23.フーリガン・ガールズ
「準備はよいか?」
「問題ない」
「あたしも大丈夫よ」
出発の日がやって来た。空は晴れ渡り、門出にふさわしい日だ。
エイジ、フォウ、レンティアの三人は村の入り口に集い、彼らを見送るためにグルーとリーシャも来ていた。
三人は大きな荷物こそ持ってはいないが、それぞれ小さな皮袋に必要な物を詰めている。
口を縛る紐を持ち、肩に背負えるくらいの大きさだ。
「ここからしばらく歩き、街道に出る。そこからは道沿いにずーっと進んで、ドルヤガという町を目指すのじゃ」
行くべき方向を指差しながらフォウが言う。ドルヤガという町まではここから歩いて一週間はかかるという距離だ。
最終目的のゲティスローツの町は、そこからさらに数日かかる。長くはないが、決して短くはない旅だ。
「ドルヤガって町はどういうとこなのよ?」
「イスター地方でもかなり南寄りじゃからな。人と物がよく集まる町じゃ。治安が悪いことで有名じゃったが……戦争が終わって今はどうなっとるかはわからん」
そこへグルーが口を挟む。
「戦争後も以前と変わらぬ生活をしている町は多いぞォ。贄の暦の周期が長い所ほど住んでるモンも余裕があるせいか、活気づいておる」
「ふーん……」
「とにかくドルヤガに着くまでは野宿じゃからの。それが嫌なら休まず歩くことじゃ」
「ベッドで寝れないのは嫌だけど……まぁ、野宿くらい我慢するわ」
三人の旅はサウスガルム地方に向かうまでの間に旅の物資補給、そして情報収集を兼ねて中継地点としてドルヤガという町を目指すことに決めていた。
サウスガルムへと続く街道沿いにあるドルヤガへ寄ることはフォウが決めたことだが、エイジもレンティアもそれに異議は唱えなかった。二人はそれぞれ、四王について、そしてソルダートについての情報を欲しがっている。ドルヤガに寄ることは二人にとっても有益なモノになるはずだ。フォウはそう思ってそこを中継地点に選んだのだった。
「レン……気をつけて行ってきてくださいね」
「……うん。リーシャ、ごめんね」
レンティアは少し物憂い気な表情を浮かべながら、ばつが悪そうに視線を下げる。
リーシャとレンティアはこの村で小さい頃からずっと暮らしてきた友人だ。旅に出なければならない理由があっても、離れ離れになるのはそれぞれに思うところがある。
しかしリーシャは微笑み、明るい声色で話す。
「レンの事情は小さい頃から知ってます。……この村を離れちゃうときも、いつか来るんだろうなって思ってました」
「リーシャ……」
「離れ離れになるのは……嫌です。だけど、仕方ないですよね」
「……うん。あたしのやるべきことだから」
「私も村でがんばります! 果物の種は残ってますから、それを育てること……しばらくは帰ってきた皆の看病もしないといけませんね」
リーシャはにっこりと笑い、胸の前で両手を握る。
レンティアは何も言わずに微笑み返したが、それは彼女なりの強がりだったということを理解していた。理解していたからこそ何も言わなかった。
「それでは出発じゃ」
「……いってらっしゃい、レン」
「うん。行ってくるわ、リーシャ」
二人の少女は短く別れを済ませる。
村を出る前に、最後に一つだけ、といった風にエイジはグルーに話しかける。
「グルー、渡した竜の鱗はどうしている?」
「んァ? ああ、アレか。ワシの家に飾っておるよ、竜除けのお守りなんじゃろう? 大事にさせてもうよ」
「そうか……数日間だったが、世話になったな」
「何を言う、礼を言うのはこっちじゃよォ。ワシらを竜の棲みかから救ってくれたこと、一生の恩じゃと思って忘れはせん」
「……エイジさん、本当にありがとうございましたっ。……お気をつけて」
「……ああ」
こうしてエイジたちはドルヤガに向けて出発した。
これからの彼らの旅には、新しく狩人のレンティアが加わり。リーシャはバンサス村に残ったが、きっと彼女もいつの日かエイジ達と再会することになるだろう。
