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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
イスター編Ⅱ 呪われた町の無頼
25/90

25.HG-増える侵入者

「かーっ! 実に美味かったのじゃ!」


 ドルヤガの町の定食屋。昼時でにぎわっている店内のカウンター席でフォウが満足げに声を上げる。

 彼女の目の前には平らげた料理の皿がいくつも重なっており、その側には空になったワインボトルが二本。満足げな表情を浮かべているフォウに店主は呆れ顔で話しかける。


「大した嬢ちゃんだぜ全く……その小さい身体のどこに入ってるんだか」

「まだ食えるが、腹八分(はらはちぶん)めとも言うからのぉ。にしても店主よ、料理はまこと美味かったぞ。特にチーズハンバーグとやらがわしは気に入った」

「ははは、そりゃよかったよ」


 フォウの隣に座っている客は気味の悪いモノを見るような目をして、ひそひそと話している。フォウが食べた量も尋常ではないが、年端もいかない子供がワインを二本も空けたことの方が驚きだった。

 フォウ・ク・ピードでは飲酒に年齢制限は無いが、それでも子供が飲める酒の量などたかがしれている。大人でもワイン二本をわずか十五分足らずで飲み切れば酒豪も酒豪。客たちの話は伝播し、いつしか店内の客たちはみなフォウに注目していた。


「肉をわざわざ細かく砕いた後に丸めると、ああも柔らかく食うことができるもんじゃのぉ。かと言って肉の味は損なわず、真ん中にチーズを入れることによってなんとも言えんまろやかさが……」

「味を褒めてくれるのは嬉しいけどねお嬢ちゃん、代金の方は大丈夫かい? しめて合計が9万飛んで320ゴールドになるぜ」

「うむ、釣りはいらんぞ」


 フォウは懐から例の宝石をカウンターに出した。石を喰らう鉱喰竜こうしょくりゅうが生み出した緑色に光る宝石。

 カウンターに置かれたその宝石を見た瞬間、店主と周りにいた客たちが感嘆の声を上げる。


「おぉ……こ、これは……!」

鉱喰竜こうしょくりゅう竜翠石(りゅうすいせき)か!?」

「すげぇな、こいつは小ぶりだが、それでも10万ゴールドの価値はあるぜ……!」

「おいおい、本物かぁこれ……!?」


 いつの間にかフォウを取り囲むように客たちが大勢集まってきており、ざわめきがざわめきを呼び、半ばパニック状態に陥りかけている。

 鉱喰竜の宝石は滅多にお目にかかれるものではない。排泄された宝石を取りに行こうとしても、鉱喰竜は縄張り意識が強くテリトリーに侵入した者を容赦なく裂き殺すことで知られている竜だ。


 様々な鉱石・宝石を取り扱う商人でも入手するのが困難な代物。店の中にいる客の誰もが、実物を見るのが初めてだった。


「あぁーったく! 見せ物じゃねぇんだぞ! 石っころが欲しけりゃ店を出て表で買いな!」


 店主が一喝し、客たちは渋々それぞれの席に戻っていく。ため息をひとつ吐いた店主はあらためて、フォウが置いた宝石を手に取ってまじまじと見つめる。


「本物かどうか疑っておるのか?」

「いや……こう見えても俺は昔、宝石商だったんだ。何年も前の話だがこの眼は衰えちゃあいねぇ……紛れもなく本物だな、光を規則正しく反射してる」


 天井の照明の光が竜翠石を通り、カウンターの上に等間隔に影を落とす。その規則正しい光の透過は、石が間違いなく本物であるということの証明だった。何よりもその色合いはまがい物では決して出せない独特の輝きを持っている。素人でも比べればわかるほどに、石が放つ存在感が違うのだ。

