」
フォウはヴェインの剣から手を離した。先ほどは二人の間に入るために両者の攻撃を受け止めたが、用があるのはフーリガン・ガールズ。つまりは子供たちだ。
ヴェインの体つきはどう見ても子供とは思えない豊満なもの。ヴェインの口から立場が同じと言われ、フォウもそれを理解した。
「おぬしも何か盗まれたようじゃの。……で、この童がフーリガン・ガールズとやらの一員か?」
「あぁ。この際てめぇが何者だろうがどうでもいい。……おいハンス、とっとと盗んだものを返しな。そうすりゃこの路地裏から出ていってやる」
「……」
ロイは冷静に今の状況を分析していた。
突如現れたフォウは、外見が自分よりも年下の子供。しかし押さえられているリボルバーは動かせる気配がなく、力は相当強い。銃口は壁を向いていて攻撃は出来ない。そして剣を持ったヴェインもいる。自分の背後は袋小路。最悪な状況だ。抵抗は無駄かもしれない。
(……だけど、盗品を奪い返されるわけにはいかない。一度こういったことを許せば、今まで築き上げてきたものが一気に崩れる可能性もある)
ロイは決して二人のいうことを聞こうとしなかった。盗品を返したところで、子供たちに危害を加えない確証は持てない。それに、一度フーリガン・ガールズから盗品を取り戻せたという噂が町に広まれば、路地裏に入り込む人間が増える可能性もある。
それだけは何としても阻止しなければならない。
「どうしたハンス!! 何とか言いやがれ!」
「……マクレイン、あなたはさっきこう言ったよね。どんな理由があろうと、人のものを盗むことは等しく許せないと」
「あたりめぇだ、同じことを言わせんじゃあねぇよ」
「……そうしなければ、生きていけないとしてもかい?」
ロイはリボルバーから手を離し、袋小路に置いてあった木箱の上に座り込んだ。それは二人には観念したようにも見えたし、そうでないようにも見えた。
木箱に片膝を立てて座るロイの姿は何かサマになっており、子供ながらに風格さえも感じさせるくらいに似合っていた。
「えぇと、君も旅の人だよね。名前は?」
「わしか? わしはフォウじゃ」
「フォウか。僕はロイ……この町のことを知らない君たちに、教えてあげるよ」
「あぁ? なにを教えようってんだよ」
「……この町の影の部分さ」
この状況を打開するためには、二人に本当のことを話すしかないとロイは考えた。
ヴェインはとりあえず話だけは聞こうと、剣を鞘に収める。ロイはリボルバーをフォウに握られたままで、どうせ抵抗は出来ないのだからと。
「ドルヤガに訪れる贄の暦の周期は一年。年に一度、竜が一匹だけこの町に現れる」
「一匹だけ……? そりゃまた珍しいのぉ」
「その竜は町の住人を二十人ほど連れていく。まぁ、そうやって人が連れ去られるのはどこも同じだろう? 問題はそのあとさ」
戦争終結から三年が経っているので、この町に訪れた贄の暦は通算で三回。つまり町の住人は戦争後から六十人が犠牲になっている。
「連れ去られた住人の中には、子供を持っている人もたくさんいた。残された子供たちはどうなったと思う?」
「……そりゃ、親がいなくなっちまったら仕方ねぇ。誰か他の奴が親代わりにでもなってやるんじゃねぇのか」
「違うよマクレイン。この町の人間は、贄の暦に選ばれた人の家族を徹底的に無視するのさ」
「……なんだと?」
「ほう……」
ロイはその理由を続けて話した。
この町の人間は少し変わった共通意識があるという。それは『贄の暦に選ばれた家族は呪われている』という意識。この町の人間は、贄の暦の犠牲者が無作為に選ばれているのではないと考えているのだ。
竜に選ばれるのは呪われた人間。その呪われた人間の血を引く子供もまた、呪われているに決まっている。だから残された子供がいたとしても、人々は何もしない。むしろ関わりたくないと、その子供を無視し近づけなかった。