時代を動かす歯車は、二つだけでは無い。巨大な二つの歯車に合わせて動く、小さな歯車たち。レンティアも、そしてリーシャもそのうちの一つなのだから。
◆
時代を動かす歯車。
そのうちの一つが偶然かそれとも必然か―――イスター地方、地別線近くの町ドルヤガに姿を現した。
レンガ造りの町並み、大通りが町の中心を通りそこから無数の路地が血管のように町の中を走っている。
大通りは出店と多くの町人でにぎわい、ウェスタ地方の帝都ほどでは無いにしろ活気づいた町。ここがドルヤガである。これほど活気づいている理由の一つは、この町に訪れる贄の暦が、年に一度と決められていることにあるだろう。
住人の数はゆうに百を越え、さらにその数の半分ほどの商人が加わる。それほどの人数がいるにもかかわらず、町は広く、狭苦しい印象は無い。
ドルヤガはもともと流通の町でもあった。イスター地方とサウスガルム地方の地別線近くにあるおかげで、両方の地方の様々な品物が商人の手によってこの町に集まる。
大通りや路地で店を構え、あるいは風呂敷を広げ商売を行っている商人たちは、金儲けだけを企む命知らずか、純粋に人々に物資を分け与えようと考える者の二通り。
どちらにせよ商人たちは、戦争が終わり竜が蔓延る世の中でも旅をして品物を入荷し、町から町へと渡り歩いている。肝が据わっている者ばかりだ。
その商人たちが持ち込みこの町に集まる品々は武器、薬、衣類、骨董品、がらくた、芸術品等々と、枚挙に暇がない。
「…………」
こんな時代になっても金というモノの価値が無くならず、品物と金銭の交換で売買が成り立つことに、その者は感心すら覚えた。
金は回りまわって社会の中を動き続ける。金というモノが物理的に消失しない限り、きっとこの秩序は保たれ続けるのだろう。
「いらっしゃぁい! お客さん見てってよ! どうよこの状態の良い武器の数々!」
「……ん?」
大通りを歩いていると、店の商人がその者に大きく明朗な声で話しかける。
その店が扱っているのは武器だ。剣、斧、槍、大きく大別するとその三つの武器種を扱っているようだが、中には特殊な形状のものもあるようだった。
「……たしかに、随分と綺麗なもんじゃねぇか」
「でしょお!? なんとここに置いてあるもの、ぜんぶ! 『騎士』が使っていた武器なんですよぉ!」
「……騎士が、だと?」
その者はつり上がった目尻の先をぴくりと動かす。この瞬間に、その者がまとう雰囲気が一変したのだが、その事に商人は気づいていない様子だった。
「そうさ! 今は亡きザナド帝国ゥ~、人々の平和な暮らしを守ってくれた騎士様たちィ~~、しかし今はァ墓標すらない墓の中ァ~~っと……私が世界中を旅して集めてきたんですよぉ、騎士たちの亡骸と共に転がっていたこいつらをねぇ!」
「……っかしいなぁ、だとすると状態が良すぎるじゃあねぇか。刃こぼれの一つも見当たらねぇ」
「そりゃあ刃こぼれしたり傷がついたままの物を客に出すわけにはいきませんよぉ。ちゃんと鍛冶屋で修理してもらってから出してるんです! 修理費はもちろん私が負担しているので、お値段はこんな感じで少々お高めですけどね」
「ふーん……ま、俺には必要ねぇな」
その者は腰に剣を携えていた。目立ちすぎない程度の装飾がされた鞘。納められた剣の柄に付いた鍔は特殊な形状をしており、商人もそれに目をつけた。
「おや、お客さんが持ってる剣……なかなかの品みたいだねぇ」
「ああ? あぁ……まぁな」
「あれ、でも鍔が半分欠けちゃってますねぇ……どうです? その剣を下取りするなら、店の武器全てお値段お安くなりますが!」
「生憎だが必要ねぇよ、それにこの剣はこういうモンなんだ」
「で、す、が! 今ならレアな武器もあるんですよぉ! ほらこれ! 見てくださいよこの剣!」
そう言って商人は店の中央奥に飾ってあった剣を大げさな身振りで手に取り、その者に見せつけながら紹介を始める。
