15.合流、そして救出
「……あ、あのレン? こんなに奥の方まで来ちゃって、大丈夫なんです?」
レンティアに手を引かれて、雑木林を進んでいたリーシャが不安そうにそう言う。
二人は二匹の竜獣から遠く離れるために歩いていたが、もう20分は経っただろうか。丘陵の道からはかなり離れてしまい、周りは変わりばえのしない景色が続くばかり。
リーシャの不安は、道に迷ってしまい元居た場所に戻れないのではないか、というものだった。
しかしレンティアは不安がる彼女の方を振り向くことなく、毅然とした口調で返す。
「大丈夫よ。方角はちゃんとわかってるし、いざとなったら木に登って位置を確認することもできるわ」
「……やっぱり、レンはすごいですね」
自分が今どの辺りにいるのかなんて、リーシャには全くわかっていない。それに比べてレンティアはこうもしっかりとしている。
リーシャはそれがたまらなく情けなく感じた。意気込んでエイジたちと一緒に来たはいいが、結局こうやって誰かに手を引いてもらって助けてもらっている。
少し落ち込んで、うつむき気味になっているリーシャ。
するとレンティアが足を止める。彼女の背中にぶつかりそうになって、リーシャはぱっと顔を上げた。
「ど、どうしたんですレン?」
「……アレ。見てよ」
「……?」
レンティアが見つめる先。肩越しにリーシャも覗いてみると、山肌に大きく空いた洞穴がその先にあった。
辺りは変わらず林に覆われているが、その洞穴の近くは人工的に木々を伐採したような痕跡が見える。
「洞窟みたいだわ。あそこに身をひそめるべきか……だけどあんまり時間が経ちすぎても袋の鼠になっちゃうわね……」
「洞窟……もしかして」
その洞窟を見たときリーシャは感じた。自分の頭の中にあるかすかな可能性が、一気に膨らんでいくのを。
洞窟の入り口周辺は、林が切り倒されて少し広さがある。人間だけでなく、竜でも降り立てるくらいに。そしてレンティアが言ったように、洞窟に入ってしまえば袋の鼠。抜け道が奥に無いとするならば、入り口は一か所だけしかないということになる。
もしかすると、あの洞窟の中に連れ去られた村人がいるのかもしれない。
リーシャの頭の中の可能性は膨らみ続け、確信に変わりつつあった。
「レン! あの洞窟の中にグルーさんや他のみんながいるかもしれないです!」
「えっ? ……そっか、村の人たちをあんなにたくさん管理するには、洞窟なんてもってこいの場所ね……」
「はい……行きましょう、レン」
二人は辺りを警戒しつつ、洞窟の入り口へと近づいていく。
入り口から中を覗いてみると、奥の方になにか光があるのが見えた。それは外から入ってくる日の光ではなく、奥で燃えている松明の火の光。
その松明に照らされている、多くの人影。
レンティアとリーシャが偶然辿り着いたこの洞窟こそ、バンサス村の村人が捕えられている牢獄であった。
「あぁ……あぁ……!」
「あ、ちょっとリーシャ!」
レンティアの手をほどき、リーシャはすぐに駆けだした。洞窟内の小さな起伏ある地面につまづきそうになりながら、洞窟の奥で座り込んでいる村人たちに近寄っていく。そのリーシャの顔は、安心と喜びが混じり合った微笑を浮かべていた。
「みんな、大丈夫でしたか!」
「……リー……シャ……?」
「リ、リーシャ!? なぜこんなところに!?」
「わー! リーシャお姉ちゃんだぁ!」
洞窟の中にいた村人たちはおよそ20名。老人もいれば子供もいる。男性も女性も、みんながリーシャの姿を見て、それぞれが驚いた様子を見せる。
リーシャを追いかけて続いたレンティアも、村人たちが全員なんとか無事なようだと確認し、少しだけ口角を上げて微笑んだ。
「リーシャお姉ちゃんと、それにレンティアお姉ちゃん!」
「よかった……みんなが無事で、ほんとうによかったです……」
村人たちがざわめく中、リーシャは一人の少女の身体を抱きしめながら、瞳を濡らす。