「食事もさせてもらえず、寝る所もない。生きて行くために仕事をしてお金を稼ごうにも、どこも働かせてもらえない。遂にはただいるだけなのに、蔑まれ、追いやられ。そして路地裏でひっそりと暮らすことを余儀なくされる」
やがて子供たちは飢えに苦しみ、大通りで売られている食べ物を盗んだ。どうせ売ってはくれない。だけどお腹は減っている。なら盗むしかないと。
最初のうちは盗む際に気付かれ、こっぴどく痛めつけられることが多かった。だがそれしか生きるすべが無かった子供たちは盗みの技術を培い、何度も何度も盗みを繰り返した。
盗んだ食べ物は路地裏に帰ってから食べた。路地裏で暮らしているがゆえに、子供たちは町の誰よりもその構造を理解し、見つからない場所をいくつも知っていた。
しかしそれでも、町に噂は広がっていった。
『路地裏の子供たちは平気でモノを盗む。路地裏にこそこそ隠れながら』
たびたび路地裏に大人たちが乗り込み、荒らし、そして見つかった子供は散々痛めつけられた。
殺されることはなかった。町の人々も流石に子供を殺すのには抵抗があったのだろう。
しかし子供たちにとってはなんと理不尽な思いだったろうか。自分たちは薄暗い路地裏に追い込まれ、何も与えられない。生きるためには盗むしかないというのに、それすらも許されない。
直接手は下されずとも、それは十分に子供たちの命を奪う行為に等しかった。
「……商人たちの間にも子供たちの噂は広まっていった。その頃だよ、フーリガン・ガールズなんて呼ばれだしたのは」
ドルヤガを訪れる商人の中にも、金儲けだけを考える不埒な者がいた。通常のルートで商品を仕入れ売るのではなく、不当な手段で得た商品を高額で販売し利益を得ようとする者が。
フーリガン・ガールズはそう言った商人にとってうってつけの道具だったのだ。
商人は町の人々と違い、呪いなんてものは信じていない。たびたび路地裏に現れては子供たちに会い、盗品を譲ってくれれば金と食料を分け与えると言い聞かせた。
子供たちにとってそれは救いの手に思えた。その頃から、フーリガン・ガールズは食料だけでなく様々な物を盗み始めた。武器・薬・衣類・がらくた……とにかく何でもだ。路地裏に現れる商人は複数いて、それぞれが様々な物を欲しがった。
見境なく盗みを働く子供たちに、大人たちも困り果てていた。なんど痛めつけようとも子供たちは盗むことをやめない。当然だ。それが子供たちの生きるすべなのだから。
「……僕はある日、このドルヤガの町にやってきた。そしてこの町の現状を知ったのさ。子供たちにひどい仕打ちをする異常な大人たちのことを」
ロイはフーリガン・ガールズのことを哀れだと思うとともに、大人たちのことを憎んだ。
この町の大人たちがやっていることは、殺人行為と同じだ。自分たちで子供を追いつめておきながら、生きることになんとか縋りつくことすら許さない。自分勝手の極みだと。
「そうして僕は、路地裏の子供たちを守ることに決めた。……僕も子供だけど、僕より小さい子供もいる。放ってはおけなかったんだ」
「……それが、てめぇの言うワケだったのかよ」
「人間とはまこと愚かなものじゃの」
ロイの話を聞いて、二人はそれぞれに思った。
ヴェインはまず考えを大きく改めた。いかなる理由があろうと人のモノを盗むことは罪だが、この場合は果たしてそう言い切れるのかと。間違っているのは子供たちでなく、大人たちの方だ。
生きるために仕方なく子供たちは盗みを働く。今まで出会った悪党どもとは全く違う、生きるためという理由。それがわかったヴェインは、奥歯を噛み締めた。
そしてフォウは疑問が解けてすっきりした気持ちだった。
子供が盗みを行うなんて、よほどの理由があるはずだ。その理由はどんなものなのか、その理由には人間特有の感情が入り混じっているのではないかと疑問だったが、やはりその通りだった。
呪いを恐れて子供たちを追いやる? そして生きることすら許さない?