 店主は竜翠石をカウンターに置き、にんまりと笑う。


「おい嬢ちゃん、これを一体どうやって手に入れたんだい」

「特別なことは何もしとらんぞ。落ちていたのを拾っただけじゃ」

「たまたま近くに鉱喰竜がいなかったってことか? ……だとしたら馬鹿ツキだぜ嬢ちゃんは。命知らずの商人がこれを手に入れようと何人も死んでるってのによぉ」

「所詮人間如き、竜と対等に渡り合うことなどできんからのぉ」

「はっはっはっ! 面白い事を言う嬢ちゃんだ」


 店内の奥。テーブル席についていた一人の少女が立ち上がり、会計を済ませるためかカウンターの方へとおもむろに歩きはじめる。

 しかしおかしなことに、その少女は手に水の入ったコップを持ち、真っ直ぐにフォウの方へと歩いていく。ゆっくりとした足取りから、徐々に足を早め。フォウとの距離まで残り十歩ほどの距離まで近づくと、少女はさらに加速した。


「……っ!」


 つま先で床を蹴り、踵をつけない走り方で一気にフォウの背後へ接近する少女。客たちはその少女の動きに気付けなかったが、カウンター越しに店内を見回せる位置にいた店主はもちろん、背後の気配を察したフォウも気がついた。

 少女は持っていたコップを店主の顔を目掛けて投げつける。店主は反射的に腕で顔を覆ったが、それがかえって視界をせばめてしまった。


「―――いただきぃッ!!」

「なっ……!? クソッ!!」


 少女は素早くカウンターに土足で上り、置いてあった竜翠石を奪い取った。少女の投げつけたコップが床に落ちて割れる音で、店内はようやくその異変に気付く。

 客たちが一斉にカウンターの方を見たときにはすでに、少女は店の扉を開け放ち外へと走り去ってしまっていた。


「くそぉっ! フーリガン・ガールズかっ!!」

「……」

「小ぎれいなカッコしてたから気づかなかったぜ……クソッ! さっき客たちが集まった時に狙ったんだな……!」

「……店主よ、わしの出した代金が盗まれたが追わんのか?」


 フォウは少女の接近に気付いていたが、指一本動かさなかった。

 何をするつもりかまではわからなかったが、たとえ何をされようが動くまでも無いと思っていたためだ。しかし、まさか代金としてカウンターに置いていた竜翠石を盗まれるとは。

 盗まれたという事実ではなく、『子供』が盗みを働いたということをフォウは不可解に思っていた。


「……嬢ちゃんには悪いけど、取りかえしゃできねぇよ。いったんアイツらに盗まれちまったらお終いだ……けど、さっさと仕舞っちまわねぇ俺が悪いんだ。このまま帰ってもらっていいぜ」

わらべが盗みを働くとはのぉ……フーリガン・ガールズとか言うておったが、組織だったモノなのか?」

「あぁ。この町の路地裏に住んでる子供たちさ。みんな恐れてんのさ、あの子供たちを」

「……ふむ」


 フォウは席を立ち、懐からもう一つ竜翠石を取り出してカウンターへ置いた。


「ほれ、もう盗まれるなよ」

「なっ……い、いいのか嬢ちゃん! 二つ目なんて……」

「盗まれた方はわしが取り返す。くれてやってもよいが……少し聞きたいことが、あの童にあるからの」

「あぁ、じょ、嬢ちゃん!」


 開けられたままの店の扉をくぐり、大通りへと出たフォウ。

 年端もいかない子供が盗みまでする。その理由がなんとなく気になった。

 人間は金銭を用いて色々なモノをやり取りする。売買という形によって。その仕組みがある故に、貧富の差というものが発生してしまう。それは竜であるフォウも聞いたことがあった。いま彼女は、その仕組みの闇を垣間見たのだ。


(……人間は複雑な生き物だ。わしら竜にも心というものはあるが、人間のそれより単純なモノじゃからな)


 貧しい思いをし、盗みを働く子供。どんな気持ちで生きているのかを聞いてみたいという気持ちがあった。それだけでなく、自分から何かを盗んでいったという愚かしい行動に少々腹を立ててもいたのだが。