他の村人たちは口々に現れた二人に言葉を投げる。疑問や驚きはつきないだろう。だが収拾がつけられなくなるほどにそのざわめきが大きくなる前に、捕えられていた村人の一人が大きく声を上げた。
「全員少し落ち着かんかァッ!!」
大きな怒声が洞窟内に反響し、皆は一斉に耳を両手でふさいだ。
「……全く。びっくりしたのもわかるがな、あまりさわぐと竜に気付かれるかもしれんだろうに」
「一番大きい声出してたのはグルーさんでしょ! 耳がおかしくなるかと思ったわよ!!」
レンティアが耳に手を当て、目をちかちかさせながら怒鳴り返す。
大声を出した人物は正座で地面に座り込んでいる、白髪の老人。髭をたくわえていて、目尻や額にはしわが刻まれているが、その眼と表情は若々しい印象があった。
その老人こそが、バンサス村の村長のグルーだった。
「ん? わしゃそんな声がでかかったかの? 耳が遠くなると声がでかくなると言うが、わしゃこう見えても地獄耳じゃぞォ? 村の端から端まで丸聞こえじゃ」
「まったく……。けど、本当にみんな無事だったのね」
「あぁ、なんぞ竜に色々とされて精神的に参っておる者もおるが……一番の問題は食事じゃ、小さい子に飢える思いをさせるのは辛いのォ……」
リーシャが抱きしめていた少女は、少し顔色が悪いようだった。
バンサス村から連れ去られて、四日ばかりが経つ。そのあいだ村人たちは水分は摂っていても、食事は一切していない。どうやらグルーを除いた全員が、空腹で飢えを感じているようだった。
「ごめんなさい……お腹空いたでしょう? 一緒に帰って、温かい食事を食べましょう」
「おうち、帰れるの?」
「ええ……もうこんなところに居なくてもいいんです」
リーシャの言葉を聞いて、少女はにっこりと微笑む。
その様子を見たグルーが、怪訝そうな目つきでレンティアに問いかけた。
「そういやレンティアよ、お前たちなぜこんなところに来たんじゃ。そもそもどうやって来た?」
「話すと面倒ね……とにかく、私たちはみんなを助けに来たの。変な助っ人付きでね」
「変な助っ人ォ……?」
村人たちが安堵し、レンティアが今までのことをグルーに話し始めたとき。
洞窟の入り口に大きな影が二つ落ち、先ほどのグルーの大声よりも遥かに大きい咆哮が響き渡った。
「ゥルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
「な……っ!?」
洞窟内のざわめきを聞きつけたのか、それとも最初からここに戻ってくるつもりだったのか。先ほどリーシャを襲おうとした二匹の竜獣が、洞窟の入り口に降り立っている。
狂ったように吼える二匹の竜獣は、明らかに激昂している。
「そんな、どうして……」
「いかん! 全員奥の方へ下がるんじゃァ!」
竜獣たちは口を大きく開き、炎を吐きだそうと唸りはじめる。
リーシャもレンティアも、その場からまったく動けなかった。リーシャは恐怖に狼狽し、レンティアはどうしようもない状況に思考が止まってしまった。
ただグルー以外の村人は、恐怖によって体が反射的に動き悲鳴を上げながら洞窟の奥に下がっていく。洞窟はすぐそこで行き止まりだというのに。
レンティアはわかっている。この洞窟内に炎を吐き出されては、どうしようもない。
洞窟内を炎は埋め尽くし、ここにいる全員が焼け死ぬ。それを回避する術は何もない。自分には、どうしようもできない。
「ルォゴオオオオオオオオオオォオオオオ!!!!」
誰も彼もが心の片隅に死の予感を感じた。
竜獣の口から炎が放たれるまでの時間が、とても長く感じていた。
目の前が真っ暗になるような感覚、そしてこだまする悲鳴ばかりの喧騒の中で。
「―――イルシオン」
誰の耳にもその声は届かなかった。
だが、竜獣の姿を絶望の眼差しで見つめていたリーシャとレンティアの眼に映った。
青髪の竜殺しが、同時に二匹の竜獣の首を落とす瞬間が。