なんと滑稽で、なんと哀れであろうことか。フォウは内心でこの町の大人を、人間を嘲笑った。
「このことを知ってもまだ……僕らが悪いと言い切れるかい? 盗んだものを大人しく返せと怒鳴ることが出来るかい?」
静かに語るロイだったが、その冷たく濡れているような瞳からは、色合いのように寂しい何かを感じさせる。
ヴェインは何も言えない様子だった。しかし、フォウは素知らぬ顔で言い返す。
「わしには関係ないな。盗むなら他の物を盗めばよい。わしから奪ったものは返してもらう、それ以上は言わんがな」
「……そうだね。たしかに旅の人から盗むのは少し違うかもしれない。わかったよ、君から盗んだものは返そう。……マクレイン、あなたに言い分はあるかい?」
「……ああ、あるね」
ヴェインはロイに近づき、胸ぐらを思い切り掴みあげて怒鳴り散らした。
「ハンス! ガキ共の理由はよーくわかった、だがなァ! それでもテメェのやってることはおかしいと思わねぇのか!?」
「……何もおかしいとは思わない。僕は子供たちの生きる理由を守っているだけだよ」
「違う!! ガキ共に加担するんじゃなく、どうして大人たちの方を正そうとしなかった!! 間違ってるのは町の大人たちなんだろうが! だったらどうしてそっちの方を変えようとしねぇ!?」
「変えれると思うのか? 僕は子供だ。しかもこの町の人間じゃない。そんな僕が、この町に住んでいる多くの人間の考えを変えられると思うのか?」
「だからって何もしなかったのか……! 手段はいくらかあったろ! ガキの癖に決めつけてんじゃあねぇぞ、オイ!!」
ヴェインは声を荒げ、ロイの服を掴んで揺らす。だがその言葉は、ただ怒りをぶつけているだけでは無かった。
彼女の怒鳴り声が路地裏に響き渡る。ヴェインが肩で息していると、その場に遅れていたレンティアが姿を現した。
「フォウっ、あんた走んの速いのよ……って、なによ……どういう状況?」
「さぁの。わしにはあまり関係ない話じゃ」
困惑するレンティアだが、彼女のことを一瞥すらせずにヴェインとロイは睨みあったままだ。
眉間に皺を寄せるヴェインに、ロイはか細い微笑を返す。
「マクレイン、あなたは優しい人だ。……理由を話してから、あなたは僕たちのことを考えてくれてる」
「チッ……うるせぇ。とにかくこっちのガキから盗んだモンはちゃんと返してやれ。俺の方は目をつぶっといてやる……!」
乱暴にロイの襟元を突き放し、ヴェインは歯ぎしりしながら歩き始めた。フォウやレンティアに目もくれず、大きく足音を立てながらその場を去っていく。
ヴェインの凶悪な顔つきにレンティアは少し気圧されながら、彼女の後ろ姿を目で見送っていく。
ロイは乱れた服を正し、木箱から降りた。
「……フォウ、君の連れかい?」
「ん? おぉ、レンティアじゃ。わしと同じく荷物をおぬしらに盗まれた」
「そうか、ごめんねレンティア。あなたたちの荷物はすぐに返すよ」
「え? えぇ? ……なによ、どういうことぉ?」
◆
ロイの後に続き、フォウとレンティアは薄暗い路地裏を進む。盗まれた荷物がある場所に案内されているところだった。もうロイは抵抗しないだろうとフォウはリボルバーを返しており、いまはロイのベルトに嵌められたホルスターにしまわれている。事実、ロイには抵抗の意志が消えていた。
そして道中、フーリガン・ガールズにまつわる真実をロイから聞いたレンティアは、前を進むロイの背中を見つめながら複雑な心境だった。
「……ひどい話ね」
「まったく人間というものは同じ轍を踏むもんじゃ。同じ種でなぜ差別をするんじゃろうな」
「贄の暦に選ばれる人が呪われてるなんて、ただの妄言じゃない。そりゃ選ばれる基準が仮にあったとしても、子供たちには関係ないでしょ」
「この町の人たちはそう思っていないんだよ」