剣は美しい装飾が鞘、柄、刀身に至るまで施されており、光を反射し輝いていた。
「これはとてもレアなんですよ! なんと! なんとあのゲオルク騎士団の上位騎士、グェイン・シンジェルマンが使っていたとされる黄金の剣! 見てくださいよこの輝き! ぴかぴかでしょ~ぉ!?」
「……ちげぇよ」
「はい?」
金色の輝きを放つその剣を見て、その者は呆れたようにため息を吐いて訂正した。
「黄金の剣を使ってたのはガイル・ゴウツって騎士だ。グェインが使ってたのは銀色の剣……その証拠に、剣の柄のところにイニシャルが刻んであるだろうが」
「あ……ほ、ほんとだ……GGの文字がある……」
「今度からは気を付けろよ、客に間違ったモン売りつけちゃ商売人失格だぜ、おたく」
「いやぁ~、そうだな気を付けるよぉ……にしてもお客さん、随分騎士に詳しいんだね」
騎士の名前だけでなく、使っていた武器のことまで知っていたその者に、商人は興味深そうな態度を示す。商人というのは旅の中で様々な情報を自然に得ていくもので、一般人よりも知識に富んでいることが多い。
武器屋の商人も武器や防具についての知識には自信があったが、それでも知らないことを知っている客のことが気になったのだ。
「ったりめぇだろ、俺は……」
その者と武器屋の商人が話し込んでいるとき。店の方へと走り寄る三人の人影があった。
人影は人々の間を縫うように走り、そして素早くかつしなやかな動きで武器屋の中へと入り込んだ。
「うぉっ!? な、なんですかい一体!?」
その者は見た。三つの人影がまばたき二つほどの時間で、それぞれ二つずつ武器屋の商品をその手に奪い取り、店から逃げ出したのを。
計六つの武器を持ち、店を飛び出して逃げていく人影。すぐに人々の群れの中に紛れてしまい、その姿はよく確認できなかった。
「くぁっ……! し、しまった……! 『フーリガン・ガールズ』だぁっ!」
「フーリガン・ガールズ?」
「この町の路地裏に住んでるこぎたねぇ子供たちだよ! ギリで生活してやがるんだ!!」
「ふーん……盗みねぇ……」
「くそぉ~~!! あぁ、あいつら高い品ばっかり盗っていきやがったぁっ!!」
商人は盗まれた品物を確認し、苦い表情を浮かべる。怒りと喪失感が混じっている様子だが、先ほどの盗人を追いかけようとはしなかった。
なぜなら、ここで店を離れてしまえばさらに被害が広がる可能性があるからだ。この商人は知っているが、知らない者は下手をすれば商売人としてやっていけなくなることもある。
盗人の手口の一つに、以下の手順を踏むモノがある。
盗人が商品を一つだけ盗む→店の人間がそれを追いかけて店を出る→無人となった店に共犯者が忍び込む→一つだけでなく大量の商品を盗む。
これは『鍵預け』と呼ばれる、長年商売をしている人間ならば知っている盗みの手口。
いま武器屋の商人が追いかけて行ってしまえば、潜んでいる他の盗人にもっと店を荒らされる危険がある。だから追いかけたくても追いかけられないのだ。
「あいつら……出店の裏に仕掛けてある足挟みの罠もなんなと躱してやがる……くぅぅ……くそぉっ……」
「……盗まれたもんはどうなるんだ?」
「ああいう、盗品を扱う商人もいるんだ……路地裏のどこかで売られて、はした金になっちまうよ……」
「……騎士のモンを盗むたぁ、見過ごせねぇな」
その者は一番近くの路地裏への入り口につま先を向けた。
その目尻はさきほどよりつり上がり、口元はうっすらと笑っている。その表情は怒りの色を表していた。
「安心しろよ、俺が盗まれたモン取り返してきてやる」
「えぇっ!? ほ、本当ですか!?」
「武器ってのは騎士の魂だ。てめぇは拾って修理して売ってる。そこまでは口出しゃしねぇが……盗むってのは騎士に対する冒涜だぜ」
その者は拳を握りしめ、盗人を追いかけて路地裏へと駆けだしていった。
赤き髪を風になびかせながら。
そして丁度その頃、このドルヤガの町の入り口に竜殺しの男たちが到着していた。