「たしか、路地裏に住んでおると言っておったな……ん?」


 大通りの人混みの中で、血相を変えて辺りを見回すレンティアの姿をフォウは見つけた。

 歯を食いしばり眉をつり上がらせ、なにか焦っている様子。


「おいレンティア、どうしたんじゃ」

「フォウ! 大変なのよ、荷物を盗まれたの!」

「なにぃ?」


 フォウはあからさまに苦い顔をする。つい先ほど、自分もフーリガン・ガールズと呼ばれる子供に食事の代金である竜翠石を盗まれたばかりだ。


「もしや……童に盗まれたのではなかろうな?」

「えぇ? なんであんたにわかんのよ」

「そんなことはよい。宿は取れたのか? 荷物など別に大したものは入っておらんが」

「それどころじゃないわよ! 宿帳に名前を書いてる時に、店に入って来た二人組の子供に全部荷物盗られたのよ!? お金だってそのなか!」

「なんじゃとぉ!? じゃあまだ宿を取れておらんのか」


 ふかふかのベッドで寝られないとわかったフォウはますます怒りをあらわにし始める。

 レンティアから荷物を盗ったのも、フォウの竜翠石を盗ったのもフーリガン・ガールズの子供たちだ。二人がほぼ同じ時間に盗まれたのは偶然だったが、二人が狙われたのは偶然ではない。

 フーリガン・ガールズの子供たちはこの町に初めてやってくる者をカモだと思っている。

 町の住人や、この町のことを良く知っている商人たちはもちろんフーリガン・ガールズのことを知っているし、何かしら対策を立てている。


 子供たちのことを何も知らずに無防備なレンティアたちは格好の獲物。まんまと荷物を盗まれたのがいい証拠だ。


「宿屋の人に訊いたら、あいつらは盗んだものを路地裏の商人に売り飛ばすらしいわ……今から行って取り返す!」

「わしも行くぞレンティア。少々懲らしめるだけのつもりじゃったが気が変わった。わしはベッドで寝る! 必ず荷物を取り返すのじゃ!」


 一粒で10万ほどの価値がある竜翠石も、もうフォウの懐には無い。残りの石は全てフォウの荷物の中だ。宿屋で泊まるにしろまた食事をするにしろ、レンティアかフォウの荷物の中にある金が無ければ出来ない。死活問題だ。

 二人は表情をこわばらせながら、荷物を取り返すために路地裏へと入っていった。


(……? 何をしてるんだ、二人とも?)


 その様子を大通りの人混みでたまたま目撃していたエイジだったが、あまり気にすることなく彼は聞き込みを続けていた。

 贄の暦についての話などを骨董品の商人に聞いてからもう何軒も店を尋ね続けている。

 だが、四王についての情報を持っている人はいない。商人たちがみな口にするのは、サウスガルムとイスターを分ける地別線ちべつせん近くに、夥しい数の竜がいるという話だけ。


 まだ聞き込みをしていない店は多くあるが、果たして四王について有力な情報を持っている者がいるかどうか。

 エイジは建物に背を預け、どうするかと悩み始めた。


(さて……どうしたものか)


 そんなエイジの元に、先ほど聞き込みした骨董品の商人が姿を現す。


「あっ、いたいたお兄さん」

「……ん? さっきの店の……」

「いやーすぐ見つかった、この町は人が多いけどお兄さんは特別背が高いからわかりやすいねぇ~」

「何の用だ? 店はいいのか」

「なぁに、あたいが取り扱ってるのはフーリガン・ガールズも盗らないような一見がらくたってモンばっかりだからさ~」


 ぼさぼさの髪をかきあげ、少し太い眉をはの字に曲げてへらへらと笑う女。

 腕を組む鋭い目つきのエイジを下から上へと舐めるようにじろじろと見たあとで、女は何度も頷いて見せる。


「うんうん。やっぱりそうだぁ。お兄さん、『竜殺し』でしょ?」

「……確かにそう呼ばれているが、なんだ」

「そんなお兄さんになら買ってもらえるかと思ってさぁ~、これ」


 女は一冊の本を取り出し、その表紙をエイジに見せる。

 本のタイトルは難解な文字で記載されており読めなかったが、表紙に描かれた凶悪そうな竜の影のイラストを見て、エイジは目の色を変えた。


「それは……」

「古代フィスタ文字で書かれた本。タイトルは『災厄の者』―――どう? 興味ある?」


 エイジがその本に手を伸ばしたとき、町の路地裏で一発の銃声が響いた。

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