先ほどからいくつの曲がり角を曲がっただろうか。路地裏はどこも同じような風景が広がっている。薄暗く、空気も湿っていて息苦しさがあり、大通りから聞こえてくる喧騒が路地裏の静けさに響く。
地べたに薄い布きれを敷いて座り込む少年、盗品と思われるパンや果物を分け合って薄汚い木箱をテーブル代わりに食事をとる少女たち。何度もそんな子供たちとすれ違ってきたが、その子たちの目は暗く落ち込んでいた。
「……カール! いるかい?」
「あっ……ロイ。どうしたんだよ」
大きな木箱がいくつも並べられた場所にいた一人の少年にロイが声をかける。どうやら並べられている木箱には盗品がしまい込まれているようで、カールと呼ばれた少年は倉庫番のような役割を任されているらしい。
「ちょっと事情があってね。宿屋から盗んだ荷物が三つあるだろう?」
「あー、丁度いま届いたよ。これだろ?」
「それは持ち主に返すことにしたんだ」
「えー!? なんでだよロイ?」
「この人たちがその荷物の持ち主さ。旅の人で、その荷物の中に全財産が入っていたみたいでね。返してあげないと飢え死にしちゃうって言うんだ、しょうがないだろう?」
ロイは少し大げさに話を盛ったが、そうしないと納得させられないと思ったからだった。
ただ返せと言われても返すわけにはいかない。相手が本当に困っているというのなら、子供たちは素直になる。子供故にまだ純粋さが残っているから。
「う……そっか。じゃあしょうがないね」
「ああ。……はい、レンティア。あなたたちの荷物、確かに返したよ」
「はぁ、一時はどうなることかと思ったわよ」
荷物の中身は手がつけられていないようで、全て無事だった。
三人分の荷物を返してもらい、レンティアは安堵のため息を吐く。
「おいロイとやら。わしから盗んだ竜翠石はどこにある?」
「竜翠石……? あぁ、あれならもう商人に売っちゃったよ。久々の上物だったからね……一度商人の手に渡ったものはどうしようもないんだ」
「……まぁ良い。わしにとっては価値のあるものでもないしの。しかし、二度とわしらからは物を盗むなと童どもによく言い聞かせておけ」
「うん、わかったよ。……さぁ、大通りへの帰り道に案内しよう」
ロイの後に続いて、二人はまた歩きはじめる。
大通りへ向かう途中で、レンティアはおもむろにロイに話しかけた。
「……ねぇロイ。これからもずっと、こうやって生活していくつもりなの?」
「そうだよ。こうするしかないからね」
「余計なお世話かもしれないけど、こんなことを続けてても悪い方向に行くような気がしてならないのよ、あたし」
「どういうことだい?」
「……なんていうか、状況がよくなってないじゃない。マイナスの状況で、どんどん悪くなる一方。……もうちょっといい方向に少しずつでもいいから、進んだ方がいいんじゃないの? あたしなら、竜の呪いなんて無いってずっと言い続けるわ。町の人たちもいつかはわかってくれるんじゃない?」
ロイはそこで立ち止まり、少しうつむいた。
しばらく黙ったあと、振り向いて路地の先を指差す。そのときロイは笑っていたが、なにか儚いものを感じさせた。
「さぁ、この先をまっすぐ行けば大通りだよ。それじゃあね」
「あっ……ちょっと!」
それだけ言い残して、ロイは路地裏の闇へと消えていく。
ロイの頭には、さっきのレンティアの言葉が反響していた。それに混じって、あの赤い髪のヴェインの言葉も。
『他に手段はあった』。『状況がよくなってない』。
そんなこと、ロイもわかっていた。だがそれでもロイには、子供たちのことを考えることしかできなかった。
(……大人は、何もわかってくれはしないよ)
ロイは大人を信用しない。ロイは大人を憎む。
その身体に刻まれた過去の痕が疼くたびに、ロイは大人を拒絶する。




